2-(8) ミカヅチゲーム(静止無意味)
――止めろっていったって聞きゃしないじゃないか!
俺は心中で悲鳴をあげていた。天儀総司令が俺を側近の特命係に任命してくれたのは、助言役。もっと明確にいえば、彼が人として道を踏み外しそうになった場合に必ず諫言し、それこそ身を挺してでも止める。だが、この人は俺の考えていた以上の難物。まったく人の話を聞かない。
ヌナニア連合が技術の粋を集め完成させたのが、戦争指揮システムの未来型AIタケミカヅチ。通称ミカヅチ・システムとよばれるこの未来型AIは、戦争の指揮を降りたあと、戦況予報やスコアリングなどで戦争に大きくかかわっている。
ミカヅチの活用されている場面はさまざまあるが、なんといっても俺達が注目するのは高精度の戦争シミュレーターとしての役割。
ミカヅチが担当する太聖銀河帝国軍相手に、ヌナニア軍の実力者達は誰も勝てていない。……たしかにこの状況で、天儀総司令がミカヅチゲームに勝って実力をしめせば誰もがビビるだろう。それこそアクセルでもだ。だが、勝てないのだ。
天儀総司令が、ビリヤード台二台ほどの大きさのシミュレーターの前に立った。卓上にはボワンとフライヤ・ベルク大戦線帯全体の立体映像が展開され、両軍の戦力が配置されている。
立体投影された戦況現況図。ここから時間を送ることで今後の戦況が展開され、巻き戻すと開戦直後まで遡れる。
「黒耀中尉。操作のやりかたを教えてくれ」
が、黒耀中尉は暗い表情のまま黙って動こうとしない。
「どうした黒耀。君は勉強会を取り仕切ることを任されているんだろ。俺が思うに真面目な君のことだ誰よりもこのシミュレーターの扱いを熱心に勉強し、熟知しているはずだろ。統合参謀本部のお偉方は、そんな君をみこんで勉強会を任せたんじゃないのか?」
「……す」
「なんだ聞こえん。声が小さい」
「……違うと思います」
「違うだと?」
「はい……。私は厄介払いされた。いえ、アクセル少佐始め皆さん誰のいうことも聞きません。統合参謀本部のお偉方は、面倒くさい仕事を使い道のない私に押し付けただけだと思います。そして……」
「そして?」
「私がイヤになって統合参謀本部を辞めればいいと……」
黒耀中尉は、そういうとズブズブと泣きだしてしまった。室内の空気は白けたが、俺は怒りに燃えた。いいにくかったろうに、勇気を持っていったんだ。恩ある天儀総司令相手に嘘はいいたくないと、自尊心を踏みつけて、考えられるだけの真実を口にした。
「諸君のなかで私が、ミカヅチゲームに勝てると思っているものはいるか?」
室内は一層静まり返った。この沈黙の意味するところは簡単だ。悪いが、俺だって天儀総司令が勝てるとは思わない。ここに天儀総司令をいざなった花ノ美ですら勝てると考えていない。俺は、こいつの無責任さが腹立たしいかぎりだ。
「黒耀中尉。私は勝てると思うか?」
「……す。……無理です!」
「無理か」
「はい。いかに天儀総司令といえども勝てません。私は何百回もシミュレーションに挑戦しました。それこそ純製の統合参謀本部の鼻持ちならない奴らを見返してやろうって……。でも無理でした」
「深く思慮する君のことだ。勝てないまでもスコアはよかったんじゃないのか?」
「……私のスコアは、下から数えたほうが早い位置です」
それっきり黒耀中尉は、黙り込んでしまった。いくどか涙を拭うだけで、操作を教えないと頑なだ。天儀総司令は、ため息をついた。黒耀中尉に命じることを諦めたようだ。
「花ノ美。教えてくれ」
「あ、はい。教えまーす!」
役割が回ってきて花ノ美はホクホク顔だ。こいつ天儀総司令が負けてもいいのか? お前の憧れの天儀総司令が、全員の前で恥をかくんだぞ。俺はこいつの神経がまったく理解できない。
