3-(22) 奔走! ストライダー部隊
「なによ大成功よ! 8隻で20隻を返り討ちにして1個艦隊を誘引した! 進路を変えた!」
意気消沈するリシュリューのブリッジで一人息巻くは花ノ美・タイガーベル。だが、豪語してみても状況は最悪だ。ブリッジには部隊司令官さまの仰ることはごもっとも。ですが引きつけても一瞬でけちらされてしまっては意味がない、という気まずい空気がただよっている。
リシュリューの艦長が、
「今回のケースですと、せめて3,4時間は引き回さないと時間稼ぎしたとか、誘導したとはいえません。すぐに転進しまっては……」
と、クルーたちの気まずい空気を代弁すると、フロンサックのアバノア・S・ジャサクも同意の色を見せた。
『ええ、そですの。わたくしたちはここで引くのが最良ですが、それでは敵の行動を妨害したことにはあまりなりませね』
「アバノアあんたまでね……」
……でも。アバノアのいうことも艦長のいうことも正しいんだって、私にはわかっていた。1個艦隊といえば巨大で、いま進路を右に変えたけど、やっぱり左で、なんて簡単には変えられない事実で、まるまる1個艦隊をストライダー部隊に向けさせたなら確実に時間稼ぎの意味は発生している……。だけど大勝したあとに、すぐに逃げたじゃ心象が悪いわよ。じゃあ戦う? でも、それこそダメ。大負けしたら8隻で20に勝ったっていう輝かしい戦果も帳消しじゃない。どっちも天儀総司令の印象が悪い……。
「なんでよ! せっかく勝ったのに……! 普通あれだけ見事に負けてから全軍で向かってくる!? こないでしょ! 敵は頭おかしいわよ!」
『マー、普通考えまして、いまの状況でわたくしたちを、まともに相手するのは敵にとっては損ですからねぇ』
「そうでしょアバノア。頭がまともなら普通無視する! 20隻も送り込んで半分になったんだから、これ以上突っ込むと本隊戦前にさらに傷口が広がってよくないだけ。私たちなんて無視して、天儀総司令のヌナニア本隊を目指すべきじゃない!」
『ま、敵の司令官は紅飛竜といいましたっけ? そのかたはまともじゃないということが、わかったのは確かのですのー』
アバノアの言葉に私は、
――どうすんのよこれ
という言葉をぐっと飲み込んで頭を抱えるしかない……。いや、マジでどうするのよこれ……。
――天儀総司令ならどうするの……。
と思って私は戦力配置が表示されているモニターを見た。紅飛竜の艦隊が回頭を完了し、こちらへ進み始めている。早く方針を決めないと逃げることもできない。でも、いまの状況は最悪。私はストライダー部隊を、でてきた敵の20隻に向かわせたので、つまり紅飛竜の艦隊との距離が近くなっている。すでに現段階で損害なしに逃亡するのは非常に難しい……。
『紅飛竜もわたくしたちが、逃亡すると思っているでしょうし、花ノ美お姉さま、わたくしアバノアが殿をつとめますので、6隻を引き連れて離脱してくださいまし』
「……紅飛竜も私たちが逃げると思ってるか」
『ええ、間違いなく。ストライダー部隊が反転したら敵は進路予想して、高速のミサイル艇と駆逐艦そして、艦載機部隊で襲ってくるでしょう。わたくしのフロンサックで引き受けますの』
「わかった……」
『では、お姉さま反転のご指示を。もう時間もありませんし、早く行動に移さないと間に合いませんの』
「ストライダー部隊は敵艦隊へ単縦陣にて突入する!」
『はい? 花ノ美お姉さま、わたくしいま突入と聞こえましたけれど、これは聞き違いですのよね?』
「いいアバノア。いえ、ここにいる全員聞きなさい。勝つには。いえ、生き残りたいなら敵の予想外のことをするしかない。敵はどう考えたって、私たちがケツ向けて逃げると思ってる。だって8隻対190隻だからね」
『だから敵が絶対に考えていない突入をすると? あまりいい手ではないと思いますけれど……』
「もう逃げても間に合わない。アンタだってわかってるでしょ!」
『ですから、わたくしのフロンサックで引きつけますので』
「それじゃあダメ! 私はストライダー部隊の隊員を一人だって余さず帰還させるって約束した。フロンサックは見捨てない!」
『けれど……』
