3-(26) それでも危機は追ってくる
「まだ戦えた。だが、降伏してやった。調書には弾薬は十分だったと書いておけ、あと、クルーの戦意も旺盛だったとな。まだ戦えたが闘魂武鬼の艦長は部下の生命を尊重して英雄的な降伏したと書けよ。絶対だぞ」
いま、男の怒鳴り声が戦艦フロンサックの通路に響いていた。
声の主は闘魂武鬼の艦長である陳公任。手枷をはめられフロンサック内の通路をいく陳艦長は両脇を固めるグランダ兵に対して口だけは旺盛に動いているが、その顔は疲労でげっそりとして、強気な態度は虚勢だというのは誰の目にも明らかだった。
「あきれましたの。降伏してそれだけの元気があれば、まだ戦えたのではないですか?」
これから独房をかねた聴取室へ連れていかれるところだった陳艦長の目の前にあらわれたのは参謀を従えたストライダー部隊の副司令アバノア・S・ジャサク。
――小娘が!
と敵意むきだしでにらみつけてくる陳艦長に対してアバノアの勝者の余裕がある。
「アヘッドセブンのアバノア・S・ジャサク副司令ですの」
といってアバノアから陳艦長へ向けて敬礼した。
――ま、相手は年上で階級も上。軍歴もわたくしより長い。
このアバノアの気づかいを察せないほど陳艦長も大人げない男ではない。容疑を正して敬礼し、
「太聖銀河帝国軍、闘魂武鬼の艦長陳公任大佐である。アバノア副司令の出迎えを感謝する」
と、まともに応じた。が、そんな態度も一瞬だけすぐに横柄な表情となり、
「アヘッドセブンとはなんだ」
そうズケズケと問いかけた。
「有能という意味と理解していただいてけっこうですの。時代のヌナニア軍を担うわたくしの最初の戦果になれたことを陳大佐は、いずれは誇らしく思うことになるでしょうね」
「……ふん。自信満々か。出世と栄光を信じてやまない若者だ」
「ええ、いかにしょうもなーい戦歴の持ち主でも、わたくしの戦果となれば輝かしい伝説の一部となる」
「戦場はそう甘くはない。いずれお前もこうなる」
といって陳艦長が手枷を付けられた手をもたげてアバノアへ見せた。
「ふん。……で、闘魂武鬼の乗員でヌナニアへの亡命希望者は陳大佐ほかには何名ほどいらっしゃるのかしら。見たところフロンサックへ乗り込んできたのは大佐さんお一人のようですけれど」
「……だ……」
「あ? 聞こえませんの」
「だから! 俺だけだ! 見りゃあわかるだろ!」
「あら大した人望ですこと、一緒に亡命してくれる部下もいない」
「ほっとけ。くそ……」
ため息交じりでいう陳艦長に、アバノアも嘆息だ。こんな男を倒しても微妙ですの。ま、戦果は戦果ですけれど、というわけだが、そんなことを思うアバノアへ従っていた参謀が、
――闘魂武鬼の処置はあれでよろしかったのですか?
と耳打ちした。
「よろしいものなにも、あれ以外に手立てなしですの。闘魂武鬼は被害甚大。コントロールをフロンサックに移して曳航するにも速力がでなくて足手まとい。わたくしたちは、まだ追跡してくる15隻の戦艦から逃げているのですよ」
陳艦長の前ということで、せっかく耳打ちしたのに明け透けに応じてしまったアバノアに、参謀もあきらめて咳払いしてから、
「闘魂武鬼は戦時協定を守って武装解除した状態でヌナニア軍基地へ向かうでしょうかね」
そう単刀直入にいった
「信じるしかありませんの。乗員を全員こちらの艦へ移動させて、空の闘魂武鬼を砲撃処分する時間もありませんし。それとも参謀さんは、降伏した闘魂武鬼を乗員ごと重力砲で処分してしまうのがお好みでしたの?」
「まさか、ありえません!」
「なら、しのごいわない。殺せもしない、捕虜にも取れない、なら放擲するしかない。それだけのこと」
「そうですか……」
口惜しそうにいう参謀へ、
「戦時協定は守るさ。俺たちも星系軍人で誇りがある。闘魂武鬼は被害甚大で遭難しかねんが、それでも捕虜としてヌナニア軍の基地へ向かうだろう」
と陳艦長はいってからアバノアを見た。
「しかし、なんて小娘だ。全滅や完全降伏を避けるためとはいえ護衛艦2隻をこともなげに犠牲にするとはな。乗員の数はしらんが全滅だろ。これは小娘お前の考えか。いや、こんな外道な戦法は軍のトップの考えかたが大きいだろう。俺はヌナニアの総大将の悪の権化と見たぞ」
「ああ、それ――」
「なんだその意味深な態度は」
「あれ、フロンサックからの遠隔操作ですの。やはりお気づきにならなかった。うふふ」
陳艦長は一瞬だけ驚いた顔をしてから、クソ! と強烈に吐いて、
「やられた! 無人だったか!」
という叫び声がフロンサックの通路に響いた。
そう。無人ならば対処はあった。電子戦要員のいない宇宙船の仮想空間防御は、たとえ軍用といえども脆弱だ。コントロールは乗っ取れる。あのとき陳艦長は、護衛艦へ砲撃などせず本格的な仮想空間攻撃をしかければ簡単に対処できたのだ。
「くそ。どうでもいい。いまとなっては、すべてがどうでもいい。とにかく待遇をよくしろよ。あと妻子の亡命も手伝ってくれ。あ、それと、おふくろと、ばあさんもだ。ばあさんは九十になるがまだ宇宙にでれる体力はある……!」
アバノアと会うなり虚勢を張り、必死に強気の言葉をつづけていた陳艦長だったが、そこまでいうと、あっと急に床にうずくまり、
「ばあちゃん! すまん!!! ばあちゃん! ばあちゃんのいうとおりだった! 内戦は終わったんだ。軍人は辞めるべきだった! 欲張ったせいで名声を失い、戦友も失い。すべてを失って終わった!」
と叫んだ。あとは、うずくまって小さく震えながら泣いたのだった。
それを見たアバノアは表情一つ変えなかった。だが、死体蹴りは好むところのというアバノアも、その姿を見てただ一言、
――よくしてさしあげなさい
といって去ったのだった。
戦争は当事者だけでなくすべての人間の運命を変える。いい方向に変わるものはいない……。それを思えば明日は我が身。アバノアにとって目下の懸念は、
――どう残りの15隻に対処するか
それだけだった。
「このまま去ってくれればいのですが、あの方たちも本隊戦を控えているのですから。参謀さんもそう思いません?」
「追ってくる敵がこのまま去ってくれる可能性ですか。望み薄ですな」
「でしょうねぇ」
「ですが、敵は16隻もの戦艦を引き抜いて我々へ差し向けたのです。戦艦16隻は、誰がどう見ても巨大な戦力です。敵の紅飛竜も16隻と離れたまま天儀総司令の本隊と会戦などしたくはないでしょうから」
「このまま逃げまくれば、いずれはあきらめると?」
「はい」
「それこそ望み薄ですのー。もう護衛艦2隻という奥の手もつかってしまったので困りましたわー」
「危機的状況なのに、軽くいってくれますな……」
「ふーむ。どうしましょう……」




