2-(3) ディオスクーロイ
「くそ、無茶苦茶じゃないかッ」
ブリッジをでて通路を進む俺は、もらさずにはいられなかった。
とにかく。そこそこの立場のある誰かを挨拶にいかせる必要がある、と俺は顔見知りになった総司令部のメンバーに声をかけてみたが、その反応は芳しくないものばかりだった。誰もが天儀総司令を上司と認めていても、その扱いはやはり軽い。加えて今回は、モヤがかかっている天儀総司令の履歴も足を引っ張っていた。
「すでに会議やブリッジの勤務で顔合わせてしまっているし、いまさら総司令官室に挨拶にいくのも逆に無礼じゃないか。しかもあの人は、旧グランダ軍でも宮廷軍人だったじゃないか」
ということだ。ヌナニア連合のもととなったグランダ帝国とセレニス星間連合。皇帝のいた旧グランダ軍は、お行儀のよい軍隊とはいえないが、しきたりにうるさい軍隊だった。そのなかでも皇帝の近くにはべっていた軍人。つまり宮廷軍人は、礼儀作法にうるさい。俺には信じられないが、天儀総司令はこの宮廷軍人なのだ。なので今回、すでに挨拶のタイミングを逸してしまっている以上、下手に訪ねていって不作法をさらしたくないという軍幹部達の気持ちもわからないでもない。
しかし、エンペラー(皇帝)お気に入りの軍人か……。俺達のような若い軍人には、わからない感覚だった。しきたりや作法など覚えることが多いだろう。軍務に関係ないことで、とても煩わさせられそうだ。というか映画のなかでみるような豪華な宮殿なかで、天儀総司令がおとなしくしている姿が想像がつかない。
……しかし困った。ブリッジにいた幹部たちからは、あらかた断られてしまった。航空隊司令部までいってみるか? 俺がそんなことを考えつつ通路を進んでいると背後から俺の後頭部めがけて猛烈な勢いででなにか飛んできた。
俺は、左に頭を傾けてその謎の飛来物を回避。
死角からの攻撃。自分でもよくわかるなと思うが、わかるものなのだ。厳しい訓練の結果だ。加えてメンタルケアを目的としたZEN(座禅)。五感を研ぎ澄まし六番目の感覚を養う。ZEN(座禅)は、ヌナニア星系士官学校でもナカノ・スクールでもやらされた。
猛烈な勢いで飛んできたなにかは、俺が首を動かすと同時に、頬を掠めながら通り過ぎていった。ちらりと目の端に見えた感じでは、大きめのビー玉ようなもの。青い半透明の球体だった……。当たっていたら大怪我じゃすまなかったろう。
謎の物体が通り過ぎると同時に、俺の背には、
「オイッ。避けんじゃねえ四十七番!」
という険悪な言葉が飛んできた。同じ飛んでくるでも声だけなら身体に危険はない。だが、俺にとっては、この声のほうが百倍気分を害するものだった。四十七という数字で俺呼ぶのは一人だけだ。
「参月義成だ。アクセル当たっていたらどうする気だった!」
と俺は、くるりと振り向きながら俺の後頭部に何かを投げつけてきた犯人へむかっていった。が、アクセルは大笑いだ。
「オーウケル! マジカヨそれ!」
俺の口からだらりと濃い血が垂れたからだ。気づけば口内は鉄の味でいっぱいだ。飛んできたものが頬を掠めたことで、口のなかが切れていたらしい。床を見てみれば、叫んだと同時に口内の血が飛びでたのか、真っ赤なまだら模様ができあがっていた。
「……くそ」
「ハー。外側じゃなく内側が切れるんだな。こいつはオレでも予想してなかったぜェ」
俺が手の甲で口元をぬぐうとまた血が床に滴った。
「うわ、きったねッ。つか、オイ、オイ。大丈夫かァ?」
そういって近づいてくるアクセルから俺は反射的に飛び退いた。俺が飛び退くと同時に、そこをアクセルから放たれた強烈な回し蹴りが通過。
「オイオイ。だから避けるなよ。ホンと空気を読まないヤツだぜェ」
「いい加減にしておけよ」
「オ、説教かァ。いい加減にしないとどうなるんだァ?」
「昨日、国家親衛隊四人が、通路で気絶した状態で見つかった。犯人は不明だが、俺はお前が犯人だと考えている。おとなしく警務部門に自首するか、俺に力づくでしょっぴかれるかどちらかだ」
毅然としていった俺に、アクセルが一瞬だけ険悪な表情を見せたが、すぐに不敵に笑って、肩をすくめながら一歩踏みだした。
「アー。ソウだったソウだった。お前はバカだったなァ。士官学校時代あれだけいたぶってやったのに、忘れちまうとは度し難い頭の悪さだが。だが、オレは寛大だ。だからもう一度教えてやるよ。体によォ」
いうが早いかアクセルが俺に猛烈な勢いで肉薄してきた。いや、近づいてきたと認識できたときには、やつの後ろ回し蹴りが俺の腹に深く食い込んでいた。
――早いなんてもんじゃない。
スクールで厳しい白兵戦の訓練を繰り返し、高度なCQC(軍用季節格闘術)技術を身に着けた俺が、微動だにできなかった。アクセルの俺への肉薄は、距離が縮んだとか、止まった時間をやつだけが移動したとしか考えられないような速さだ。俺はガードもままならない状態で、吹き飛び強く壁に叩きつけられ床へと崩れ落ちた。
