1-(10) 特命係
『特命係室』
入り口につけられたプレートを俺は、ひと目見てから部屋の扉を開けた。
天儀総司令は、嘘はいわなかった。俺を本当に側近として起用して、こうして部屋まで用意してくれた。なお、特命係室は、総司令官室の横だ。総司令官室の出口管理も俺達の仕事だからな。さすが幹部エリアにある部屋だけあって、なにからなにまでワンランク違う。
そして俺が特命係室に入ると、
「あ、義成さんいらっしゃーい」
といって出迎えてくれたのは火水風だ。そう。特命係への任命は俺だけじゃなく火水風と鬼美笑姉も一緒だった。
「鬼美笑さん今日はこられないそうです」
「鬼美笑姉は、情報部の仕事が忙しみたいだな」
「みたいですねー。でも私は比較的余裕ありますよ。瑞鶴が、泊地パラス・アテネにいるあいだはパラス・アテネの電子戦科がほとんど仕事しちゃいますからね」
鬼美笑姉と火水風は、もとの部隊との掛け持ちだった。俺の手伝いという感じだ。いわばパートタイマー。専属で特命係として働くのは俺だけだ。
「そうそう。ここにくるときに宇宙ゴリラ(国家親衛隊)とすれ違ったときに物凄く睨まれたんですけどぉー」
「なに。大丈夫だったのか」
「はい。私になにかあると特命係の義成さんが許しませんよっていってやったら黙っていっちゃいました」
「なるほどな」
「なんなんですかねあれー。嫌な感じでした」
「俺達特命係が、総司令官室の警備を命じられたろ」
「はい」
「昔は、国家親衛隊が、その手の仕事をやっていたらしんだ」
「なーんだ。仕事を取られて怒ってただけですか」
「特命係は、総司令室。それ以外は、国家親衛隊ということで天儀総司令が納得させていたよ」
「へー。そんなことが。天儀総司令は、宇宙ゴリラの大ボスなんですねぇ」
「俺もこの前ひと悶着あったやつらとでくわしたよ」
「うわ。それこそ大丈夫だったんですか?」
「なにもなかったよ。ただ、大宇宙軍としての自覚を持てよ、と強面でいってきて終わりだ。同じ総司令官の側近としての認めてくれたんだろう」
火水風が新たな話題をだそうとして口を開きかけたが、それより少し早く部屋の扉が開いた。
「あ、鬼美笑さん。今日はこれないんじゃなかったんですか」
「予想以上に進捗よくてね。残業なし。ていうかなんなのよ大宇宙軍って」
「どうしたんですか?」
「ここにくるときに宇宙ゴリラとでくわしたのよ。あいつら大宇宙軍っていいながら敬礼してきて、キモイったらないんだけど」
「む。義成さんもいってましたね。その大宇宙軍ってなんですか?」
「しんないわよ。右翼みたいで気分悪いったらないわね」
「義成さんはわかりますか?」
「天儀総司令が、前の戦争で勝ったあとの短い期間だが、軍がそうよばれていた時期があっというのは聞いたことがあるな」
「へー。そうなんですか」
旧セレニス星間連合の大連合艦隊相手に勝利した天儀総司令率いる旧グランダ軍は、残った旧セレニス軍に武装解除を命令し、その一部を吸収した。その混合軍は短い間だが大宇宙軍とよばれていた。おそらくこれが天儀の絶頂期。そして国家親衛隊も一番いい時期だったろう。
国家親衛隊は、過去の栄光を忘れられない。いや、天儀総司令が軍に戻ってきたことで、また華々しく活躍できると考えているのだろう。
宇宙戦争は、二足機(マルチロール人形戦闘機)、軍用宇宙船同士の主砲の撃ち合い、仮想空間での電子戦がメインだ。
宇宙要塞や、武装コロニー相手でも普通は、施設内に歩兵を送り込む前に片がつく。宇宙施設は、コントロールを乗っ取られればお終いだからな。生命維持装置の電源を落とされたらそれまでだ。酸素があっても早ければ十五分で低体温症。一時間で凍死だ。
この戦争の舞台であるフライヤ・ベルクは、もともと一大無人資源地帯。入植惑星もなければ、巨大な入植コロニーもない。
「国家親衛隊は、この戦争で完全に浮いた存在だな。筋骨たくましい彼らもヌナニア星系軍にあっては、デカイお荷物あつかいか。悲しいものだ……」
俺は、感慨深げにいってしまった。国家親衛隊の傷だらけのいかつい顔にヒゲのセット。そして立派な体格とトリコロールカラーの豪華な軍服は、見るからに歴戦の古参兵といった感じだが、それだけに逆に時代遅れの哀愁すら感じさせた。そんな俺の言葉に鬼美笑が反応した。
「ふん。宇宙では空気も空間も貴重品よ。それを戦わない戦力が、呼吸して居座って、デカイ顔で飲み食いして消費しているってわけ。宇宙ゴリラ共は、息してるだけでウザったがられて当然よ。それより義成」
