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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
第二章 トートゥゾネ
22/105

2-(9) トートゥゾネの危機(上)

「現在、トートゥゾネの李飛龍りひりゅう艦隊は、二個連合艦隊規模からの挟撃の危険にさらされている。いうまでもないが危機的状況といっていい」

 

 大会議室では、六川公平ろくかわこうへい軍官房長からの淡々とした状況説明がおこなわれていた。皆、六川軍官房長の話に聞きいっているが、居並ぶ軍幹部達の顔は一様に青い。


 挿絵(By みてみん)

 

 挿絵(By みてみん)

 

 第六戦線トートゥゾネ。

 このトートゥゾネ宙域を持ち場としているのは、第六戦線総監部(通称、トートゥゾネ総監部)。

 戦線総監は、李飛龍。

 配置された戦力は、170隻規模のベーシックな連合艦隊だ。

 

 なお、このトートゥゾネの危機的状況が、俺と天儀総司令が参謀企画室で聞いたラッパ音の原因だった。


「李飛龍艦隊の挟撃を狙うのは、廉武忠れんぶちゅうの第一一軍と、紅飛竜こうひりゅうの第七軍。いずれも250隻規模と李飛龍の艦隊より規模の大きい連合艦隊戦力。合流されると李飛龍艦隊は、四倍近い敵を抱える状況となる。最早一刻の猶予もないと認識してもらいたい」


 六川軍官房長が説明を終えると、変わって星守あかり副官房が立ち上がり、

「太聖銀河帝国は、軍団制とっています。ただ、これは編成の最大単位を軍団と呼称しているだけで、軍団といったら連合艦隊を考えてもらってかまいません。両軍団とも砲戦能力を重視した編成で、戦艦クラスが主力です。ですが、航空戦力も侮れませんので、その点は注意ですね」

 と補足情報をいくつか付け加えた。星守副官房が、発言を終えるとまた六川軍官房長が立ちあがり、今度は敵戦力の詳細な情報を話し始めた。

 

 星守副官房といえば、座るやいなや俺のほうに首を回し、

『ちょっと義成くん。天儀総司令はどこにいるわけ?』

 と小声でいってきた。俺は、六川軍官房長の横にある空の席に目をやった……。軍幹部を集めての大会議。本来なら、その空の席に天儀総司令がいて然るべきなのだ。


 なお、席の並びは、天儀総司令、六川軍官房長、星守副官房が最前列。その後ろに俺や、軍官房部のスタッフ数人が座っている。それと向かい合う形で、軍幹部のお偉方や何十人も並んで座る対面形式の座席配置。プレゼンや記者会見での配置を思ってもらえばいい。軍官房部が会見側で、それを聞くのが軍幹部のお偉方だ。


『用事があるから遅れる。そうつたえるようにいわれました』

 

 俺は星守副官房の問に、大会議室に入るなりつたえたことを繰り返すしかなかった。事態は一刻を争う。六川軍官房長も星守副官房も天儀総司令の不在を承知で会議を開始してしまったのだ……。

 

 俺は、背後にある大スクリーンをチラリと見た。スクリーンには、現在のトートゥゾネ戦線の戦況予報図が投影されている。

 ……悪い状況だ。ここ泊地パラス・アテネで救援の戦力を編成しても間に合わない可能性が高い。

 

 六川軍官房長は、敵の戦力情報を説明し終わると、軍官房部の方針を発表した。

 

「李飛龍艦隊には、防衛ラインを下げることつたえ後退を命じるというのが軍官房部の考えだ。トートゥゾネの一つ後ろの宙域に防衛ラインを再構築させ、その間に我々総司令部は増援を準備して送り込む」

 

 会議室内が騒然となった。これは事実上のトートゥゾネの放棄だ。フライヤ・ベルク大戦線帯は、七ヶ所ある戦略的重心地のどこを失っても敗北する。

 

「静かにしなさい!」

 と星守副官房が叱りつけるようにいったが、収まらないほどだ。いや、むしろ逆効果で、喧々諤々(けんけんがくがく)となり、個々で勝手に論争が始まるありさまだ。ここで気だるそうな雑な挙手とともに剣呑な声が室内に響いた。


