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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
第三章 泊地パラス・アテネ
102/105

4-(32) 天括球12(天括球の戦い2)

 俺達ヌナニア軍は、ポイント・フラムに突入を開始していた。


挿絵(By みてみん)


 なお、俺は攻撃単縦陣スピア・アタックが始まってからしばらく行きた心地がしなかった。戦闘開始で、敵の第一射のほとんどが旗艦リットリオに向けて飛んできたからだ。

 

 アキノック将軍と俺が乗るリットリオは、最初集団の先頭だった。突然の敵の攻撃。一番前にいる一番でかい戦艦リットリオ。しかもリットリオは戦線旗艦だ。誰だってリットリオを猛射する。

 

 軍隊は、ときとして伝統に縛られ非合理的だ。

 星系軍の軍艦の運用は、地球時代の海軍に多くのルーツを持つ。そう。この旗艦先頭という非合理な突撃は海軍の伝統なのだ。海軍の単縦陣での突撃で、先駆けるのは最上級の司令官が座する艦。そして二番目に艦隊で二番目に偉い司令官。つまり旗艦が沈没した場合に指揮権が移乗される艦。最後尾に三番目に偉い司令官だ。言うまでもないが継戦能力という合理性を考えると、最上級の司令官の座する艦は最後尾か二番目に配置するのが理想的だが……。

 

 だが、その非合理性が、いま、大戦果を生んでいた。俺なら合理的に考えてリットリオを最後尾に配置したろう。でも、その場合――。

 ――これほどの戦果を得られたろうか?

 と疑問に思わざるを得ない。

 

 敵への突入の最中に俺は、各艦の配置を気にせずにはいられなかった。

 ――後続の艦はちゃんとついてきているのか?

 後続する艦が危険と判断して全部反転。リットリオだけ独行なんて事になっていたら洒落にならない。敵に突入するのはリットリオばかり。皆逃げ去っていたなんてことを想像した。

 

 俺が後ろをチラチラ気にするようにするなか、アキノック将軍は敢然としていた。ブリッジの中央で腕組みして仁王立ち。ひたすら主砲発射のタイミングだけを探っていた。

 

 ――圧倒的な貫禄だ。

 

 安心感が違う、とも思った。俺の居るブリッジは緊張感に満ちていたが、中央に立つたった一人の男がブリッジ内の不安を、いや、リットリオ全クルーの。いや、そうじゃない。突入する全艦のクルーの不安を一身にうけて平然としていた。このきわめて危険な突入で、誰も逃げださないのは、アキノック将軍の存在があるからだと俺は全身で感じた。


 楠忠且は、思わぬ方向からの思わぬ攻撃に慌てるも麾下に回頭を命じ、真っ先に突撃したアキノック将軍の旗艦リットリオに集中砲火を浴びせるが……。


挿絵(By みてみん)


 この集中砲火はアキノック将軍の思うつぼだった。精密な射撃にはある程度船速を落とす必要があるからだ。楠忠且は、攻撃を命じつつ突入してくるヌナニア艦隊を囲むように戦力の配置を転換していたが、アキノック将軍の麾下の第一艦隊に手間取り、ヌナニア軍第二艦隊の第二弾突入をうけ戦列形成を断念。


 そう。アキノック将軍は、麾下の艦隊の練度が低く、結束力も強くないことを懸念していたが、現状は少し違った。理由は、天儀総司令のおかげだ。天儀総司令は、アキノック将軍との秘密会談の直後に、戦線総監部の面々を集めて訓辞を与えていた――……。

 

 秘密会談のおこなわれた貴賓室をでた天儀総司令に続く俺は、天儀総司令へ口を尖らせてこう助言した。

 

「これから総監部の幹部たちへ指導ですね。そのあとはリットリオから第七戦線の兵士達全員へ向け放送をおこないます」

 

 俺は、わかっていますね? という圧を加えて言葉を吐いていた。天儀総司令の側近として、これだけは譲れない。


「なにがいいたい義成。お前はつどわかりにくいところがある。はっきりいえ」

「……第七戦線は乱れきっています。いえ、腐っている。アキノック将軍だけが悪いんじゃない。宇宙基地ハーレムを楽しんでいたのは、アキノック将軍ではなくむしろ戦線総監部の高官や末端の兵士達です。全員へ罰といわずとも厳重注意をおこなうべきです」