「いい背中を向ければ一方的に撃たれるだけ。じゃあ一丸となって頭から突っ込むしかない。それが全員帰還の唯一の活路!」
『ムム。強情ですのね。わかりました。部隊の高官の意見も聞きましょう。これはストライダー部隊全体の問題ですの。あらー、こんなところに偶然居合わせて一部始終を聞いていたフロンサックの参謀さんが』
「あんたねー。取ってつけたようにいっちゃってさ」
『ほらほらどうぞ~。フロンサック参謀さんはどう思います。お姉さまのおっしゃることは無茶ですのよね?』
『……』
『いいから気兼ねせずにどうぞいったくださいまし。リコメンドは星系軍の鉄則ですの。それができなければ死にますわよ』
――部下の報告を聞けか……
と私は思った。いま、勝手に決を取るような真似をしだしたアバノアのいった、
――リコメンド
とは〝薦め〟とか〝進言〟。あとは〝報告〟という意味合いを持つ軍事用語ね。軍隊においては部下の薦めや助言は非常に重要。部下の進言を聞けない、いえ、進言してもらえない星系軍上司は生き残れない。
たとえば私が艦長だとして、睡眠を取るために艦運行を部下に任せてブリッジを離れる。私が眠りについてしばらくすると、艦に問題が発生。当然部下は艦長の私にどうすればいいか判断を仰ぐ内線をしてくるわ。そんなときに私が、
「もーう。寝てるのわかってるでしょ。素人じゃないんだし、それぐらい自分で判断しなさいよ」
なんていったら最悪。次からその部下は、なにか問題が起きても自分で処理しようとしちゃう。でもそれが本当に部下の能力では持て余す問題だった場合解決は不能よね。時間だけ過ぎて状況は悪化。解決は絶対無理となってから、しょうがないので部下は、
――無理でした。
と、やっと私に報告してくる。でもね。そんな状況で報告されても時既に遅し。艦長だって問題への対処は限られちゃう。迫ってくるアクシデントは回不能。最悪だと艦は喪失ね。
悪い報告や失敗を秘密にされても困るわ。小さなことが広がりに広がって、大きな結果をもたらす。とくに宇宙ではそう。宇宙では些細なことも上司へ報告は、軍隊に限ったことじゃないの。私が天儀総司令を尊敬するのは、部下の心の掌握の巧みさ。とくにこのリコメンドの徹底。実際に目にしたあの人は。バカヤロウ! なんて怒鳴ってもいい部下からのサイテイな報告を、
「よく報告した」
と平然といって少しだって責める素振りを見せない。
『早く参謀さんいってくさいまし。こうしているうちにも時間がなくなってしまいますの』
『では、僭越ながら具申を……』
『はいどうぞー。お姉さまもよーくお聞きになってください。部下からのリコメンドですのよー』
『自分はタイガー・マムを支持します!』
『はい?? え、フロンサック参謀もお姉さまと同意見!? えっと……では、そちらの艦長さん。リシュリュー艦長の意見をお聞きしたいですわ。なんといっても、そちらの艦長さんは旧軍時代からの歴戦。前線で戦った経験も豊富。そんなリシュリュー艦長の意見をどうぞ仰ってください』
私にとってフロンサックの高官の言葉は意外だった。だって若干無茶をいっているって自覚があったから。それが艦長も参謀も私支持。じゃあリシュリュー艦長は? 私のリシュリューの艦長は部隊内で一番の戦歴。別格。その影響力は大きい。彼の一言で部隊の行動が左右されるといっても過言ではないでしょうね。
私は、好きにいいなさいよという態度で待った。ちょっと偉そうだけど、吐かれた言葉が反対なら受け入れる気だった。そうしないと、今後誰も私にリコメンドしてくれなくなる。助言も報告もなくては、どんな名将だって戦えない。それに私だって突入が絶対に正しいなんて、いいきれない。でも絶対を信じないと生き残れない。戦いってそういうものなの。この場合は突入が正しいと絶対に思ったの……。
アバノアに催促されたリシュリュー艦長が黙考数秒。ついに口を開いた。
「やりましょう……」
『あのリシュリュー艦長さーん??』
「アバノア副司令は、フロンサック1隻で敵を引き付けられるとお考えのようですが、それは無理です。敵が多すぎる。フロンサックが襲われると同時に、他の7隻へも何ら変わらない激しい追撃も続くでしょう」
