2-(11) ストラテジスト(上)
「これは無事なのか……?」
そう思わず口走ってしまった俺が、いま目にしているのは一枚の荒い画像データ。トートゥゾネで戦闘中の李飛龍艦隊を離れたところから撮影したもので、付近にいた友軍が苦労して国軍旗艦瑞鶴に送信してきたものだ。
急造された戦時編成。総司令部機動部隊は、一路トートゥゾネへ向かって急いでいた。が、俺達がトートゥゾネに到着する前に戦闘は開始されてしまっていた。
俺の両サイドには、花ノ美もアバノア。こいつらは、俺が邪魔とばかりにぎゅうぎゅう両サイドから押してきて、同じ画像に見入っている。
なぜこいつらまで、ここにいるかというと、天儀総司令のせいだ……。総司令部機動部隊は、急編成も急編成。士官クラスが不足していた。
「もう乗ってるんだから連れていく」
天儀総司令のこの一言で、統合参謀本部の彼女達も増援部隊に参加することに。なお、アクセルも同様の理由で、瑞鶴艦内にいるはずだ。あいつは孤立主義者。ブリッジで仲良く戦況を確認なんて絶対にしない。
「ちょっと義成ぃ。わたくしとお姉さまの間に割り込むとは何様のつもりですの」
「義成。その位置キープしなさいよ。四六時中アバノアが、ベタベタしてくるもんだからこっちは迷惑なのよ。しかも最近やたらと乗員からの視線が痛いわけ」
「そんなお姉さま!? わたくしが疎ましいと? 距離を取りたいと? なぜに!?」
「付き合ってると勘違いされと困るじゃない。あとね。この際だから言っとくけど、私はアンタとは半永久的に距離を取りたいわよ。隙きあらば変なところ触ってくるしね」
「しょんなぁあああ。お姉さまぁああ!」
人を挟んで好き勝手やりやがって……。だいたい俺が見ているモニターに、こいつらがあとから割り込んできたんじゃないか。
アバノアは、俺越しにでも強引に花ノ美へ手を伸ばそうとするし、花ノ美は花ノ美で、俺を上手く盾にして、俺は大迷惑だ。そんなところへ、
「義成。どこにいても両手に花とはいいご身分だな」
という声。笑い顔の天儀総司令だった。
「……断固否定します。とても不本意な状況です。花は花でも造花。しかも鋭い棘が無数に生えている」
天儀総司令の登場に、目を輝かせていた花ノ美が、
「あら義成あんたってモテるの?」
と意外そうに聞いていた。
「お姉さま。この男ヘタレでも一応、黄金の二期生ですの。そこに騙された純真無垢な、もといい頭空っぽな女子がよってきてしまうのでしょう。大した実力もないのに、まさに女の敵。好色漢。色魔ですの」
「へー……。ま、あんた見てくれは悪くないしねー。そういえば、ときたま艦内であんた見かけると、背の高い色気ある美人と仲良く歩いてた翌日には、後輩っぽい可愛い系と楽しげに食事したりするわよねぇ。……あんた女の子泣かせたら、私が承知しないわよ」
きっと、いや、間違いなく鬼美笑と火水風のことだ。
「違う違う! 二人は特命係で俺の部下だ。たまたまにして偶然に部下二人が女性なだけだ」
なぜか慌てて苦しい弁明するハメになった俺に、今度は天儀総司令が容赦ない。
「そうだったのか義成。俺はてっきり二股かけているものばかりだと思っていたのだが」
「……天儀総司令。話がややこしくなるので、面白がって燃料を投下するのはやめてください」
天儀総司令の顔は、やっぱり笑っている。どう考えても愉快犯だ。だが、トートゥゾネの李飛龍艦隊は、面白いなんて状況からは程遠い状態のはず。件の画像には、俺が見る限り友軍の姿なんて写ってない。この画像は戦闘中の李飛龍艦隊だといわれてもわからないぐらいにな。