「アー、アーァ。聞こえてっかー」


 声の主は本名より通り名が有名なアクセル・スレッドバーン。こいつは統合参謀本部所属だ。総司令部主催の大会議への参加権がある。


 スピーカーをとおしてのアクセルの声は、室内によく響いた。アクセルは、携帯端末をマイク代わりにしている。おそらくインターネット・オブ・バイオニクスの能力をつかって端末と室内のスピーカーつないだのだろう。

 すかさず星守副官房が注意した。

 

「勝手にどうやって!? あ、バイオニクス能力をつかったのね」

「ああ、いいだろ別にィ」

「よくない。これは軽微とはいえハッキング行為よ。それに私はあなたの発言を許した覚えはないわ」

「ハ? うるせえオカッパ女」

「お、オカッパ女!?」

 

 面と向かっての罵声に星守副官房は、目を白黒。そりゃあそうだ。アクセルは誰にでもお構いなし。星守副官房もアクセルの洗礼をうけたというわけだ。驚く星守副官房をよそにアクセルは発言を続けた。

 

「どうするのかと思いきや、なにをトロいことほざいてやがる。軍官房部ってのは揃いも揃ってバカなのか?」

 

 アクセルが、六川軍官房長を鋭く睨んでいった。星守副官房など相手にしないということなのだろうが、反論したのは星守副官房だ。


「口を慎みなさいアクセル少佐。総司令部の大会議よ。そして相手は軍官房長!」

「ア? オカッパ女。お前とは話てねェ。しゃしゃってくるな」

「オカッパ女じゃなくて、私は星守あかり副官房。統合参謀本部のガキは物覚えが悪いようね」

「物覚えが悪いのはオマエラだ。トートゥゾネを喪失すると敗北という重要事項をわすれたのかァ?」

「はぁー。それができないからさっきの方針なの。ほんと話にならないわね。場所は取り戻せるけど、戦力は一長一短には復旧できない。李飛龍艦隊が無傷なら、敵はトートゥゾネから進行できない。これは事実上トートゥゾネを保っていると同じことよ」

「オイオイ、正気を疑うぜェ。敵にトートゥゾネを占拠されると、泊地パラス・アテネまでなんの防衛線もないどころか、第二戦線と第三戦線は側面を脅かされることになるんだがァ?」


 ……つまりアクセルのいうことを図にするとこいうことだ。

 

挿絵(By みてみん)


 宇宙は立体的なので、正確な位置関係ではないのだが、どこの戦線も失えば隣接する戦線の正面と側面の二方向から攻撃をうけることになり敗北する可能性が高い。いや、敗北する。これがフライヤ・ベルク大戦線帯の七ヶ所の一つも落とせない理由だ。俺達ヌナニア軍は、どれか一つでも戦線を失えば連鎖的に戦線が失われる可能性が高い。これはフライヤ・ベルク戦の敗北を意味し、政府は本土決戦か降伏かの選択肢を迫られることになる……。

 

 いまの時代、本土決戦はありえない。入植惑星圏での激しい戦闘は、インフラがズタズタになってしまう。仮に勝てても採算が合わない。となると残るは……。


「オレは、ただちに救援軍を編成しトートゥゾネへ急行。現地のヌナニア軍戦力を収容し、トートゥゾネ内で戦うことを提案する。どう考えたってこれしかない。つーか、他に意見のあるやつは、いねーのかァ。軍官房部の計画は、どうみても頭が沸いてるとしかおもえん。マシなプランはいくらでもでるだろ」


 アクセルが勝手に発言し、さらに問いかけてしまったことで会議は大混乱。それぞれが意見をいいだし収集不能に陥った。星守副官房が、静かにしなさーい! といくら喉をからして叫んでも、もう誰もいうことを聞かない。

 

 しかも、なにがいけないって、アクセルが口走ったプランが、軍官房部のそれよりマシだったのが致命的だ。だが、この混乱の原因は、それだけじゃない。

 俺は、空の総司令官席を見た。

 天儀総司令が不在なのがすべていけない。この場を取りまとめるべきドンの不在が、会議の混乱を招いているのは明らかだ。

 

