1-(3) 義成の理由
「こんなのはさっさと殺したほうが、世のための人のためだったんですよ。私は義成さんが毛虫も殺せない軟弱、いえ、優しい性格なのは知ってますけどぉ。こんなのは、ダニかゴキブリ、もしくはシロアリ――」
沈黙を破ったのは、俺の右横にいた女子で、
――王仕火水風。
大きな瞳に肩までのびる黒髪。形の良い小さな唇。俺より少し低い身長。可愛いという形容詞がぴったりの俺と同い年の幼馴染。火水風は、いまの戦争では欠かせない仮想空間の戦闘をつかさどる電子戦科だ。
「おい、よせ火水風。指をさすな。あと、こんなのではない総司令官閣下だ」
「はぁあ? かっかぁ? これがですかァ??」
「おい、火水風。指差すのはよせ!」
見た目は可愛い幼馴染は、言動はえげつない。俺は、とっさに火水風を黙らせようと動いたが、今度は左側に問題発生。
「軍を離れていたアンタは知らないでしょうけど、義成はヌナニア星系軍士官学校の二期生。四十七人全員が超優秀で〝黄金の二期生〟って呼ばれてるの。旧軍で教育うけたあんたと比べ物にならないほど優秀なのよ」
「ちょっ! 鬼美笑姉!?」
と、俺は思わず叫んでしまった。
少しわがままなところがある火水風はともかく、鬼美笑姉まで、こんな大胆な行動にでるとは考えていなかったからだ。火水風に続いて、俺の左隣から天儀へ啖呵を切ったのは、
――焔ヶ原鬼美笑。
長身でスタイル抜群。足首までのびる髪の毛。熱く引かれたルージュが妖艶で、ヒールもよく似合っている。鬼美笑は近所で評判の美人のお姉さん。いまでこそ厳しい軍人だが、昔は面倒見のいいお姉さん。やはり幼馴染といっていい存在。なお、情報部の諜報員だ。
そう。今更あらためて説明するのもなんだが、じつは総司令官室で立たされていたのは俺一人じゃなかった。国軍の総司令官の暗殺だ。一人できるわけがない。兄の仇と銘打った義挙は三人での計画。火水風が出入り口の見張り、鬼美笑が天儀総司令の首筋に刃物を突きつけ拘束。そして三人目の俺が銃殺するという計画だった。
――死ねえ!
とナイフごと体当たりというのは、まあ、そういう気概だったというだけだ。俺がサイレンサーつきの拳銃を発砲すると同時に、鬼美笑姉が天儀総司令の首をかき切りながら離れる予定だった……。
なんとか交渉して、総司令官の暗殺未遂を不問に処してもらおうと努力していた俺に、我慢の限界といったふうで口を開いた鬼美笑姉と火水風の二人。これでは、俺の計画が台無しだ。慌てた俺はまず鬼美笑姉から黙らせようとしたが、鬼美笑姉は俺の手を華麗に回避。しかもヒールのかかとで、力いっぱい俺のつま先を踏みつけてきた。
「義成あんたね、バカは暗殺を仕掛けた相手に説得されただけにしなさいよ!」
俺は痛みで悶絶。床を転げ回りたいところを、なんとか気力でカバー。だが、激痛に耐えるのに全リソースを使い果たし、二人をとめるどころではなくなってしまった。
「あのね義成。話せばわかるっていわれて普通聞くやついる? いないでしょ! これ窮地に追い込まれたやつがいう断末魔とワンセットの常套句じゃない。いわゆる最後の無駄な悪あがき。それをマジで聞き入るやつっているわけ!? いないでしょ!」
「そうですよ義成さん。黄金の二期なんですからしっかりしてくださいよ。ほら、痛がってないで、そんな暇ないですよ! 早くこの男を懲らしめてください!」
鬼美笑姉も酷いが、火水風はもっと酷い……。
俺に追撃の言葉が浴びせられるなか、
「黄金の二期生だぁ? こいつはスクール出身だろ」
と天儀のやつが、火水風を睨みつけた。
「スクール? なんのことですが、義成さんはヌナニア星系軍士官学校の出身ですよ。そんなことも知らない人が総司令官だなんて呆れた」
「だが、残念。お前が呆れても俺は、総司令官。ほら見ろこのでっかい略章。こいつはヌナニア軍の総大将様しかつけられない」
「マヌケほど派手なのつけたがりますよね。マヌケを隠すために!」
「おい。いいすぎだろ! お前は、えっと……。読めんぞ……」
俺にとっては幼馴染でも、天儀のやつにとって喋りだしたのは不明の女二人だ。しかも人文を殺そうと指定。天儀のやつは、すぐに最初に口を開いた火水風に、携帯端末のカメラを向けていたが、画面にでた履歴には〝火・水・風〟の文字。普通は、読めない。俺は、読めない名字。火水風の場合は、読めない名前だな。
「ひ・み・か! 最悪また名前でハラスメトされた。初対面だとだいたいこれ。私このやり取りすごく嫌いです」