「……なるほど。義成お前ならそうするのか」

「ええ、これで第七戦線は規律を取り戻し、軍人達は上から下まで目を覚まし、星系軍の誇りを取り戻して戦うでしょう」

 

 俺は、旧軍時代の軍規に厳しいグランダの人食い鬼の異名をいまこそ発揮すべきだと期待して助言したのだが……。

 

「ふん、そんなことをすれば俺は明日には死体となって発見されるな。そして第七戦線に捜査に入った軍警が、第七戦線の軍総監部や兵士達から聞かされるのは〝突然死〟というワードだけ。口裏合わせしなくとも完璧に一致した証言となるだろう」

 

 俺は困惑した。そんなことがあるわけがない。

 

 いや、俺だって天儀総司令のいわんとすることはわかる。つまり戦場で死亡した指揮官の何割かは、部下たちから撃たれた疑いがあるという話だ。

 

 無茶な命令や眠たい戯言ばかり吐く上官は、下から剪定されるのだ。バカな上官は、戦場で後ろから撃たれる。だが、ここは宇宙で、星系軍で、天儀総司令は、トートゥゾネで勝っているんだ。あるわけがない。仕事しないで偉そうなバカから叱責されれば腹も立つが、勝って結果をだしている天儀総司令だ。誰もが殊勝に言葉を受け止めるだろう。

 

 俺が、驚いて黙っていると天儀総司令はが、

「相手の気持になれ義成」

 といってきた。相手の気持か……。この場合の相手とは――。


「第七戦線総監部や兵士達の気持ちでしょうか?」

「ああ、そうだ。彼らからすれば、いまの状況は理不尽だ」

「理不尽? 解せません。この戦線に物的に欠けるものはありません。たしかに戦力は不利ですが、それはヌナニア軍全体にいえることですし、やはり規律の乱れを叱責するべきだと思います」

「違うな。……そうだ。ヒントだ。第七戦線では、アキノックの移動とともに戦力の大きな配置換えがおこなわれている。ここには、アキノックのもとで、フライヤ・フリューゲで失敗したものたちが移動してきているんだよ」

 

 ――だからなんだ? 

 と俺は思った。攻撃に失敗したからアキノック将軍だけでなく、アキノック将軍と共に戦った軍人達が左遷されるように僻地の第七戦線に回された。罰だ。当然のようにすら感じる。


「俺が見るに、政府から無理強いされたフライヤ・フリューゲの攻略命令は、実現不能の無理難題だった。それでもアキノックと、その幕僚達は軍人としての気概を発揮して攻撃した。失敗したが、それでも上手く兵力を撤収させ損害をほとんどださなかった。それなのに左遷された。そう。ここは僻地だ。もとからここにいた兵士達も辺境に配置されたことを不満に感じている。自分たちはないがしろにされているからここにいるとな」

「根拠は? 軍官房部の調査で、自分はそんなデータを見た覚えはありません」

「そりゃあ、そんなマーケティングしてないからな。俺の分析だ」

「天儀総司令の臆断おくだんですね。都合のいい主観だと考えます」


 俺の言葉に天儀総司令は苦い顔したが、それでも怒らずに言葉を継いだ。


「もう時間がないので、答えを教えてやる。こうだ。辺境の戦線で、不満を抱えながらもここで踏ん張っていた連中に、お前らは不真面目でクソだ。真面目に戦え。俺のように勝て。俺は不利でも勝ったぞ。真面目にやれば勝てるんだ。勝てないお前らはサボっているからだ、なんていってみろお終いだよ。すべてが破滅するだけだ」


 天儀総司令の言葉に、俺は、『いや、クソだは言わないでいいが、不真面目だ、真面目にやれ、俺のように勝て、と激励するのは正しいだろ』と感じたが、俺になにかいう時間はすでになかった。俺達の前に、戦線総監部の高官を集めてある部屋の扉が迫っていたからだ。

 