「それより天儀総司令。この画像の質はよくありませんが、写っているのは敵だけに見えます。飛龍将軍の艦隊は、健在なのでしょうか」
「ご健在も、ご健在よ。敵は予想以上に手こずっているようだ」
「自分には、そう見えませんが……」
「ふん。戦闘が終わっているならこんな戦闘真っ盛りの画像にはならない」
「なるほど、たしかに艦隊列が十重二十重といった感じです。やはりこの敵の重包囲のなかに李飛龍艦隊がいるということですか」
「そうだ。そして敵が、敗走する李飛龍艦隊を追撃中というなら、やはりこんな重包囲のような画像にはならん。この敵の群れのなかで飛龍は奮戦中だよ」
なお、太聖銀河帝国の艦艇のデザインはヌナニア軍のそれとは大きくことなるので敵味方は一目瞭然だ。ヌナニア軍は地球時代の二十世紀から二十一世紀の海上の軍艦のデザインに近いものが多い。最新鋭の大型母艦の瑞鶴などは随分と違うが、とにかくこれぞ軍艦といった感じのデザインだ。対して太聖側の艦艇のデザインは艦首全体が鬼のようなドクロがあしらわれ、船体には甲虫のような重厚そうな装甲を有している。
「それよりいまから作戦会議だ。義成お前もこい。あと花ノ美、アバノアもだ」
「はい! 是非参加させて頂きます!」
「うぅ……総司令官さまったら、また呼び捨てですの……」
花ノ美もアバノアもすんなり受け入れたようだが、いま、作戦会議だなんて俺には解せないタイミングだった。画像こそ届いたとはいえ、会敵とは程遠いい距離関係。攻撃の準備にしては早すぎる。
「いまからですか?」
と俺は思わず天儀総司令に問いかけてしまっていた。
「ああ、敵を見つけたんだ。どうアプローチするか決めておかなきゃならん」
そして再び大会議室に集う総司令部のお偉方。泊地パラス・アテネに残ることになった幾人かは欠け、部隊を率いる司令官クラスや司令クラスは、わざわざ瑞鶴に乗り込んでくる手間を省いてリモート参加だ。
大スクリーンに、さきほどブリッジで俺達が見ていた画像が映しだされると、大会議室内にざわめきが広がった。もう戦闘が開始されてしまったのかと驚く幹部もいれば、予想通りという顔の幹部もいる。とにかくトートゥゾネの李飛龍艦隊は、抜き差しならない状況というのは一致した見解だろう。
「揃いましたね。では、会議を始めさせてもらいます。戦場にあるのは状況だけ、朗報とばかりはいきません。悪い知らせと、良い知らせがあますが――」
と立ちあがっていう星守副官房の言葉を天儀総司令が手で遮った。しかも勝手に星守副官房のマイクをOFFにしていた。
「ちょと天儀総司令!? 真面目な場所なんです。おふざけならやめてください!」
「私は、良い知らせしかしらん」
黙れとばかりにいった天儀総司令が、私から報告すると話し始めてしまったので、星守副官房は、
「もう!」
と恨み節。ドスンと勢いよく席に座るしかなかった。……いま、星守副官房が、天儀総司令に対して、終始刺々しい態度になっている理由がわかった気がする。天儀総司令は、もう少し気をつかうべきだ。いくら知った仲とはいえ、いまのやりかたは強引すぎる。
「李飛龍には天佑があった」
と始めた天儀総司令の話はこうだ。
李飛龍艦隊は、敵である廉武忠軍団と紅飛竜軍団からの挟撃の危機にさらされていたが、理由は不明だが敵は合流に失敗した。いま、李飛龍艦隊を攻撃しているのは廉武忠の軍団だけだ。それでも敵の数が、李飛龍艦隊より多いことには変わりがないが……。