「そんなものは、俺は知らん。初対面の相手の好悪まで把握できるか。一千万規模の軍隊の総司令官といっても俺は神じゃない」
「ムキー! あなたにとって何気ない初めての言葉でも私にとっては生まれてこのかた〝なんて読むの?〟は、百万回は繰り返されてきたNGワードなんです!」
だがやはり、天儀のやつは知るかそんなもんという表情で、今度は鬼美笑姉が舌鋒を向けた。
「わからないならハッキリいってあげるだわね。昇進しようたってあんたみたいな旧軍の軍歴だけのやつがいたんじゃこっちは、やりにくくてしょうがないわけ」
「意味がわからん」
「あら、理解できない。じゃあ、もっとハッキリいってあげる。いまはヌナニアの時代なのよ。旧軍のロートルは死んでとっととご退場願えないかしら?」
説明しておくと、いまのヌナニア軍には、二種類の軍人が存在する。ヌナニア軍しかしらない俺達みたいな若者と、旧軍からヌナニア軍籍に転じた者だ。
数年前にグランダ皇帝とセレニス星間連合という二つの国家が、一つになってできたヌナニア連合。二つの国が一つになったのだから、当然それぞれの国の軍隊も一つになりヌナニア軍が成立したわけだ。
そして確立された新体制。ヌナニア星系軍で軍の重要ポストに配置されるのは、ヌナニア星系軍士官学校の卒業生だけ、という体制となった。ただし俺が二期生なので、まだまだ上には旧軍出身者が多いのも事実で、いまは入れ替わりが始まった時期ともいえるな。
なお、俺はヌナニア星系軍士官学校を卒業してから、秘密学校ナカノ送りにされている。だから黄金の二期生というのは本当だ。スクールの存在は極秘なので、俺の最終学歴はヌナニア星系軍士官学校だしな。
そのヌナニア星系軍士官学校への入学は狭き門。一千万規模の軍隊で、一つの学年の人数は多くても二桁前半。軍全体の割合で見たらほんの一握り。ヌナニア星系軍士官学校には、十二星系十九惑星から指折り優秀な若者が集まっているといっていい。
これが火水風や鬼美笑姉が、俺を黄金の二期生と持ちあげた理由だ。……そう。俺は自分では、ある事情から口にしたくはないが一応エリートだ。成績もよくはなかったしな……。
そして状況は、俺が激痛にもだえるなか、二人が意気軒昂二口を開いたことで計画が台無しとなりかけていた。繰り返してしまうが、俺は総司令官の天儀と上手く交渉して暗殺未遂を不問にしてもらいたいんだ……。
「ロートルだと? たしかに俺はお前らより歳上だが、どう考えたってまだ若いほうだぞ」
「いいえ。バカなロートルだわね」
「おい! バカだと!?」
無理そうだな……。天儀は、鬼美姉の無礼な態度に怒るより驚いている。そりゃそうだ。俺達は、暗殺というかなり最上級の無礼を働いたが、これはある意味振り切れた不敬で、無礼以前の問題。ヌナニア軍で一番偉い男相手に、面と向かってバカといいきる人間はそうはいない。とくに軍人ならそうだ。
「だって、そうじゃない。暗殺されかけるなんてバカの最たるじゃないの。義成が無駄に優しさ発揮したからあんたは生きていられるわけ。感謝しなさいよ!」
「そうですよ。感謝して辞任してください。死ねとはいいませんけど、せめてそれぐらいしてください」
鬼美笑姉の勢いに便乗した火水風の要求。……確かに、俺は天儀に要求をしたかった。暗殺計画を取り止めにした代償に要求したかった。だが、そういう要求じゃない。
「はっ! なにを言い出すかと思えば、くだらねえ! そのバカしか勝てないから俺は、総司令官としてここにいるわけだ。バカの俺に去られるとこの戦争は負けるぞ!」
天儀のやつがダーンと拳で机を叩きつついった。見くびるのも大概にしろという圧倒的威圧感だ。
「あんたしか勝てない? 妄想甚だしいとはこのことだわね。たしかにあんたは前の戦争で勝った国の軍のトップだった。だけど今の時代戦争は一人でやるもんじゃないの」
「そうですよ鬼美笑さんのいうとおりです。あなたは前の戦争では、偉そうにしてただけで、全部部下に任せきりだって旧軍の人がいってるの聞いたことあるんですから」
「そうよ。自分し勝てないだなんてのは安い脅しだわね。もうちょっと知恵を絞ったらどうなの。いまはヌナニア星系軍士官学校の卒業生の時代になろうとしてるの。そのなかでも黄金の二期生なら解決策がごまんとあるに決まってるじゃない。ねえ義成?」
だが、勝てない、というのは事実だった。せっかく巡ってきた発言の機会。だというのに俺は、応じに窮してしまった。
――勝てない。
なんていえるわけないからだ。
