2-(12) トップユニット出発直前
決まったら直ちに出発というわけではない。
先遣部隊の出発までアクセル・スレッドバーンは、長めの仮眠をとっていた……。
『アクセルきみは運がいい。両親はいないがこの世のすべてを手にできる力をもって生まれたのだからね――』
チッ、またこの夢か……。これはオレが覚えているかぎり、一番はじめにかけられた言葉――。いくどとなく見た。飽きるほど見た。この夢。アイツいわく、オレはこのときうなされているらしい。
うんで、この夢はこう続く。なんども見たからな。筋書きだってしっかり覚えてやがる。クソみたいな夢だ。だが、わかっていても目が覚めねェ。叫び声をあげたいのに、手足を振り回して暴れてやってもいいのに、決まって声もでねえし、体は指先ひとつ動かせねえときてやがる。たしかに体はあるが、まるでオレのもじゃねえみたいに動かねェ。
『ヤシン博士は天才だな』
『ああ、まったくだ。発想の逆転はこのことだ』
『ほんとだよ。生体演算装置をマシーンに組み込むのではなく、人体そのものに高度な演算処理能力を実装してしまおうとはな――』
『シッ。もうお喋りはお終いだ』
『あぁん? まだ交代の時間じゃないだろ』
『いや、デザインベイビーが目を覚ました』
『あー……』
『話を聞かれるとまずいぞ』
『ハハ、お前は心配性だな。こんな赤ん坊相手によ。まだ言語を理解でないさ。なにいったって平気だ。いや、いうだけじゃなくこういうことしてもな。フフ――』
『おい! 足をつねるな!』
『へへ、いまのうちにしつけとかねーとな』
『おいおいバレたら大変だぞ……』
『ギャーすか泣きやがる。デザインベイビーもただの赤ん坊と同じじゃねーか』
『完璧に設計された次世代型の人類か――』
『だが、いまは――。いや、このガキはずっと研究者の玩具さ』
オレはこのときつねられた痛さより、うけた侮辱より、人の悪意ってものをもろにうけて泣いたんだと思う――。
いつ終わるかもわからない悪夢。だが、そのときオレに頭にドラムをめいっぱい打つような衝撃。つづいてテンポよくシンバルをバチで連打する音が鼓膜を打った。聞こえてきたのは強烈にハイなアニメソング。オープニングにつかわれてるやつだ。携帯端末の音量は最大音量に設定してある。寝る前には必ずそうする。このクソみたいな強い外界からの刺激だけが、オレを悪夢から開放してくれる。
――チッ。うるせえ!
思考が明瞭になり、四肢の感覚が蘇り、指も動くようなった。これはオレの体だ。
「ん……。なんだよ目覚ましじゃなくて着信かよ。ふぁあああ」
こんなもんは無視して大きな伸び一つしてから、熱いコーヒーでも入れて一口すすりたいが、この着信の相手はめちゃくちゃうるせえので仕方ねえ。
『やっとでたぁあああ。アクセルあなた本当にレスポンスがおそすぎ』
「あ……。ああ」
『既読無視と着信無視は禁止、未読無視も禁止って二人で決めたでしょ』
「ああ。(お前が勝手に決めただけだけどな)」
『もう、もう。こうなったら着信は3秒以内でるも追加しなきゃね』
「カンベンしてくれ……」
『また、お姉ちゃんやアバノアさんと喧嘩してなぁい?』
「してねーよ」
『義成さんをまたいじめてなぁい?』
「してねーよ」
『朝ごはん食べた?』
「してねーよ」
『あ、まじめに聞いてない!』
「ご名答」
『もーうう! ちゃんと不奈津姫の話聞いて!』
「あいあいわかったって。もういいだろ不奈津姫。オレは忙しいんだよ」
このガキの声は頭にキンキン響きやがる。即通話なんて切ってやりたいが、なぜかできない。悪夢のときよろしくなぜかこいつとの通話は切り難い。まったくもってげせねえが、
――アクセルあなたうなされてたわよ?
起き抜けのオレの顔を心配そうに覗き込んできやがるこいつの顔が浮かんできてムリだ。
つーか不奈津姫からの着信がまだ届くってことは――。
「へっ。優秀だな総司令部機動部隊の兵站部隊はよ。お急ぎの移動だってのに、しっかり泊地パラス・アテネとの連絡線(*兵站のこと)を維持してやがる」
『へ? あなたいま作戦の最中なの!?』
「あぁー。聞いて驚け我らが総司令官殿は、艦隊決戦がお望みだ」
『ふぁああ!!』
「自動音量調節をONしといてよかったぜっていう驚きようだが、不奈津姫そいつは称賛による感嘆か、あきれの悲鳴かどっちだ」
『艦隊決戦って誇大妄想狂! お姉ちゃんみたいなのって他にもいるんだね』
「ハハー。だろうな。じゃあ切るぞ」
『あ、待ってあなたって統合参謀本部でしょ。なんで実働部隊にいるの? まさか統合参謀本部で喧嘩して追い出されたかも? そうでしょ。あなたがマキシマ副議長のお尻を蹴りあげる姿が、私は、私は容易に想像ついちゃうのですけどぉ』
「ふ――。そいつはとんだ迷推理だ。だが、統合参謀本部とマキシマが、オレを持て余しているのは事実だしなァ。アーア。オレがしばらく帰ってこねえってのはマキシマとしては大歓迎だろうな。ガハハ」
『え!? 本当に蹴っちゃったの!? それはたとえあなたでも許されないかもぉ……』
「しらねよー。まーたな」
『ちょっと切らないの! 蹴っちゃったなら不奈津姫もいっしょにごめんなさいしてあげるから、いまからいくから――!』
オレはさっくり無視して通話終了。ひとしきり喋れば後ろめたさもない。だいたい、つい口を滑らせたが、総司令部機動部隊の行動は極秘だ。
――しかし誇大妄想狂か。
不奈津姫は、うまいこといったな。電子戦最盛期、二足機(人形戦闘機)が全盛のこのご時世に、まだ艦隊決戦しようっていうんだからたしかにそうだ。悪夢にひとしい愚行だ。だが、ここにあいつはいねえ。悪夢にうなされていても誰もオレをおこしちゃくれねえ。ひとしきり見て、夢のなかで気を失うまでつづく悪夢。これが現実世界だってんだから、まったくもって笑えるぜ。
「さーて、いい時間だぜぇ。先遣部隊が出発するまで時間ありすぎだ。ま、よく寝れたのはよかったか? とにかく、そろそろ先遣部隊の雑魚どもに挨拶してやらねーとなァ」
だが、オレが敵の待ち伏せを華麗に排除したところで、大丈夫なのか? トートゥゾネついたはいいが、李飛龍艦隊が全滅してたら決戦どころじゃねーが、マジどうすんだろうなァ。