教えろといった天儀総司令は、どこまでせっかちだった。花ノ美が説明を終える前に操作を入力しだす始末で、最初、花ノ美もそれに苛立ちの色を見せたのだが、むしろこいつは狡猾で、
――あッ。違いますよ。
なんていって天儀総司令の手に手を重ね正しい操作に修正。必然的なスキンシップに顔を赤らめつつも滅茶苦茶楽しそう。そして、それを眺めるアバノアは――。
「うぅッ! 花ノ美お姉さまったら。ムキー!」
これが血の涙か……。哀れなやつだ。
花ノ美による操作のレクチャーは、五分ほどで終了。花ノ美が教えるのが上手いのもあったが、なにより天儀総司令の好奇心だ。失敗をいとわないというか、勝手にガンガン操作することでたちまち操作を覚えてしまった。
「よっしゃやるぜぇ」
「あーのー天儀総司令?」
「なんだ花ノ美。お前もやりたいのか? だが私が先だぞ」
「いえ、やめといたほうがいいんじゃないかなーって。あはは」
花ノ美が土壇場で助言。だが、俺はこの花ノ美の行動が腹立たしかった。申し訳程度すぎる。こいつは、一応お止めしたという形を作りたいだけだ。不誠実だ。
「いまさら無理をいうな」
といって天儀総司令が操作を開始。すごい五倍速だ。普通は二倍速ぐらいで動かす。そして時折停止させて操作を入力。戦力の配置替えなどの命令入力だな。増援を命じたり、傷ついた戦力を後方にさげるなど入力して、ふたたび時間を進めるのだ。
八分後――。
「勝ったぞ?」
と、あっさりいう天儀総司令に、参謀企画室内は驚きに包まれていた。
シミュレーターの画面では、ヌナニア軍の圧倒的な優位。戦線を大幅位に押し込み。太聖側は、中央が分断された状態。これは戦略的な中央突破だ。
誰もが信じられないが、いくつかあるモニターの一つには、戦闘結果が表示されていて、そこには……。
【スコア】2200対102
【勝者】ヌナニア軍
【経過時間】8分12秒
というスコアが表示されているので、天儀総司令の勝ちだ。
室内の天儀総司令へ向けられる視線の質が変わっていた。天儀総司令がこの部屋に足を踏み入れたときの白けた態度はもうない。
超AIミカヅチとのシミュレーションは、最初こそ天儀総司令のヌナニア軍が押されていたが後半戦に入るとスコアは逆転し始めていた。しかも勝利するまでの所要時間は約8分弱。無茶苦茶早い。普通は数時間どころか、勝敗がつくまでもっていくのに数日かかったりする。いわゆるセーブしながら日をおいてシミュレーションするのだ。まあ、最短一年で戦争を終結させるプランを政府は持っているといえばわかりやすいか。リアル時間に換算すると長いだけに、シミュレーションに落とし込んでもそれなりに時間を要するのだ。
しかも天儀総司令は、途中から、
――もっと速くできるだろ。
と20倍速モードにして一気に進めてしまった。この人マジカ、とこの時点で聡いものは天儀総司令の実力に気づき始めていた。だが、これで俺達観戦者は、天儀総司令がなにをやってのけたかまったくわからなくなってしまった。20倍速では、どんな命令を入力したか理解不能だ。天儀総司令がやっていたことを半分も理解できているものがいればいいほうだろう。
花ノ美が、私感激です! と天儀総司令に駆け寄った。アバノアも素直に感心している。俺はといえば、天儀総司令が負けなくて、ただホッとした。負けていたら大事件だ。明日の軍内広報で、
『総司令官ミカヅチゲームに敗北!』
という見出しが踊ったろう。しかも最悪本国の議会で大問題になる。当然マスコミも大騒ぎ。ヌナニア中が天地をひっくり返したような大騒動になっていたはずだ。
「では、アクセルくん謝罪してもらおうか」
と天儀総司令が鋭くいった。もう室内にアクセルの肩を持つものは居ない。いや、もとからこいつは傲慢なので、実力を認められていても嫌われ者だ。だが、アクセルは、やはりアクセルだった。