コスモ・リソース地帯。宇宙の宝物庫とよばれるフライヤ・ベルクをめぐっての大戦争。太聖銀河帝国が、俺達ヌナニア連合に宣戦布告。あまりに唐突な開戦。敵は戦争のやりかたをしっていた。不意打ちは、個人戦だろうと集団戦だろうときわめて有効だ。しかも太聖側は周到な準備をして攻め入ってきたのだ。
俺達ヌナニア連合は、あっという間にフライヤ・ベルクの重要拠点を奪われ全戦線で劣勢。勢いに乗った太聖銀河帝国の要求は、係争地となっているフラヤ・ベルクの要求だけではとどまらないと軍内ではもっぱらの噂だ。
――太聖側の要求はまだ不明。
いま、両国の間にあるのは太聖銀河帝国の強大な軍事的プレゼンスと沈黙だけ。劣勢と不気味な沈黙に、ヌナニア軍首脳部は萎縮し、下っ端の兵員にも動揺が広がっていた。このきわめてまずい事態に、ヌナニア政府は早急に手を打つ必要があった。それもとても効果的な。
――それがこれか。
と俺は、天儀を見た。ヌナニア軍首脳部の萎縮に、動揺したのは下っ端兵員達だけでなく、政府もだったようだ。まさか人食い鬼と評判悪く軍を強制引退させられた男を、総司令官として最前線に送り込んでくるとは夢にも思わない。
とにかく、いま、ヌナニア軍は劣勢で、ヌナニア政府は惑星の割譲どころか、年功さえ要求されかねない状況だ。この状況に、政府はなりふり構わなかったのだろう。おそらく天儀としてもこの打診は願ったり叶ったり。天儀からすれば軍に返り咲ける。
「なによ義成ったら黙り込んじゃって、ちょっと、なんかいってやりなさいよ。あなたや黄金の二期生なら勝てる方法しっているわよね?」
俺を問いただしてくる鬼美笑姉には、若干の焦りの色があった。鬼美笑姉だって軍人だ。それも軍情報部の優秀な諜報員。戦況の難しさというのを認識しているのだろう。だが、火水風は違う。
――さあ義成さん。ちゃっちゃといってやってください。
と期待の眼差しを俺に向けてきている。俺は……。
「二期生の中で、いや、ヌナニア軍全体で現状を打開する有効な手立てを持っている軍人はいない、というのが俺の認識だ。俺の知る限りこの戦争を勝てると口にしたのは、いまのところこの男だけ。いまのヌナニア軍の状況は、冗談でも勝てると口走れるものじゃないんだ」
場を気まずい沈黙が支配し、俺は沈黙することしかできなかった。
……どうしてこうなったのか。この部屋に潜入し、天儀が戻ってくるのを待っているあいだ。そして戻ってきた天儀に、銃口を向けたときはすごく充実していた。兄を殺した男に天罰を与えられる。正義で心は満ちていた。殺すことに一直線。心は闇の底に沈めて、ひたすら計画の成功だけに邁進する。まさに無我の境地。心地よさすらあったのに……。いま、頭のなかは雑念ばかりで、心は不安ばかりが満ちている。
政府が勝てると見込んだのが天儀だ……。
……この部屋で最初に、俺が銃口と冷えた死線を向けると、天儀のやつはみっともなく命乞いを口にし終わりに、
「くそ。どうあっても殺す気だな。……いや、そうだ。俺が勝ってから、いや、戦争が終わってから俺を殺せ!」
そういってきた。この戦争の行く末に強い不安を覚えていた俺は、引き金を引く指の動きを止めていた。
「そうだ。いいぞ。名前のわからない若いきみ。考えてみてくれ、いまは宇宙時代だぞ。気を長く持つんだ。人間の一生なんて宇宙の時の流れに比べたら星の瞬きほどもない。宇宙のように気を大きく持って考えて直してくれ。俺を殺すのがいまでも戦争が終わってからで誤差じゃないか」
――誤差か。
「そうだ誤差だよ。だから――」
――誤差ならいま殺す……。
「まーって、待て! 勝ってから殺してくれ!」
俺は、天儀の言葉に何故かとても強い魅力を感じてしまった。いま考えれば、戦争中に総司令官を暗殺して利益がないとか、私事より公だとかいいわけが思い浮かぶが、勝ってから殺してくれ、と必死にいう天儀に、
――ならばそうしよう。
と、お前の戦いを見届けたうえで断罪すると。
……いや、心が冷めてしまったのかもしれない。兄さんは、幼い頃から俺の憧れだった。弟から見ても顔も良かったし、勉強もスポーツもできて、人助けが趣味のような人だった。まさに現実の正義のヒーローだった。
そんな兄を殺した相手は、悪の権化。しかも旧軍の勝った側のトップで、あだ名は人食い鬼。ろくなものじゃない。俺が、天儀という男に抱いていたイメージは、居丈高な傲慢で、黒々として力強い男だ……。それが平身低頭の勢いで懇願してくる天儀は、あまりに無様だった。このときの俺は、こんなやついつでも殺せる、とアホらしさすら感じていた。