しかもダメージは深刻だ。ボディーへの攻撃は、長期戦向きなんていう言葉が嘘じゃないかと思うぐらいの衝撃が腹から背を突き抜け。床に転がった俺は無様に悶絶するはめに。
どんなふうに蹴ったらこんなことになるかわからない。ガードが間に合わなかったのが最も大きい理由だが、それだけじゃとても説明がつかない。ヒットからコンマ秒で、衝撃波が、内蔵一つ一つの腹部の隅々まで広がり、多臓器不全よろしく俺は苦しさと激痛で床に這いつくばっていた。吹き飛んで、壁に激突した痛みなど気にならないぐらいに、ボディーへのダメージは深刻だ。
「ヌナニア星系軍士官学校は、十二星系十九惑星から選りすぐりの才能が集められた場所なわけだが、そのなかでも俺達二期生は特別だッ!」
アクセルの言葉の終わりともに、俺の腹が強烈にやつのつま先で蹴り上げられた。俺が苦悶の声を漏らすなかアクセルはさらに言葉を継いだ。
「旧軍の失敗と成功から学んだいままでにない次世代型の英才教育。旧軍のしがらみに縛られない純正のヌナニア軍人。何事も最初が肝心。ヌナニア連合は国家を挙げて、新生されたヌナニア軍を背負って立つ人材を領域内から選りすぐった。本来なら軍人などには勿体ない他分野へいくべきような超一級の人材まで集めたのが、ヌナニア星系軍士官学校の黄金の二期生だッ」
また、アクセルのつま先が俺の腹に突き刺さった。俺の体は宙に舞ってバウンド。床にドシャリとおちるなか俺は、人間の体も弾むのだなと冷静に思った。頭だけが冴え渡っている。
苦痛に耐える訓練がある。拷問対策カリュキュラムと呼ばれていた。痛みを感じること本来的には体を守ることにつながるので、普段は俺もまともに痛みを感じるが、特定の条件でスイッチがはいるとほとんど痛みを感じなくなる。先程の蹴りで強制的にそのスイッチが入ってしまったのだ。
だが、痛みを感じなくなっても身体の機能が戻るわけではない。アクセルの攻撃は一発一発が強烈過ぎて、完全に振り切れている。俺は四つん這いになり、なんとか立ちあがろうとこころみたが、うまく四肢が動かない。とくに体幹に力が入らず踏ん張れない。
「ヌナニア星系軍士官学校の本命は俺達二期生。つまるところ一期生は、教訓えるための存在で、いわば俺達の実験台つーわけだッ」
また、俺の腹にアクセルのつま先が刺さった。四つん這いの俺は、もろにその蹴りを腹にうけまた宙に舞った。
「俺達二期生四十七人全員が特別。だが、悲しいかな義成ぃ。その四十七人のかなにも優劣がある。それも如何ともし難い差がな。軍は、二期生のなかでもとくに優秀なものにアヘッドセブンの称号を与えた。つまり天才と一般人の区別だ。七人以外は、普通でつまらん秀才ってわけだ。アヘッドセブンと、それ以外には決定的な差がある。天と地、いや、神と人ぐらいのな。しかも義成ぃお前はそのなかでもドンケツ。人以下。サルだッ」
蹴られに蹴られ五メートルほど進んだろうか。これ以上蹴れるとまずい。内臓が破裂しかねない。俺は、なんとか蹴りがインパクトする瞬間に体をよじったり、力の入らない腹に、なんとか力を込めて蹴りのダメージを軽減していたが、それもそろそろ限界だ。あと二発。いや、あと一発蹴られたらヤバい。
「サルが神に逆らっちゃあいけないだろォー!」
アクセルが、最後に止めの一撃だとばかりに勢いよく俺の腹を蹴りあげた。俺の体は、またも宙に浮き。床に激突。俺の顔は、床を舐めるような状態。鼻が下敷きになっているのに苦しさを感じない。意識が遠のき始めたのだ。
「オイ、なんとかいってみろォ?」
とアクセルが、俺の髪の毛を掴んで強引に顔をあげさせた。何千本もの針で刺されたような痛みが俺の頭に走った。幸か不幸かこれで、俺の意識は覚醒の方向に。だが、アクセルは容赦してくれないし、俺のダメージが回復するのなんてもちろんまってもくれない。
アクセルが、なにかいってみろよ、とばかりに俺の頭を揺さぶった。かすれた悲鳴と、苦悶の表情が出ていたろうだ。だが、俺は……。
「……アクセル。お前はバカだ」
「アァ?」
「猿に神のなんたるかがわかると思うか――?」
俺がやっとのことで絞りだした言葉に、アクセルが一瞬真顔となってから馬鹿笑い。
「ハハッハハー。なるほどサルじゃあ神の存在なんてわからねーか? サルってのはそこまでバカなのか? まあいい。サルには、サルの神がいんだろッ」
アクセルが、俺の髪の毛を握った手に力を込めた。俺の顔面を目一杯の怒りと力を込めて床に叩きだ。だが、アクセル俺の顔面を床につけようとしたその瞬間――! 凄まじい勢いでアクセルの横っ面めがけて、物体が飛来してきた。




