1-(2) ヌナニア軍総司令官
「……ふーん。で、着任式から戻った俺を、いきなり殺してくれようとしたお前はどこの誰なんだ。若いな。新米の士官か? 見たところ二十代そこそこ。む、階級章は少尉か。いや、答えないでいいぞ。名前なんてすぐわかる。こうやってお前に携帯端末のカメラを向けてボタンをピッと押せば、画面にはテロ野郎のお前の履歴がバッチリ表示されるってわけだ」
そういって男は、手にしている携帯端末のカメラを義成へ向けた。なお、向けた携帯端末は、特殊な軍用通信機ではなく、一般世間で出回っている通話やチャット、SNSを楽しむ一般的なものだ。
「お、出たぞ。便利なシステムだな。というか軍人名簿のソフトが反応したってことは、お前はやっぱり正規の兵士か。軍用のデーターベースソフトだ。お前がヌナニア軍の兵士じゃなきゃエラーが出るだけだ」
ここは国軍旗艦瑞鶴の総司令室。偉そうに話す男は、ヌナニア星系総司令官の天儀。
国軍旗艦とは、国家で一番偉い軍艦という意味だ。なにせいまは星系間国家時代。惑星を複数どころか複数の星系間にまたがる国家の軍隊は、地球時代の規模のおよそ100倍。
連合艦隊とよばれる編成の最大単位は150隻から300隻。それを普通は10から15規模有しているのが、今時の一端の軍隊。
なお、艦隊が複数集まってできるのが連合艦隊だと思えば星系間国家の軍隊の巨大さがうかがえる。なぜなら地球時代には、連合艦隊以上の大きな編成単位は存在しなかった。いわば国家の総戦力が、集結して連合艦隊だったのだ。
だが、いまは、全軍が集結すれば連合艦隊が複数集まった超大規模艦隊。この巨大な軍用宇宙船の集団を束ねる一番偉い軍艦が国軍旗艦。ヌナニア連合でいえば瑞鶴。そして、そのヌナニア連合軍のトップがヌナニア星系軍総司令官だ。
総司令官室の執務机に座する天儀に対して、その前に謹厳実直と直立する義成。つい数秒前まで、義成が絶対優勢。総司令官の天儀は、青息吐息で殺さないでくれ、と懇願していた側だったのだが、妙なことに立場は入れ替わっていた。
「えーっと、名前はなんて読むんだ……。ふりがながない。人事局の奴らは相変わらず手抜きだ。まいるつきじゃないよな。……さんげつ。参月義成か? それがお前の名前ってわけか」
――〝みかづき〟だ。
と直立する義成は思った。そう。俺の名前は参月義成。よく〝さんげつ〟とか〝シンツキ〟とか読み間違えられるが、正しくは〝みかづき〟だ。が、天儀という男はせっかちで、俺が訂正の言葉をだすまえに、言葉を継いでしまった。
「危うくこの若さで天国送り。俺は、まだ三十代だぞこの野郎」
「違います」
「なに違うだと?」
「ええ、違う。死んでいくところは地獄でしょう。あなたでは間違っても天国の門はくぐれない」
俺の言葉に天儀が、ムッとした表情を向けてきた。なんの気なく少し口を曲げただけのようだが、身がのけぞるような凄まじい威圧感だ。これがヌナニア星系軍総司令官――。一千万の軍隊のトップ。つい先程まで俺に命乞いをしていた無様な姿からは想像できないほどの威風を全身感じた。
「おう。仮に俺達兵士が死後にいくところがあるならば地獄だ。殉職した肉体のいさきが神社か廃兵院かはしらんが、英霊として祀られる地下にはそれしかない。参月お前は、なかなか面白いこというじゃないか」
――違う〝みかづき〟だ。
と俺は思ったが、この男はまたも俺に訂正の間を与えてくれない。
「国軍旗艦入りした初日。着任式が終わって自室に戻ってみれば、待っていたのは歓迎の花束じゃなく凶刃。こんなサプライズギフトは願い下げだ。というかどうやったら総司令官に暗殺なんて芸当を仕掛けられるんだ。ヌナニア軍のセキュリティはどうなってやがる」
「どんなセキュリティにも常に穴がありますので」
「なんだと? 軍のセキュリティに欠陥があるのか」
「いえ、欠陥というより抜け道ですね。例えば瞳孔による認証システムが導入されていても不調なので普段は切っているとか、利便性を重視して室内のパソコンのIDとパスは実は全部統一されているとか。俺はそういう小さなことを集めて抜け道を作る訓練をうけましたから」
「訓練だと?」
――ええ。
と俺は頷いて自身の階級章を指差した。俺の少尉の階級章には特別な縁取りがある。それを見れば一目瞭然だろう。
「秘密情報部!? ただの少尉じゃなくて特任少尉か!」
「というわけです。ヌナニア軍では、特殊任務に従事するものの階級には特任が付されます。秘密情報部は、その代表格。そう。俺がここに入ってこられた理由なんて、わかってみればあっけないものでしょう」
「いや、だが、それでも普通は入ってこられない。どういう芸当だ」
そういって天儀が、執務机のモニターに目を移した。おそらくこの男がアクセスできる情報は軍の最高レベルのもの。そう。軍のデーターベースにアクセスすればすべてが見られるわけじゃない。階級と仕事によって閲覧できる情報に制限がかかる仕組みとなっている。
例えば、履歴書付属の名簿ならば開示できない部分は空欄で鍵マークがついているといったふうだ。だが、総司令官ともなれば、すべての情報が開示されているだろう。そして俺の履歴には、おそらく総司令官しか閲覧できない項目がある。
案の定といったところか。天儀は、モニターに見て数秒で驚き顔になり、次に納得顔になった。そして俺へ向けて、
「お前がここに入れたわけを理解した。スクール生か」
とだけいった。そう。俺は、秘密情報部のなかでも少し特殊だ。天儀のやつは、あえてそれを口にしなかったようだが、俺は秘密学校ナカノの卒業生だった。
秘密学校ナカノ。世間からは秘匿された軍の特殊工作員養成学校の存在をしるものは少ない。政府でも閣僚クラス。軍でもほんの一握りだ。要人暗殺、破壊工作、潜入捜査、情報窃盗。ありとあらゆる高度なスパイ活動のノウハウを叩き込むための学校。その存在をしるものの間で、あそこはたんにスクールとよばれ、卒業生はスクール生とよばれている。
そんな俺と天儀の睨み合い。室内は緊迫した空気となった。襲撃者である俺は、
――いつでもあんたを殺せる。
という剣呑な空気を身にまとい。対して天儀の雰囲気は、
――てめえの運命は俺の手のひらの上。
といった感じだな。……だが、はっきりって俺のほうが立場的にも状況的にも劣勢だ……。総司令官の暗殺未遂。どう考えても無罪放免とはいかないだろう。
「参月特任少尉。お前がやらかしてくれたのは、戦争中の総司令官への暗殺計画の実行だ。だが、お前は殊勝にも俺の言葉に耳を傾け暗殺計画を中止した。……だが、だからといって無事この部屋を出ていけると思ってるわけじゃないよなぁ?」
天儀のやつは居丈高だ。ついさきほどまで俺に向かって命乞いをしていたとは思えない豹変ぶり。だが、それには理由がある。いま、天儀のやつが手のなかでもてあそんでいるのは、俺がこいつを暗殺するために持ち込んだ武器。計画を中止したときに、
――もう殺す気はない。
とばかりに差し出してしまったのだ。潔すぎた。いや、格好つけすぎたぞ。
――クソどうする。
と俺が思った瞬間、室内の沈黙が破られた。