「は? いやなこった」
室内の雰囲気が険悪さを伴ってアクセルへと向かった。が、やはりアクセルは気にもとめない。
「たしかに総司令官殿は、実力をおしめしいなりましたがぁァ。そこの根暗ババアが、実力を見せてくれたわけじゃない。オレは、使えないこいつに今後も統合参謀本部に居座られたらやっぱり困るぜ」
「だが、黒耀中尉の任命責任は私にある。その私が、こうして実力をしめたのだから、黒耀中尉の能力についても裏付けられたと考えられないか」
「ダメだな。そいつは論点のすり替えだ。実力あるテメエが、この女をえこひいきしてるだけって証明にしかならねーなぁ」
あまりの言い草だ。俺は思わず、
「おい、アクセル。ゲスな勘ぐりだ。早く黒耀中尉に謝罪しろ!」
そういってアクセルに詰め寄ろうとしたが、天儀総司令官に襟を引っ張られて止められてしまった。
「……なるほど。わかった」
と口にした天儀総司令が、シミュレーターをまた操作しだした。先程は、フライヤ・ベルク大戦線帯全体の勝利までのシミュレーションだったが、今回はもっとミニマム。マップには架空の宙域が展開し、そこに両軍それぞれ150隻の主力艦艇が並んで向かい合った。艦隊決戦。いわゆる宇宙会戦とか決戦のシミュレーションだ。
天儀総司令が、しばらく時間を進めた。まったく考えなしに無作為に停止させたように見えたが、とにかくシミュレーター上ではヌナニア軍不利の状況となっていた。
ざっくりいうと両軍の布陣は、左翼、右翼、中央の三つで、いま、ヌナニア軍は左翼と中央で押されている状態だ。
「負けだなこりゃ。どんな初期設定したらこんなことになんだよ」
とアクセルがいい。誰もがそう思った。この状況は負けしかない。
「だが、端座して死を待つわけにもいかん。我々は兵士だ。無様にあがいても生き残り、勝つ必要がある。諸君ならどうする?」
――どうするって……
という困惑した空気が室内に広がった。花ノ美も、アバノアも難しい顔をしている。
「忌憚のない意見をいえば、私はまだ勝てると考えている。事実そうなるだろう。……そうだな。花ノ美、君ならどうする?」
「わ、わたしですか!?」
無茶振りに驚く花ノ美に、天儀総司令が、やれ、というように顎でしゃくった。
「そうですね……。私なら中央突破を狙いますね。まだかろうじて有利な右翼から戦力を引き抜いて、中央の戦力を結集して一気に前に押し出します。これしか一発逆転はないと思います」
「だそうだ。アクセル少佐。君はどう思う?」
「……チッ!」
「なんだ考えなしか。じゃあアバノア――」
「あるよ! 誰もわからねーなんていってねェだろ」
「じゃあいってくれアクセルくん」
「ムカつくが中央突破だ。だが、花ノ美のマネじゃねーゾ。あと中央突破の成功の可能性はフィフティー・フィフティーだ。必ず勝てるわけじゃない。だが、こいつが一番マシな選択肢だ」
「ありがとう」
「つか、花ノ美の前にオレに聞けよ。いえ、聞いてくださいよ」
「はは、今後は善処する」
アクセルが、舌打ちしてそっぽを向くなか天儀はさらに室内のものに問を続けた。
「他のものはどうだ。これ以外の意見はないのか?」
天儀総司令が室内を見渡したが、皆、花ノ美やアクセルと同じ意見のようだ。天儀総司令に見られても頷くだけで他の意見はでない。
「では、私は、この室内で、私以外で唯一戦闘の経験のある黒耀中尉の意見を聞きたい。経験のある黒耀中尉ならどうする」
だが、天儀総司令に問われても黒耀中尉の暗い顔で、自信なさげ。完全に自分なんかにわかろうはずもないというあきらめモードだ。だが、天儀総司令はしつこかった。
「では問を変える。俺ならどうすると思う」