『そんなことはありませんの。先行してくる敵戦力はいわば小魚の群れ。電子兵装は貧弱。戦艦の大出力のハッキング攻撃には耐えられず。そこに砲やガトリングをぶっ放せば足止めは可能ですの』
「それだけではありません。そもそもです。もう敵と近すぎる。ここで逃げ始めてもどのみち降伏か全滅の可能性が高い。なら、突っ込んで戦いましょう。戦ってホワイトフラッグするならしかたない」
『う、ウグゥ……』
「ふん。ぐうの音もでない。決まりね。アバノア助言を感謝するわ。私あなたの身を挺しての献身をおこないたいって提案を忘れないわよ」
『お姉さまなんて嬉しいお言葉を。もうわたくしどうなってもかまいませんの……!』
「アバノア感極まるのは敵をどうにかしてからよ。方針は決まった。突入する。私のリシュリューを先頭にして陣形を――」
『ダメですの』
「なによアバノア。まだ文句あるわけ。リコメンドの結果よ。戦うのよ」
『いえ、それは承知していますのお姉さま。ただ、陣形の先頭はわたくしのフロンサック。これは譲れません』
「理由は?」
『一番標的になりやすい先頭を自身がつとめる。お勇ましい覚悟で、そんな決断を当たり前のようにサラリとやってしまわれるお姿には、わたくししびれるかぎりなのですけれど……』
「いいから早く! 要点だけ! 敵が来てるのよ!」
『あら失礼。花ノ美お姉さまは、突入して敵の艦隊をギリギリの間合いを取って引く、というようなことをお考えなのでしょう?』
「わかってんじゃない。さすがね。正解よ。それには私のリシュリューが先頭をつとめて8隻で一体。からだのほうの体よ。私は8隻を自分の体のように動かさなきゃならない。先頭で指揮をするのは必須。私の艦が先頭であり、頭脳である必要がある。そして戦場を肌で感じて進退する。アバノアここは下がりなさい」
『いいえ、つまりそれは頭脳であるお姉さまの艦が致命傷をうけると、同時に他の7隻の死を意味しますの。脳みそを一番危険な場所に配置することはりませんの。わたくしならお姉さまのお考えは100パーセントわかりますので、わたくしなら微妙な状況で、お姉さまならどうやって進むか引くのどちらを選択するか完璧にわかる』
「なるほどね。あんたなら先頭艦をつとめても後列の艦のじゃまになることはない――」
『はい――!』
「じゃあこうするわ。進む引くの部隊の進退はアバノアあんたが決めなさい」
『よろしいのですか!?』
「ええ、あんたの艦を先頭にするなら思い切って全部あんたが決めたほうが効率いい。小さい部隊だしね。それに私だったアンタが進むか引くかわかるわよ?」
『お姉さま!』
「はぁー、これは両思い! だなんて声出しちゃって違うわよアバノア。あんたが私の思考を100パーセント読めるなら。私は、私の思うとおりやればあんたの思考に違うわけないじゃない。私はやりたいようにやれば、あんたに合わせることになる」
『なという鬼畜プレー……』
「フフ。陣形を形成! すぐに突入するわよアンタ達!」
リシュリューのブリッジに、
――アイアイ・マム!
の威勢のいい応じが響いた。
「じゃあアバノア頼むわよ。この突入はあんたの部隊機動の指揮にかかってるだから」
『ええ、仰せのとおりに。でも、大丈夫なのです?』
「ま、いけるでしょ。秘策もあるしね」
『秘策? ああ、あれですか……。使いようだとは思いますが、損失も大きいような』
「うまくやればいいのよ」
そういってから私はヘッドセットのマイクをより口元に寄せて、そして小声で、
――私ね。ちょっと楽しみなの。
と、いった。そう。不謹慎だけど楽しみ。戦うと決まったら、やりたいことが多くて、どれつかうかワクワクする。
『あらーお姉さまったらーー』
「あら。アバノアあんたは違うの?」
私は挑戦的いった。アバノアは甘ったれなところがあるから、こうやって焚き付けてやったほうがいいのよね。軍の初等科からの腐れ縁。お互いよく知っている仲。だけどこのときのアバノアの反応は、私の考えていたものと少し違った。
アバノアは、
『いえ――』
と、いつもと違う重い調子でいてから、
『楽しみですの。この戦いで敵はアバノア・S・ジャサクをしる。そう思うとね』
といった。声色にはむきだし戦意が乗っていた。私は、そう、と軽く応じたけど怖いぐらいだった――。