「いま、李飛龍艦隊への攻撃は、廉武忠軍団の単独だ。合流を許していれば四倍を近い敵を抱えるハメになっていたと思えば朗報でしかない」
が、飛龍将軍は、泊地パラス・アテネとの通信を、もっと具体的にいえばトートゥゾネに向かってきているであろう総司令部機動部隊との連絡線確保を重視していた。
つまり飛龍将軍は、一部戦力を分離し泊地パラス・アテネ方面の航路確保と通信復旧に回したのだ。
李飛龍艦隊は約170隻。対する廉武忠軍団は250規模。艦隊決戦で勝利する戦力比のアドバンテージは、敵より1.5倍戦力が多いことだ。170隻の1.5倍は255隻……。李飛龍艦隊は、辛くもこの決定的数字を回避していたのだが、連絡線確保に戦力を回したことで廉武忠軍団単独でもこの数字をクリアーしてしまう状況となっていた。
これが星守副官房のいいたかっ悪いしらせだろう。
だが、天儀総司令は――。
「飛龍将軍は、戦いのキモを心得ている。戦いは情報だ。小さな砂粒のような知らせが、大勝と大敗の明暗を分かつ。李飛龍艦隊が生きているのか死んでいるのかわからず現地に到着では、我々は出たとこ勝負をするハメになっていた」
そう。あの俺達が予めブリッジで見ていた、いま、スクリーンに映っている敵しか写っていない荒い画像は、飛龍将軍の連絡線確保の采配がなければ存在しなかった画像だった。天儀総司令は、飛龍将軍が苦しいなか連絡線確保に動いたことを高く評価していた。
「いま、トートゥゾネの状況は明白となった。これで勝敗は決したといっていい。しかも多くの場合この広い宇宙で会敵することは困難を伴うが、いまは敵の位置もはっきりとしている。李飛龍艦隊のいるところに敵がいる!」
つまり、あの画像一枚で天儀総司令には、李飛龍艦隊の今後陥るであろう状況がすべて把握できたということらしい。現地に到着したときに、複数のケースが想定されても、その複数の中身が完璧に把握できていれば対処は簡単だ。驚き慌てて、稚拙な対処になったり、ミスを犯す心配はほぼなくなる。
しかも交戦している座標も確定的だ。そう。宇宙は広い。
――敵の居場所がわかれば宇宙戦争は勝てる。
というぐらいに広い。大銀河団のなかの太陽系が砂粒ほどでしないように、宇宙では大艦隊も針の先ほどの存在でしかない。しかもお互い動き回るときた。じつは宇宙戦争では、戦おうにも敵と出会うことが難しいケースは少なくない。いざ戦おうにも不利な方がガン逃げで戦闘不発なんてこともある。
ただ重要拠点は動かないし、そこへのルートは限定的なので、会敵し戦闘になるのだが、とにかく、いまはトートゥゾネだな。天儀総司令の言葉はまだ続いている。
「敵は、李飛龍艦隊を撃破できたとしても満身創痍で疲れ切っている。撃破できていなければなおさらだ。時間的に、どう転んでもトートゥゾネに到着した我々は、疲れ切った敵と相対するとことになるだろう。必ず勝てる!」
出発前には大反対。出発後でも半信半疑。戦うと決めてみても不安しかないというのが総司令部機動部隊だったが、いまの天儀総司令の演説で大会議室内から迷いの空気が一掃されていた。
こうなってくると問題は、天儀総司令が作戦会議前に口にしたように敵へのアプローチのやりかただけだ。たとえば敵の退路を断つ位置に、総司令部機動部隊を出現させれば旗艦降伏などの大戦果を挙げられる可能性がでてくる。だが、敵の背後に出現するということは、それだけ遠回りするということで、李飛龍艦隊が持たないリスクもでてくる。
ここは難しい局面だった。
