3-(21) 鋼鉄のサンドウィッチ
「リシュリューはこのまま直進! 全主砲、弾倉式を装填! エネルギーチャージ開始! 敵に高速戦艦の足と火力を見せつけるわよ!」
私、花ノ美・タイガーベルは、ブリッジに響く自分の声がいまは他人ように聞こえた。いまは敵へ向けての突入の真っ最中。この緊張感は独特ね。
戦艦の戦いかたには二つある。距離を保っての砲戦。艦載機を飛ばし合い。ミサイルをばら撒いて、ジリジリと相手を削ってゆく。そしてもう一つは、近接しながらの火力戦。私が望むのはこの戦い!
軍用宇宙船のメインウェポン重力砲の命中率は1~3%。近ければ近いほど命中率はいい。相手が距離をたもちたがって離れていけば追いかけっこ。相手も近接戦を望めば、あっという間に至近距離。すれ違う瞬間に砲撃。
船といえども宇宙の船は、地上の船ほどのろくはない。凄まじいスピードで接敵し、すれ違いざまに砲撃。すれ違ったらUターンしてさらに攻撃。けれど最初のすれ違いが一番重要。
――勝ちたいならね!
私たちのストライダー部隊の対処のための敵戦力は20隻を二分した。ここまでは計画通り。二列の複縦陣で敵へ迫るストライダー部隊8隻。対して敵の片割れである10隻は一列の単縦ね。これも狙い通り、いえ、この場合は幸運ね。
「アバノア! 敵も近接戦をお望みみたいよ。やるわよ!」
私が叫ぶとすぐにフロンサックのアバノアから、
『わかってますの花ノ美お姉さま!』
という応答。ヘッドセットのマイクの感度は良好ね。そしてスピーカからはアバノアとフロンサック艦長のやり取りが聞こえてくる。
『アバノア小隊は、艦首を右1度修正。増速!』
『すでにフロンサックと麾下の艦は最大戦速です!』
『なら一杯になさい! わたくしは増速を望んでいるんです! 増速しないと敵と交差時に、お姉さまのリシュリューと完璧に敵を挟めませんの!』
『アイアイ・マム! フロンサック以下増速! 一杯にしろ! ……こりゃあ戦いが終わったら量子タービンはオーバーホールだぞ……』
そして私のリシュリューのブリッジでは……。
「接敵! 距離3000――!」
「アバノア小隊が敵隊列左側へ回り込む進路となっています。接敵時に我々は敵を両舷から挟み込む形になります!」
そう。二列の複縦陣を形成したときにアバノアが自分の小隊を少しだけ私の小隊から離れるよる進路を取ったのは、この挟み込みが狙い。そして、私はこの報告にすぐさま動いた。戦いの様相を見極める能力を戦術眼なんていったりするけれど、頭より体が動いた感じだった。
「小隊進路修正! 鉛直角2度!」
「アイアイ・マム! 小隊進路修正! 鉛直角2度!」
これで私の小隊は、敵とすれ違うときに敵の頭上をいく形になる。アバノア小隊は敵の左舷を通過するわ。私の横に控えている艦長も少し考えて気づいたみたい。
「……なるほど! 部隊司令花ノ美考えましたな。我々がこのまま直進して射撃するとアバノア小隊が我々の小隊の射線に入ってしまう!」
「そうよ艦長。逆もしかり。こっちにもアバノア小隊の弾が飛んでくる。外れた重力砲が味方に当たったら洒落になんないわよ」
そして直後にリシュリューのブリッジが、いえ、リシュリュー全体が不気味な静けさに包まれた。クルーの誰もが私の意図に気づいていた。敵と交差する一番敵と近くなる瞬間に砲撃するという狙いに。
「敵との交差まで30秒前!」
カウントが始まった。私は腕組みして中央の大モニターをだけを睨んでいた。緊張した。先に射撃してしまった敵は、単発の重力砲のリチャージ中ですぐには主砲を撃てないだろうけど……。そして敵はどんどん迫ってくる。だが、まだ交差はしない。早く交差して欲しいとすら思う。
「敵部隊から熱源射出! ミサイルです。きます!」
「そうよね。交差までじっとしてて、なんてくれないわよね。対空戦闘用意――!」
と私がいい終わるか否かで、対空戦闘を知らせるけたたましいラッパ音。これ天儀総司令の趣味。こういった警告音は、本来ならブザー音よ。ラッパ音は緊張感あって気持ちが高ぶって……とってもイイ! さすが天儀総司令! このラッパ音で私の思考は透明になり。迷いが消えた。一瞬、防空指揮も自分でやるか迷ったのだけれど、それは私の職分じゃない。
「ミサイルの目標はリシュリュー。十発全部こちらへ飛んできます!」
「レーダー防御目標を、リシュリューを指定!」
私の指示はここまで。あとは対空戦闘指揮官が引き継ぐから私は砲撃の命令に集中した。
「攻撃始めー!」
という対空戦闘指揮官の声が聞こえた。結果も報告されたはずだけれど、まったく聞こえなかった。いえ、覚えていない。無事だったんだし防御は成功したんでしょうね。このとき私は、ただひたすら交差の瞬間の主砲の射撃に集中した。ブリッジには主砲発射前の警告音が鳴り響いている。
「敵との交差まで10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、交差――!」
クルーのうわずった声でのカウントが聞こえ、私は3秒前に思わず右腕を振り上げていた。そして1を聞いた瞬間に手を振り下ろした!