 天儀総司令は、部屋に入ると一人一人と握手し、

「よくやっている」「役目をはたしているな」「戦いは忍耐だ。君たちはその手本だ」

 といって激励した。俺はとても不満だった。彼らが頑張っていたのは、アキノック将軍の宇宙基地ハーレムで腰を振ることだけだ。証拠に戦線総監部の高官達の天儀総司令が部屋に現れたときの顔だ。あれは叱責されることを覚悟していた顔で、いま、天儀総司令にねんごろに握手される高官達の顔は、安堵の表情という感じだ。

 

 信じられない。天儀総司令は、戦線総監部の面々へは対応は、アキノック将軍相手よりはるかに甘い。アキノック将軍は、バカ野郎! とか少なくとも幾度か叱責されていたが、彼らにはそれもなしだ。

 

 なんだってこんなッ――。

 と、俺が苦々しい思いを抱えていると、天儀総司令が少しだけ身に峻厳さをだして戦線総監部高官達へ語りだした。

 

「戦線の高官である諸君は、二日後に本国から視察団が到着するのをすでに聞いているな。この政府からの視察団は、第七戦線のすべてを見て、すべてを報告するだろう。私はもちろん君たちの側に立つが、政府が君達の配置を変えたいと私にいってきた場合に、どうしてか、いまのところ私に反対する材料がない」


 天儀総司令の言葉で室内はざわめき、言葉が終わらないうちに戦線総監部の高官達の顔は蒼白となっていた。天儀総司令は、そんな戦線総監部の高官達へさらに続けた。


「困ったことに彼らは、軍人の顔の見分けがつかない。しかも誰が偉く、誰が使い走りかもわからない。彼らが軍人で区別がつくのは、総司令官か、それ以外の兵士かだけだ。視察団からの報告を聞いた政府は、戦線のすべてを罰するだろう」


 ――自分達もアキノック将軍とともに処罰される。

 という恐怖の色が戦線総監部の高官達の顔にでていた。

 

「だが、諸君は幸いだったな。私の友人であるエルンスト・アキノックは兵士として稀有にして有能だ」


 ――つまり?

 という言葉が誰からとなくでて、不安で部屋中が蒼白といった空気の室内に響いた。


「つまり勝て。私はこれで諸君を、政府から守護する権能を手に入れられる。幸いにもエルンスト・アキノックは、この戦線で唯一勝利の計画を持っている。君らは軍警に逮捕されたくなければ、我が友人の計画に忠実に従うことだ」


 結局、天儀総司令は、叱責はしなかったが、

 ――逮捕されんたくなければ死ぬ気で戦え。

 と戦線総監部の高官達を脅しつけたのだ。

 

 そう。アキノック将軍は、第七戦線は練度が低く、結束力がないと不味さを感じていたらしいが、天儀総司令は、やんわりと恫喝して第七戦線に結束力を呼び戻していた。

 

 そして、そもそも第七戦線の練度はそんなに低いものじゃない。やる気がなく普段の訓練の成績が下がっていただけだ。アキノック将軍が、口にした練度の低さとはそういう意味だ。

 

 新兵ばかりとか、ほとんど軍人としての教育を受けていないとかじゃない。そう。懸念の種の片割れの練度の低調さは、はっきりいってやる気の問題。天儀総司令が、脅しつけたことでやる気も出たので、練度の問題も解消されていた。

 

 そして、いま、俺の目の前で広がる見事な優位で戦況だ。早くもポイント・フラムでは、ヌナニア軍が押し始めている。

 

 天儀総司令の言葉は第七戦線の将兵の心に強く響いたようだ。戦っていてわかるのだ。全員が、アキノック将軍にきわめて忠実だと。アキノック将軍の指示を違えなければ勝てる。いや、必死に協力すれば、大成功すると誰もが強く思っていると感じる。

 

 なお、天儀総司令から戦線総監部の高官達の話が終わると、アキノック将軍が視察団の代表を伴い部屋に現れた。使節団の代表という男は、柔らかな金髪の官房副長官補だった。

 

 ――俺と同い歳か。歳下にすら見える。

 