「天儀総司令なら……」
自信なさげだが、思考を始めた黒耀中尉。天儀総司令が、黒耀中尉に近づき、ぽんと肩に手を載せた。俺は、天儀総司令が黒耀中尉に優しい声をかけるとばかり思っていたが、
「戦場に感傷はないぞ黒耀。気概を見せろよ」
と厳しく鞭打っただけだった。周囲からのやり込められている黒耀中尉に対して、あまりに酷い助言だ。いや、これを助言といっていのか? 脅しじゃないか。これでは黒耀中尉は、慌てていい考えもまとまらないはずだ。そのはずだったが――。
黒耀中尉の目の色が変わっていた。そして黒耀中尉は、しばらく……天儀総司令なら、天儀総司令なら、天儀総司令なら、とぶつぶつといってから、
「全予備戦力を有利な右翼に投入し、さらに右翼を押します。右翼が押したと同時に総攻撃を開始します」
と力強く断言した。先程まで自信なさげにうつむいて、後ろ向きなことばかり口にしていた女性と同じ人間とはとても思えない。
「同意見だ」
と熱くいって天儀総司令が黒耀中尉の手を握った。黒耀中尉の表情がぱっと明るくなり、初めて笑った。笑うといっそう口元のほくろが魅力的だった。
「ダメだ負けるぞ! 左翼と中央が崩壊して、ジ・エンドだッ!」
とアクセルががなり立てたが、天儀総司令は相手にしなかった。
「私はそうは思わない」
「オマエが思わなくてもそうなるんだよッ。わかれよ薄らバ、いや、総司令官殿」
俺だけでなく誰もが少し前から気づいていたろうが、アクセルの天儀総司令の態度が少し変化していた。ミカヅチゲームの勝利を見せつけられたことで、一定の敬意を払うようになったようだ。
勝利だけが、唯一すべてを解決するか……。俺は、ヌナニア星系軍士官学校で教官から聞かされた言葉を思いだした。そしてアクセルの言葉に、天儀総司令は不敵だっし、恐ろしいほど説得力のある自信をみなぎらせて言葉を発した。
「フィフティー・フィフティーでは、勝てるとはいわない。諸君は、自分の運命を幸運に委ねたいのか? 一方的な攻撃で五割ならきわめて有効だ。だが、守勢一方での五割は悪い方を引くだけだ。私はごめんだな。確実に生き残る。勝って生き残る。それには右翼で押すしかない」
アクセルが天儀総司令の勢いに気圧された。俺が初めて見るアクセルだ。
「うーん。たしかに右翼で押せば、ヌナニア軍は側面包囲を完成させられるわね。でもそれには左翼が、耐える必要がある。できるかしら?」
と難しい表情でシミュレーターを覗き込んでいた花ノ美が発言した。
「論より証拠だな」
天儀総司令は、黒耀中尉のいったことを入力してシミュレーターの時間を進めた。五倍速だ。あっという間に結果がでた。
【スコア】1798対107
【勝者】ヌナニア軍
【経過時間】5分12秒
室内は、またも驚きに包まれていた。なぜなら天儀総司令の選択肢は、まともじゃない。不利な状況で、予備を唯一有利な右翼に投入するなど普通はできない。怖すぎるのだ。普通、負けないことを考えて、不利な箇所を取り繕うことを選択する。
だが、シミュレーターの結果はなにより正確だ。
そこにガチャーン! というけたたましい音が響いた。アクセルが、近くの椅子を蹴り上げたのだ。
天儀総司令がものいいたげにアクセルを見た。アクセルが、天儀総司令をギロリと睨み返したが、そのむっつりと結ばれていた口を動かし……。
「ゴ――」
が、そこで止まった。
室内の視線に集まっている。あのアクセルが、ごめんなさいするのかと誰もが注目せずにはいられないのだ。
「ゴメンナサイ!」
アクセルは短く吐くと同時に、近くにあった椅子を黒耀中尉のほうに蹴り飛ばした。椅子は、凄まじい勢いで黒耀中尉のスレスレを通過し背後の壁にぶちあって落ちた。アクセルは、踵を返すと、
――クソガッ!