鬼美笑姉が、怖い顔を俺に向けてきていた。これを俺は、お姉ちゃんモード呼んでいる。昔、鬼美笑姉がまだ近所の憧れのお姉さんだったころ話だ。俺と火水風がいたずらすると、普段は優しい面倒見役の鬼美笑姉が、怖い顔して怒ってきた。鬼美笑姉にしても、あのころの性分が抜けていないところがる。いまでもたまに俺にたいして子供を叱りつけるような態度がでるんだ。
「鬼美笑姉どうしたんだ。いろいろな表情が見れて俺は嬉しいけど、美人に似合うのは笑顔と俺は思うんだ」
「はぁ? あんたね呑気にしてる場合じゃないわよ。ヌナニア星系軍士官学校の自分は、目をつぶってでも出世できると思ってない?」
「思ってはいないが……」
事実そうなので、どう答えていいかわからない。俺達二期生は、ヌナニア軍の幹部となるため育成された。成績順とはいえ座していても出世する。ただ、俺は、スクールに送られていしまったので、ちょっと事情が違いそうだがな……。だが、それでも普通より早く出世していくだろう。
「義成いい? 天儀は実力主義よ。戦功があれば前例無視で昇進させる代わりに、働かないやつはどんな履歴があっても前例無視で昇進させない」
「え、じゃあ兵学校とかの成績無視?」
と火水風が驚いて口を挟んできた。星系軍の昇進は、学校時代の成績が一生ついてまわる。これはヌナニア星系軍士官学校以外の軍の学校でも同じだ。
「ええ、そうよ。今日ね。古参兵からきたわ。あいつは、抜擢と結果でしか報奨しないってね。しかも戦闘での結果ね」
見込んだ相手を重要ポストに任命して働かせる。この抜擢の基準は客観性がない。理由をしるのは天儀総司令のみ。その抜擢されたものが、結果をだして昇進する。そして結果をもってきたものも昇進する。一見素晴らしいが、抜擢は気まぐれだし、結果を出せない場所に配置された者にとっては絶望的だ。つまり、いまの俺とかな。俺の仕事は、あらためていうまでもないかもしれないが、諜報と身辺警護だ。戦闘はない……。
「私の上司の話では、旧グランダ軍時代に、部隊に管理職が足りなくなったから手頃な人を天儀に推薦したらしいんだけど――……」
――あ? なんだこつはずっと後方にいただけじゃないか。
――ですが、年齢的にも適当で、履歴も問題ありません。そろそろポストつけておかないと。
――ダメだダメだ。お、こいつとかいいじゃないか。偵察任務で負傷して、ちょうど復帰してる。
――え、この兵員は兵学校卒業。士官にするには統率教育の時間が足りていませんが。
――いいこいつだ。こいつといったらこいつだ。
「……――そのあと天儀は、俺の軍で席を温めているだけで昇進できると思ったら大間違いだ。昇進したいならケツに銃創でも作って出直してこいって大声でいったそうよ」
「え、じゃあ本当に管理職に士官教育してない人を当てちゃったんですが!? 大丈夫だったんですかそれ」
「ええ、まあね。その上司の話では、半年かける統率教育二ヶ月で終わらせて着任させたって。でも、その抜擢された人は、結局激務で精神やられちゃって後方送りだったそうよ」
「最低……。さすが人食い鬼……」
そして二人がくるりと俺のほうを向いて。
「義成。ろくな仕事ない特命係で満足してたら昇進できないわよ。なんとか別のポストにいきなさいよ」
「そうですよ義成さん。特命ってなんかミステリアスでかっこいいですけど、雑用係をカッコよくいってるだけですからね」
……ひどいぞ二人とも。俺が喜んだ特命係をそんなふうに思っていたのか。だが、別にいい。結論はシンプルだ。
「逆に好都合。成績だせばいい。それけだ」
俺が敢然といったので、あれだけやいのやいのいってきていた二人には効果てきめんだった。
「おぉー。すごいです義成さん」
「そ、そうね。なんたって義成は、黄金の二期生だからやれちゃうのかしら。私ったら昔の癖が抜けなくてごめんだわね」
俺は、咳払い一つ。二人の尊敬の眼差しから熱が抜ける前にそそくさと特命係室をでた。そろそろ天儀総司令によびだされた時間だったしな。
が、格好つけていったはいいが困った――。第一に、スパイ活動は地味だ。第二に、戦争中は、戦って勝ったものが一番称賛される。しかも鬼美笑姉の話では、天儀総司令は、戦闘働きを一番の評価基準としているどころかそれ以外は見ないらしい。
くそ……。総司令官の側近となったのになんてことだ。現在俺の部下は、鬼美笑姉と火水風の二人だけ。こんなとき映画やアニメなら三人で自動小銃を手に、敵艦内に突入して敵艦を奪うなんてやってのけるんだろうが、現実はそうはいかない……。
わかりやすい戦果をあげるとなると、やはり戦艦クラスの艦長。もしくは戦隊クラスの司令官が望ましい。つまり、俺はなんらかの手段で、とにかく部隊指揮官クラスにつけてもらわなければならいわけだ。