「廉武忠軍団の背後に躍り出て急襲するってのが、一番ダメージを与えられるぜェ。敵の軍団司令長官の廉武忠ってヤロウも捕虜にできるかもなァ」
アクセルが、また勝手に発言を開始していた。ただ今回は、申し訳程度に胸の前で軽く挙手してからだったがな。俺は、すかさず反論した。
「たとえ勝てても李飛龍艦隊と引き換えでは、勝利の意義が薄いと思う。物事は十全と成り難し、八分を以てよしとすべきだ。十点満点の勝利を叩き出そうとすれば逆にほころびがでる」
「オイ、四十七番。その八分でオーケーって理由はなんなんだぁ? まさかお得意の昔からそう言われてるから、だけじゃねぇだろうなッ」
くそ、痛いところを突いてくるな。たしかに具体的な理由はない。だが、欲張りすぎれば破綻するのは必定だ。だが、ここで花ノ美が、
「いいえ、トートゥゾネには、まだ紅飛竜の軍団も残っているのよ。やっぱり李飛龍艦隊と合流できる形が望ましいように思うわ」
と議論に参戦してきた。花ノ美が、参戦したからにはアバノアもだ。
「それに、李飛龍艦隊を餌につかったとか、見捨てたと思われるのは心象が悪いですの。その言いにくいですけれど、総司令官さまは、ただでさえ悪い噂がありますので……」
「はぁ? いいじゃねぇか見捨てりゃヨ。兄貴を餌に勝ったんだ。その弟は、餌に使えないなんて理由はねえよなァ!」
場の空気が凍りついた。爆弾発言にもほどがある。……そう。天儀総司令は、前の戦争である星間戦争で『不敗の紫龍を囮にして勝利した』といわれている。だが、これだけならいい。作戦としてはまともだ。敵の主力を中央の不敗の紫龍の艦隊に拘束し、敵陣の両翼を撃破したというだけだ。そのあとの二人の関係。不敗の紫龍の始末に問題があるのだ……。
「人食い鬼なんだろ。ここは廉武忠軍団の背後に回り込むのが一番いいぜェ」
とアクセルが天儀総司令に迫った。
総司令官天儀は、どう応じるのか? という空気が充満した。経歴抹殺刑下でしられている天儀総司令の前歴は苛烈だ。なんのひねりなく見捨てないといっても白々しいし、当たり前だが見捨てるような選択肢をすれば総司令部内に不信感が生まれるだろう。
「……アクセル。毒杯には、もっと蜜を混ぜるものだ。きみは明け透けすぎる」
「はぁ?」
「きみの回り込みが可能だという根拠はなんだ。いやいい。答えないでかまわない。どうせない」
アクセルが反論の構えを見せたが、天儀総司令は強引だ。アクセルには発言せず自身の言葉をゴリ押しだ。
「飛龍将軍が泊地パラス・アテネ方面の連絡線を確保に動いたというのは、敵は百も承知だ。なぜなら情報伝達を重視した李飛龍艦隊から送られてきたのは、この荒い画像一枚だけだぞ。きわめて執拗な敵の妨害に遭っているのは間違いない。しかも廉武忠は、大攻勢前にきわめて用意周到だった。とても慎重な男なのも間違いない。その慎重な廉武忠が、李飛龍艦隊の連絡線確保の動きを警戒しないという根拠は皆無だ」
つまり天儀総司令の言葉を補足するとこうだ。
李飛龍艦隊が、連絡線確保に動いていることをしっている廉武忠は、泊地パラス・アテネからのヌナニア軍の増援があることをすでに警戒している。警戒しているのだから廉武忠にしられずに背後に回り込むなど不可能。つまり、
――総司令部機動部隊が突如背後に出現して驚く。
なんておいしい状況は発生し得ないのだ。背後に現れるとわかっているのだから準備可能。たしかに、それでも勝てるかもしれないが、奇襲的効果が得られないのに李飛龍艦隊を見捨てる意味はない。