と叫んで部屋を去っていた。
そして黒耀中尉の周りには人だかりができていた。アクセルが去ると、すぐに天儀総司令に注目が集まった。どの視線も尊敬の念でキラキラと輝いている。俺達がこの部屋に入ってきたときとはまったく逆だ。だが、天儀総司令は、その集まった視線へ、
「私はこの部屋に入ってきたときの諸君の態度も、いまの態度もひとしく歓迎する。不信感を黙っていられることほど総司令官として困ることはないからな。君達は、正直で大変よろしい。だが、二度目のシミュレーションの勝利は私ではないと思うのだが」
そういってから黒耀中尉に近づき手を取って――。
「おめでとう黒耀中尉。君はこのミカヅチ・ゲームの二人目の勝利者となったわけだ。艦隊決戦のシミュレーションでは最初。俺より先だなんてやってくれたな。嫉妬するぜ」
これで黒耀中尉の周囲に人だかりができていた。いまや、話題の中心となった黒耀中尉は、質問攻めにあい嬉しくも困った顔だ。誰もが勝利のからくりをしりたい。総司令官より身近な先輩のほうが、質問しやすいに決まっている。
黒耀中尉を、さん付けで呼んでいた花ノ美もすっかり態度をあらためて、いまや黒耀中尉の取り巻いている一人だ。
「黒耀〝先輩〟すごかったです。あんな勝ちかたがあるだなんて……。天儀総司令ならどうするかっていうのは、総司令官のつもりで真剣に考えろってことだったと思うんですよ。で、実際そうすると見えてくるものとか違うんでしょうか?」
それから黒耀中尉の仕切りで、勉強会が開始された。黒耀中尉の顔は、俺達がこの部屋に入ってきたときと同じ人とは思えないほど自信に満ちていた。勉強会は、もちろん問題なく進行した。だが、あと三十分ほどで終了時間というところで、けたたましいラッパ音が鳴り響いた。
誰もが困惑の顔となった。俺も意味がわからない。いや、誰だってこれがなにかしらの警告音なのはわかるが、ヌナニア星系軍の号令音や信号音はもっと機械的な音で、ラッパ音なんてのは決まりにない。
そう。軍には、時と場合に応じて流す音に決まりがあるのだ。もちろん警告灯の色や光り方にもそれぞれ決まりがある。
「アバノアこんな音ってあったかしら。これってラッパの音よね?」
「ええ、お姉さま。この少し間の抜けた軽快で、でも物悲しい音はラッパですの。でも規定には、ラッパをつかった信号音なんてなかったはずでけれど……」
花ノ美とアバノアが言葉をかわすなか天儀総司令が、
「正確には、クレーロン(軍隊ラッパ)だ」
と少し焦りをある調子でいって言葉を継いだ。
「チッ。この音は軍幹部向けの緊急招集だ。こいつは、なにかまずいことが起きたぞ」
「軍隊ラッパですか? それも緊急招集?」
「なんでラッパ音に……。わたくしの記憶では、もっと別の音だったはずですの」
二人の驚きは当然だ。俺も驚いた。変わったことはしらされていない。重要なことなので、変更があれば間違いなく通知されるはずの事柄だ。
「数時間前に、私が変えたからな」
「え、天儀総司令が勝手に!?」
「マジでいってますのこの男。勝手に独断で、軍のルールを変更……。信じられませんの……」
「総司令官だぞ。それぐらい許される。大体もって、こいつのほうがやる気がでるだろ」
「しりませんでしたよ私達。いえ、誰もしらないかも!?」
花ノ美が、ここにいる全員の気持ちを代弁していた。無駄に変えるなという批判だ。そして変えたならせめてちゃんと通知を徹底しろというニュアンスだ。だが、そんな批判も天儀総司令ときたら、まったく意に介さない。