「『全砲門一斉射――!』」
私の命令を間髪おかずに艦長が復唱し、砲術長が命じた。アバノアも同時に叫んでいたはずだけれど、ヘッドセットのスピーカからまったく音が聞こえなかった。不思議。
ドドド、ドドド、ドドドドド――。
という音と船体が微妙に揺れた。
私が主砲に装填を命じていたのは弾倉式。つまり5発入りのカートリッジ。それを交差の瞬間に撃ち尽くすまで連射する。射撃間隔は0.5秒ね。連射すれば2.5秒で撃ちつくすけれど、戦艦の砲門は戦車と違って1門じゃない。41センチ砲を搭載したリシュリューの重力砲の数は4基12門。これが一斉に火を吹けば、わずか数秒で目標へ60発を叩き込めるってわけ。
けれど結果の報告はない。私はふわりと浮いた感覚にとらわれた。いま、私はリシュリューのブリッジに立っているのではなく、宇宙に浮いている。なんとなく夢見心地。
このときの私が、周囲からどう見えていたのかわからないけれど、あとから聞いた話では腕組みして美しく仁王立ちだったらしい。美しく仁王立ちってどんな感じよ……。
ふわふわする私は、
『アッー! 花ノ美お姉さまとわたくしの愛の十字砲火ぁああああ! キャアアア!』
というアバノアの甲高い声で現実に引き戻された。
「目標A、B、C、D、G、Iからホワイトフラッグ! 残りの4隻が離脱していきます!」
この報告に、
「マム、お見事です!!」
と艦長が熱っぽくいってきた。戦果に興奮したのは私より艦長だったみたい。
「ま、これぐらいはたしなみよ」
嘘。すっごくホッとした。脇汗ヤバイと思う。顔も脂汗で超テカってそう。でも一度の交差で6隻撃破。残りの4隻は逃走し敵部隊は壊滅。自信はあったけど信じられない。というか〝マム〟か。これって部下に心から司令官として認められたってことでいいかしら。明らかに敬意がこもってたし。でも、ホッとしてはいられない。まだ敵は10隻も残ってる。いま、倒したのはグループA。二つに割れた片割れのグループBが、こちらに向かって猛進してきているはず!
「状況――! グループBはどうなったの!」
「グループBから熱源! ミサイルです!」
「対空戦闘準備!」
「敵ミサイル群の目標はフロンサックです!」
「レーダー防御目標を、フロンサックを指定!」
からの対空防御戦闘。今度はなにをしているかよく見えたし、よく聞こえた。グループBの敵は戦意旺盛? なら戦うしかない。どこかで反転して、今度は複縦陣にての同じ手はつかえない。私たちにも被害がでる。どうする私。戦艦の装甲でうけて、後列の護衛艦を守る? それとも距離をとって……。違う。まずい。迷ってられない。もう。迷うぐらいならいっそ愚直に突っ込む? でもそれじゃあ敵の思うつぼかも。私が頭をフル回転させていると――。
「敵が一斉回頭! これは逃亡です! 敵は紅飛竜の本隊に戻っていきます! あのミサイルは逃亡のための牽制です!」
私は驚き顔ならないように、とっさに歯を食いしばった。力みすぎて、報告したクルーを睨みつけたみたいなったのが笑えるけど、部下たちにはちょっと違って見えたみたい。
「すげえ、逃げた敵に腹立ててるぞ」
「ああ、ヤバイぞ。あれは猛将だ」
「10隻なのになんで戦わないの! って感じだな」
「そりゃあ敵さんビビって逃げるわ……」
私は聞こえないふり。まあ、そう思わせておいたほうが絶対にお得だからね。じつは私だって嘘!? 超ラッキー! って思ったけれど、なぜか部下たちから見ると、ちょっと違った印象になったみたいね。
おな、太聖側では――。
この結果に軍団司令長官の紅飛竜は激怒した。
「でていって2時間もたたないうちに逃げ帰ってきただと! 敵前逃亡だ! 司令官および参謀と艦長全員を軍法会議にかける!」
確実に追跡してくる部隊を排除すると意気込んで20隻の牽制部隊の派遣を決定した紅飛竜が受け取ったのは、大損害で撤退を決意したという牽制部隊の司令官からの報告書。激烈に怒る紅飛竜を側近が、
――逃亡ではありません。敗北です!