「仮に李飛龍を使い捨てにするなら奇襲の意義の有無だ。奇襲の効果が得られないのに、やりたいとはな。ああ、鵯越の逆落としか。九郎義経に憧れるとは、いやはやアクセルきみは人気者にでもなりたいのか?」
人類が天の川大銀河団を旅立ち幾年月。軍隊の教本は、有史が始まってからいままでの戦訓で埋め尽くされている。例えば軍旗の重要さについては、極東の島国の陸軍司令官のエピソードが書かれているし、奇襲の項目では、この『鵯越の逆落とし』というのがよくでてくるだ。
扱う兵器は違えど戦訓の価値は、問題に対する思考プロセスとアプローチだ。馬上で弓箭をかまえていようと、宇宙戦艦のなかで戦っていようと司令官の基本的な役割は変わりがない。
「あれはまだ教本に載っているのか?」
などと天儀総司令が軽口を叩くなか、アクセルは白け顔で座っていた。意外だ。俺はアクセルが顔を真赤にして怒り狂うと思っていたんだが……。とにかく天儀総司令は、アクセルも会議室内の注目も上手くあしらっていた。
「そうむくれるなアクセル。私もきみと同じで無根拠を好まないだけだ。ことに戦いにおいてはそうだ」
だが、天儀総司令が気づかいを見せたのに、アクセルときたら、
「ケッ。知るかよ。好きにやれよ。メンドクセー」
と、よく聞こえる小声で悪態。傍若無人なこいつに天儀総司令が、気づかいする価値はありません。無駄です。天儀総司令は、アクセルの悪態など意に介さず大会議室内の面々に向けて言葉を発した。
「諸君。よって私が考えるに、廉武忠は本隊と我々の間に待ち伏せの戦力を配置していると考えられる。ここにアホズラ引っさげて進めば大損害だ」
こうなれば結論は簡単だ。誰だってわかる。皆そうする。天儀総司令は、誰にとってもなにいいだすかわからない男だとおもうが、今回ばかりは誰もが天儀総司令が次に繰りだす言葉をわかっていた。
「高速の艦艇で構成される先遣部隊を派遣し、待ち伏せの敵戦力を一掃する!」
廉武忠の軍団は、李飛龍艦隊を撃破することに全力をあげているので、待ち伏せの戦力はそう多くはないだろう。待ち伏せに戦力を割いて、李飛龍艦隊の攻めが疎かになっては本末転倒だ。
待ち伏せが小勢なら先遣部隊なんて送り込むなんてせずに、総司令部機動部隊でそのまま突っ込めばいいと思うかもしれないが、それは違う。そんなことをすれば本隊は、深刻なダメージを負ってしまう可能性が高い。
視覚的にも電子機器的にも隠蔽率を高めた艦艇はきわめて発見しにくい。宇宙は星の瞬きで埋め尽くされているのだ。目で見て発見するより、敵が主砲をぶっ放すほうが早い。
ソナーなどの電子機器も、敵が主砲発射なのどのアクティビティな行動しなければ遠距離からの感知は難しい。きわめて非アクティブな敵艦を発見できる距離は、ゆうに主砲の有効射程内となっている。
では、艦艇から発信される識別信号があるじゃないかと思うかもしれない。良い着眼点だ。識別信号は、性質上絶対に偽装されないし、宇宙の人工物にはどんな小さなものでも自身の存在を発信する国際法上の義務がある。
識別信号を切ることは、できないというよりやらない。宇宙で自分の存在を消してしまうことは危険すぎるのだ。深海の魚達が、発光するのと同じ理屈ともいえる。発光すれば、捕食者に位置をしらせることになるが、発光するリスクより得られるセイフティのほうがはるかに大きい。
だが、これにも欠点があった。義務付けられた識別信号の最低の発信半径より、艦艇の兵器の射程のほうが圧倒的に長い……!