 俺は、藤原公光ふじわらきんみつと名乗る童顔の青年に、ただ驚いた。官房副長官補といったら政権官房府の幹部として列挙される十三人の中の一人だ。たった十三の中の一人。この若さで……。俺も四十七番とさげすまれているが、黄金の二期生。軍隊の出世は士官学校の成績が大きく物を言う。一千万軍隊で、四七番目に早く出世できると考えれば俺もかなりのエリートなのだが、この藤原公光ふじわらきんみつという童顔の青年は別格だ。

 

 ちなみに、ここでアキノック将軍は、戦線総監部の高官達と団長の藤原公光相手に、

「敵と休戦協定を結んだのは騙すためだ」

 と宣言していた。室内は、戦線総監部の高官達の高揚でドっと沸いた。本当に天儀総司令のいうとおり、我らがクイック・アキノックは勝つ計画を持っていた。それも随分前から準備していた。全員が、アキノック将軍を見直したという感じで、尊敬の態度となっていた。

 

 そこに天儀総司令が、これは本来秘密なのだが、と断ってから、さらに燃料を投下。もちろんいい意味でだ。

 

「諸君は、この第七戦線への配置転換をミカヅチからの左遷とうけとっているようだが、それは違う。我が友人アキノックは宇宙最速だ。ミカヅチによるクイック・アキノックの第七戦線への配置は、回り込み攻撃を期してのことだ。諸君達は、ミカヅチから戦略的な側面攻撃を期待されていた。ヌナニア星系軍総司令官の私が断言する」


 恐らくこれは嘘だ。だが、この室内の誰もが、天儀総司令の言葉を信じた。いや、信じたかったんだろう。左遷で僻地の戦線という、現実はつらすぎる。実は違った、とうシナリオは第七戦線の全員が望むものだ。

 天儀総司令は、軍人の望むものをなんで与えてくれる。俺はそんな気がした。

 

 なお、室内が、熱気に包まれるなか俺一人が冷めていた。天儀総司令は、人の心理を上手く操作したが、俺は不満だった。だって、これは毒を以て毒を制したようなものだ。悪徳を排除したわけじゃない。ハーレムを楽しんだものは誰も罰せられていない……。

 

 そして熱気に包まれる室内で、使節団長の藤原公光は、拍手しつつニコニコしながら見守っていた。

 ――不気味だ。

 この青年はなんだ。


「義成さんですね。ボクは藤原公光です。帝には藤光とうこうって呼ばれていて、皆は光の君ってよぶので、君もそうしてください」

 と俺へ兄事するというていで握手の手を差し伸べてくる光は、下手のようでいて自分の呼び名を強要してくる青年だった。帝というからには、グランダ系か。天儀総司令や、アキノック将軍とは知り合いなのかもしれない。俺がそんなことを考えていると、光が天儀総司令に話しかけていた。やはり二人は知り合いのようだ。

 

「大将軍。帝がたまには顔を見たいと仰せでしたよ。政庁府としての朝廷は閉廷しましたが、宮殿は健在だ。是非に是非に時間を作っていってあげてください。ご老人もご健勝ですし、戦場でなにか迷うことがあれば、ちょっと休暇のつもりで遊びにきてください。ボクも将軍の武勇伝を聞きたいですしね」

「……帝へこの無粋顔を見せたい気持ちはあるのだが、どうも横に控えるご老人は苦手だ」

「あれは引退しないですし、死なないですよ。宮内からご老人が消えるのを待っているならお勧めしませんね」

 

 ――皇帝が、天儀総司令と会いたがっているだと?

 

 どういうことだ。天儀総司令を経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアに処したのは、アキノック将軍の話では帝。つまりグランダ皇帝だ。極大の刑で罰した相手に会いたいのだろうか? グランダ皇帝とはサイコパスなのだろうか……。わからない。


 いや、いまは、そんなことはいい。

 

 状況はどうなった。負けるような状況でなかったが、どういう勝ち方をするかは重要だ。俺は冷静に、戦況の情報が読み取れるモニターを手早く見ていった。フライヤ・フリューゲで艦隊を指揮したことで、以前より格段に戦場の状態を読み取る能力が増したという実感があった。友軍の配置、敵の配置、戦いの趨勢はいまどう動いているか。それがよくわかる。

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