となだめるなか、紅飛竜はますますカッとなって叫んだ。
「なら貴様らは、このみっともない報告書にサインできるのか! 20隻で敵を襲ったらものの数秒で6隻を失って逃げ帰ってきたというな! 私はこんなふざけた報告書をみたことがないぞ!」
側近たちは真っ青だ。太聖銀河帝国軍での軍法会議は、ほとんどの場合極刑しか意味しない……。一度の戦闘で軍団高官から一ダースに近い人数の銃殺刑は醜聞ではすまない。もちろん前代未聞だ。
紅飛竜が側近たちを睥睨した。紅飛竜は隻眼で、残った目は異様に鋭い。それでひと睨みされると誰もがいすくむ。
「こんなものなら全滅したという報告書のほうがまだマシだ! 大恥だ!」
青くなって怒る紅飛竜。鉄扇羅刹の合楼の空気は最悪。気まずいなんて表現は、完全にとおりこしている。
「竜王は、いや、失礼。陛下は私以上に激怒なさるぞ! 戦力は補充できるが、失った名誉は補えないとな!」
床を見て沈黙する側近たち。
――副長なら。
という空気がながれた。だが、こんなときに頼れる副軍団長の村雨椛は過労からの体調不良で医務室だ。ここまで怒る紅飛竜を、彼女以外に誰もなだめられない。
「くそ、こうなったら……。奪われた名誉は、戦って奪い返すしかない――!」
ストライダー部隊の旗艦リシュリューでは、この大戦果に誰もが大興奮していた。リシュリューの艦長などは、最初は花ノ美を、
――若造どころか小娘じゃないか。
とすら思っていたのだ。ただでさえ鼻持ちならない総参謀部が、送り込んできたエリート様は自分の娘の年ぐらいの年齢。艦長は内心では花ノ美を侮っていたぐらいなのに、もうすっかり部隊司令花ノ美のとりこだった。
「突入時から終始マムは仁王立ちで微動だにせず。まさに戦場の軍神とはこのことですよ」
「む……。仁王立ち? 私ってそんな感じだったの?」
私が眉をひそめて、いっちゃったから艦長は少し慌て、
「あ、いえ、威厳があったといいたかったのです。あなたのよ美しい女性に仁王失礼か。でも、やはり美しい仁王立ちでした。はい。美人な仁王様です。ハハ」
と訂正した。いや、そんなつもりはなかったのだけれど、私ってそんなに怖いかしら……。
「なによそれ。まあ、いいわ」
「ええ、マム。いや、マムというよりタイガー・マムか」
「タイガー・マム?」
「はい。マムはただのボスじゃない。タイガー・マムですよ。トラの女ボス。勇ましいくていいでしょ。それにやはり美しい。トラのように気高くね」
「うーむ……」
「それに一撃六殺ですよ?」
「あはは、それはいいすぎ。実態は私のリシュリューだけで60発はぶち込んだ。どれだけ命中したかはともかくね」
「タイガー・マムは戦えば凶暴だ。爪が光り、牙を見たものは生きてはいない。まさに雷光のごとく一瞬で倒す」
そう。艦長のように部下たちの見方は花ノ美とは違った。部隊司令花ノ美は一回の砲撃で20隻を追い払った女指揮官。いや、撃破した、とすら思う。それほど花ノ美の戦いぶりは、鮮烈な印象だった。半分以下の戦力で敵を一蹴したのだ。
『あのー。花ノ美お姉さまー。ご気分よろしいところ悪いのですがー』
「なによアバノア。あんたの小隊の戦果報告? それとも被害報告?」
『いえ、違いますのー』
「じゃあなによ。またくだらないことだったら怒るわよ」
『あら、すげない。でも、ちょっと違いますの。ま、ご気分を害すことは間違いないですけれどねぇ』
「なによ。もったいつけにずにいいなさいよー」
『あらまあ、お浮かれになった調子で、そういうお姉さまも好きですが、ますます報告するのがはばかられますの」
「いいから早く。まだ戦闘中なのよ!」
「はい、まさにそのとおり。では、ご報告申し上げますの。かいつまんでいうと敵の本隊がこちらへ向かってきていますけれどー……』
「は?」
『ええ、わたくしアバノアとしても、お姉さまにもう少し勝利の余韻に浸っていて頂きたく、邪魔したくはなかったのですけれど。紅飛竜の200隻が、いえ、いまは190隻かしら。それが、まるまるこちらへ向かってきているのですけれどー……。どうします?」
このアバノアの声はヘッドセットから漏れており、リシュリュー艦長にも全部聞こえていた。艦長は真っ青になり花ノ美を見た。
「あの、タイガー・マム?」
艦長は、8隻で20隻を蹴散らした女ならなにか対処があるはずと思い指示を求めたが……。
「ウソ、激ヤバ……」
花ノ美・タイガーベル。完全に絶句していた。