つまり識別信号をうけると同時に、いや、うけとる前に敵の超重力砲の砲弾なり、ミサイルがこちらに飛んできているというわけだ。この状況での回避は難しいのはいうまでもない。
よって先遣部隊を派遣し、隠れている敵を暴きだすわけだ。こちらの進路は決まっているのだから、その進路上に先遣部隊を通すだけだ。
待ち伏せの敵は、先遣部隊を無視できない。先述のとおりだ。隠れていたくても、進んでくる先遣部隊は、勝手に自艦の識別信号の半径に入ってきてしまう。敵は、黙ってやり過ごそうにも暴露されるだけだ。だから大抵、待ち伏せ部隊は、先遣部隊へ全力で砲撃し、砲撃を終えるとさっさと本隊に合流するなりの次の行動を取る。
「先遣部隊の指揮官は、アクセルお前だ」
ふて腐れていたアクセルが、
「へ?」
という声を漏らして狐につままれたような表情を見せた。凶暴だけでてきているような男の思わぬ表情。瑞鶴にきてから、こいつの意外な表情を見るのは何度目だろうか。
「だからアクセルお前を先遣部隊の司令に任命する。不服なのか」
「……オレがァ。先遣部隊の司令ィ?」
「そうだ。願っていたんだろその地位を」
アクセルが凶悪に笑った。
――たしかに望んでいた。
だが、言い出せなかった。と、アクセルは思った。自ら口にすれば格が下がるし、妨害をうけて実働部隊の指揮など実現しなかったはずだ。軍内には派閥抗争がある。オレの帰属は軍政本部。軍政本部は、戦闘技術の開発研究、そして造艦などの兵器製造をつかさどる部門だ。まあ厳密には軍政本部内にある研究組織がオレの管理をしているんだが――。
いまは、それはどうでもいい。とにかくオレを作った組織の躍進を面白く思わないどっかから横槍が入ってるのは間違いねェ。現に卒業後戦力といわれたオレが、開戦以来やらされてんのは、敵の戦術研究やら解析をやるウンコ会に出席することだけ。
――天儀は軍人の願いを何でも叶えてくれる。
どこで聞いたかそんな噂があったが……。ハハ、マジだったか。口にしたこともないオレの願望を、こいつはどうしてか見抜いてたわけだ。
「……つまり、オレの艦隊か?」
「ああ、きみの艦隊だ」
アクセルがまたも凶悪に笑った。これはヌナニア軍にとって大凶の笑みだ。
「いけません天儀総司令」
と俺は、思わず天儀総司令の袖を引いてまで制止していた。なぜならこいつは――。
「アクセルは、射線に友軍がいても平気で撃ちますよ!」
「うるせえゾッ四十七番。すっこんでろ!」
「うるさくない。俺は、天儀総司令が間違えそうなったら助言するのも役割だ。だから天儀総司令。ここは自分を、いえ、それじゃでしゃばり過ぎか。花ノ美かアバノアあたりをつかうべきです。二人もアクセルぐらい狂っていますが、少なくとも友軍は撃たない」
だが俺の必死の訴願に、天儀総司令ときたら、
「アクセル。お前は友軍を撃つのか?」
と質問。……天儀総司令。その質問で、撃つと答えるやつは皆無です。当然、アクセルの答えは。
「ウタナイゾ」
絶対ウソの顔だ。俺は、いけません、とふたたびいったが、天儀総司令官は、
「じゃあ先遣部隊の艦艇には、アクセル司令は、射線に友軍がいても平気で主砲発射をおこなうので、位置取りには気をつけろと通達しよう」
と、どうだこれで解決だろ? といわんばかりの顔。だが、そんなわけはない。敵の攻撃から逃れるためにどうしたって射線に上にでてしまう事だって考えられるのだ。友軍の砲撃で撃沈されるか、敵の砲撃で撃沈されるかなんて究極の選択すぎる。きわめて頭の悪いな。
俺以外からも未熟などを理由に、反対の声があがったが、天儀総司令は、
「諸君。アクセル少佐には、普段の大言壮語を証明する義務があると私は考えるのだ。アヘッドセブン序列一位という実力が、いかなるものかしめしてもらおうじゃないか!」
といって、それらの意見を一蹴してしまった。