 誰もが勝手なことを主張する場と化した大会議室内は、完全に機能不全状態だ。そこに、

「――俺も混ぜろ! 戦場の話だろ!」

 というよくとおる声が響いた。大会議室の出入り口に天儀総司令が立っていた。その手には黒い筒。俺はこのときこの黒い筒がなにかわからなかったが、図面を持ち運ぶときの専用の箱だそうだ。

 

 とにかく今はそれはいい。俺は待ちに待った天儀総司令の登場に思わず、

「天儀総司令!」

 と叫び敬礼。それを見た六川軍官房長が、すかさず、

 ――起立ッ! 敬礼――!

 と普段は物静かな彼からは想像できないほどの大音声で発した。もちろん六川郡官房長はマイクをつかっているがな。


 敬礼の林のなかを、悠然と天儀総司令が進んだ。総司令官の威厳たっぷり、大会議室内にいるのは見るからに偉そうな軍人達が、ただ一人だけに向かって敬礼しているさまは俺が思っていた以上に壮観だった。


「さあ始めよう」

 

 それまで空だった席にどかりと座っていう天儀総司令の口元には笑みがあった。状況は、戦線崩壊の危機。天儀総司令は豹変し、闘志をみなぎらせ鬼の形相。ついに人食い鬼の異名が発揮されるのかと考えていた俺は若干拍子抜けだ。


 おさまるべき人が、その席についたことで、大会議室は沈着としたものに変わっていた。それまで室内を支配していた軍人らしからぬ、いや、むしろ軍人らしい軽率さといったほうがいいか、室内にあった浮足立った空気は消え去っていた。

 ――場馴れした態度といったらいいだろうか。

 それまで星守副官房が、どんなに声を枯らしても収まらなかったのに、天儀総司令は姿を見せただけで収めてしまった。


「六川官房長。状況を説明しろ」

 という天儀総司令の言葉で、六川官房長が敬礼し説明を開始した。


「一時間前に第六戦線トートゥゾネから緊急電です。李飛龍艦隊旗艦の扶桑ふそうから敵の大攻勢の予兆のしらせです」

「なるほど。予兆となると通信遮断か。トートゥゾネの李飛龍艦隊との通信は?」

「いまは途絶しています。通信ネットワーク構築に特化した高速の工作艦部隊をトートゥゾネ方面にすでに向かわせています」

「手間がいいな。さすがだ」

「いえ、当然の処置です」

 

 ――宇宙は広しか。

 と俺は思った。首都惑星ミアンを中心としてヌナニアは十二星系十九惑星を有している。その星系間をほとんどタイムラグなく通信可能だが、当然それを可能にするには、インフラの整備が不可欠だ。つまりトランスポンダの敷設だ。


 ――トランスポンダ――

 宇宙にばら撒かれた通信・観測用の中継器。通信の中継のほかに、狭い範囲だが周囲の環境情報も提供してくれる優れもの。宇宙船の通信を中継し、進路周辺状況を教えてくれるトランスポンダなしに、宇宙時代は成り立たない。

 

 通信・観測用のトランスポンダの有無によって、その宙域が人類の生活空間となっているかの識別にもなる。当たり前だが、用のない場所にはトランスポンダは敷設されない。なにせ宇宙は広いのだ。


「もともとフライヤ・ベルク宙域は不毛地帯と考えられており、十年前に本格的は採掘基地が建設されるまで無人の空白宙域。ここが戦場となったときは、我々はあらためてフライヤ・ベルク全体に大量のトランスポンダをばらまいたわけですが、トートゥゾネ方面のトランスポンダが、ものの数十分で八割消失。残ったトランスポンダもシラミ潰しにされているでしょう」

「なるほど、きわめて周到な大規模攻勢の前段階といっていいな」

「はい。くわえてトートゥゾネから泊地パラス・アテネ間の通信を回復するためのトランスポンダの再敷設には、二十四時間程度かかります。敵もこれは承知のうえでしょう」

「なるほど、つまりトートゥゾネの李飛龍艦隊は、二十四時間以内に間違いなく敵の大攻勢にさらされるということか?」

「はい――」

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