「いま、しれたわけだ。よかったな。しかし、こいつはやばい事態かもしれん。花ノ美、アバノア一緒にこい。勉強会は終了だ。もしかしたら瑞鶴は出撃になるかもしれん。今後、瑞鶴外で予定のあるものは、すぐに瑞鶴をでろ」
天儀総司令は、矢継ぎ早に指示を開始。勉強会は強制終了。俺はといえば、
「義成お前は、黒耀中尉を手伝ってから総司令部に戻ってこい!」
と命じられ黒耀中尉と参謀企画室の消灯作業をやることになった。参謀企画室からはあっという間に人が消え去っていた。
部屋にぽつんと残された黒耀中尉と俺。
「はぁ、切所だったわね」
と黒耀中尉はいうと俺を値踏みするように見てから口を開いた。
「あなたって義成くんっていった?」
「はい。参月義成。特命係です」
「フーン。天儀総司令の側近ってわけね。羨ましいくもあり、かわいそうでもあるわね」
「……かわいそうですか。そうでしょうね。中々大変です」
「アクセルに楯突くなんて、あなたみたいな人が存在するなんて驚きだわ。天儀総司令は、そういう無鉄砲なところが気に入ったのかしら」
「でも返り討ちでしたけどね。毎回ああなんです」
「うふふ。一応お礼をいってくわ。ありがとう。かばってくれたとき惨めだったけど、ちょっと嬉しかったわ。いえ、そう。嬉しかった。やっぱりありがとう」
二人きりになったときの黒耀中尉は、強気の女性だった。これが本来の黒耀中尉なのだろう。でなければ船務科から統合参謀本部に移動なんてできやしない。俺は、お礼の言葉に満更でもない気分になったが、黒耀中尉はそんなに甘い人じゃなかった。
「でも――。過酷さだけが人を救うときもあるわ。優しさばかりじゃ、あなたは大事なものを失うわよ」
助けてやったとは絶対に思わない。だけど、悪いが意味がわからなかった。打ちひしがれている人間に鞭打っても逆効果だ。優しく接すべきだ。俺のこの不満は、顔にでていたらしく黒耀中尉はプっと笑ってから言葉を継いだ。
「あなたは天儀総司令が、私に掛けた言葉の意味がわかっていないようね」
「あの言葉に、なにか意味があるんですか?」
「あら、やっぱり、あなたには天儀総司令が、私を脅しつけていただけに見えていたのかしら」
「……正直にいえばそうです。花ノ美は、総司令官のつもりで真剣に考えろって意味だといっていましたね」
「ふふ。花ノ美さんはわかってない」
「自分ならもっと優しい言葉をかけたと思います。天儀総司令のやりかたは、言うことを聞かない動物に鞭打って芸をさせるような強引さを感じました」
「正直ね。いいわ。助けに入ってくれたお礼に教えてあげる」
――これは勇気を取り戻す最後のチャンスだ。でなければ戦場を去れ。
「天儀総司令の言葉の意味はこれよ。私だってあんな状態の私がいても役立たずどころか、周りの足を引っ張って大勢の死人をだすきっかけになると思うもの。だけどしがみついていてよかったわ」
「そうですか。逃げるが勝ちという場合もあるとお思いますし、あの状況は完全にハラスメント状態で、警務部門の案件です。訴えでるべきだと思います」
「バカね。それこそ本末転倒」
「そうでしょうか。手当がでて、あなたを迫害した連中は懲罰されます」
「そして私は、移動するように担当の警務部のおじさんから諭されてやむなく承諾。統合参謀本部を辞めることになるわ。これって意味ないわね」
「ですが――」
「耐えていたら天儀総司令が現れた。そして私に統合参謀本部に居続けるチャンスを与えてくれた。私はそれを掴み取れた――」
それだけいうと黒耀中尉は話を切り上げ、一人でさっさと部屋の後始末をはじめてしまった。俺は、もっと別のやりかたがあると思ったが、それ以上なにか意見をいう雰囲気でもなかったので、黙って黒耀中尉を手伝うしかなかった。




