4-(31) 天括球11(天括球の戦い1)
第七戦線天括の敵の責任者は、楠忠且。第八軍団の軍団司令長官で、くすのきただかつ、とも読む。
褐色の肌に黒々としたトラヒゲ。あだ名は、黒い番犬。これは腹黒い狡猾な犬という意味ではない。忠誠心の厚さと、その黒く美しいトラヒゲからついたあだ名だ。
体格も立派で、いかにも豪将といった男だが、運送屋の出身で、もとは流通のプロである。だが、いうまでもないが再統一前の太聖宇宙は、百年の戦乱のまっただなか。治安の乱れは極まって、宇宙の運送屋は武装していた。しかも楠忠且の武装運送会社は、太聖宇宙の首都圏といえる王畿一帯の流通を牛耳っていた。
『兵站能力が高く、防衛戦が得意』
というのが、ヌナニア軍の総参謀部の楠忠且の分析結果だ。
が――。周囲の評価と本人の自覚というは得てして違う。楠忠且は、自身を攻めの得意な勇将と認識していた。上手い防御は、上手い攻めに似る。よく防ぐものは、亀にはならない。防戦一方ではなく敵に痛打を繰り出されないようにむしろ積極的に攻撃するのだ。
第八軍団旗艦は、鬼級戦艦の千甲鎧鬼。
その合楼では――。
「アキノック将軍の話では、戦意不調を疑われたので、どうしても形だけでいいので戦いたいとのことだ。秘密休戦の延長ついでに、お互い主力級戦艦の主砲を二、三発ぶっぱなさそうという話になっておる」
黒々としたヒゲの生えた顎をさすりながらいうのは楠忠且。彼は、部下にこう続けた。
「が、当然ここは戦場であるからして、その二、三発が実弾で、それが敵の主力艦に当たってしまっても不幸な事故だ」
秘密休戦の更新と、八百長戦闘がおこなわれるのは、
――ポイント・フラム。
ここは小惑星天括球の重力影響圏内最外部だ。いつものようにヌナニア軍側から交渉したいという秘密裏の打診があり、いつものポイントで待ち合わせといった具合だ。だが、今回、楠忠且はただ秘密休戦の更新だけですませる気はなかった。
――折を見て奇襲したい。
これが、楠忠且と軍団司令部の考えだ。
情報部の話では、敵の総司令官である天儀がこんな田舎に現れたという話もある。間違いなくアキノックは、難しい立場にあるのだろう――。というのが勇将を自負する楠忠且の認識だ。そして、こう思うのだ。
まったく陛下は、我を敵の回り込み抑止としてここに配置なされたが、我は攻めの将であるからして、どうしても進撃したい。だが、回される戦力は攻撃力に欠けるものばかり。他の戦線では、華々しい戦果が聞かれるのに、天括だけは小競り合いすらほとんどない。それを部下たちは憂いているが、この状況を陛下がお咎めにならないということは、つまるところ我は、やはり抑止の戦力。だが、戦いは戦力だけでやるものではない。知恵をつかうのだ。知恵を。
秘密休戦の調印は、いつもお互いの主力部隊の間の艦艇の中。ここでアキノックに隙きがあれば拘束してしまうのも面白いし、戦闘中に通信をぶつけて、
――秘密休戦を暴露する。
といってやっても面白い。アキノックは動揺し、ヌナニア軍はガタガタになることは想像に難くない。我としても秘密休戦が、露見するとまずい立場になるが、それは、ただ露見すればだ。敵を討って露見すれば、計略となる。間抜けな敵の大将を釣りだして勝ったと豪語できる。いや、これが事実となる。
「アキノック将軍は、部下たちから信望がない。将軍はフライヤ・フリューゲで失敗してここにきた。しかも天括のヌナニア軍戦力は、他の戦線にくらべると小規模」
――だから敵将エルンスト・アキノックは、秘密休戦を延長したい。
加えてこれまでの秘密休戦の延長の打診は、ヌナニア側からばかりという事実を踏まえれば、ヌナニア内でクイック・アキノックの異名を取る男は、戦いに自信を失っていると断定できた。
戦えば必ず勝てる。これまで楠忠且は慎重だったが、期は熟したのだ。
「そもそも秘密休戦が露見すれば、やつはヌナニアに戻れまい。我らに寝返らせて将軍として待遇し起用するのも面白いな」
「なるほど。さすがは楠軍団長です。あの男は、宇宙最速ともっぱらの評判ですからね。いまは錆びついていますが――」
「ああ、その錆を我々で磨いて取り除き活用するのだ。この楠忠且の部下に、宇宙最速が加われば頼もしい。十二神柱入りも間違いない」
「早ければ当たる。なまくらでも当たれば敵は負傷します。楠軍団長の剣として、アキノック将軍を活用するのは面白い考えです。すぐに陛下に、この考えをお知らせしておきます」
そういって参謀が離れていくと、楠忠且は、
「そういえばアキノック将軍には、是非とも自分のハーレムに招待したいともいわれたな。今回その約束をはたしてもらおうではないか! なんとそのハーレムとやらは、十万人規模の宇宙基地がまるごと歓楽街というぞ。今回の計画がうまくいけば、それが我らのものだ!」
と合楼のクルーたちにむけて豪語したのだった。
くしくも両軍は、ポイント・フラムでお互い騙し討ちを企画していたのであった。
いつの時代も戦場は同調現象を起こす。そろそろ奇襲をかけたいと思ったときに、敵も同じようなことを考えるものだ。それが大戦闘に発展するか、すれ違いして不発と終わるかは神のみぞしる。
そして小惑星天括球の重力外縁部のポイント・フラムでは、あっさり事態は急転した――。
『たばかったなアキノック。休戦協定は、暴露するぞ。覚悟しておけよ!』
「勝手にしやがれ黒犬野郎。一昨日来やがれ!」
『なんて言い草だ。嘘をつくとは恥を知らんのか。このウドの大木がッ!』
「はっ! そのウドの大木とやらに騙されたのがてめえ様だ楠忠且。てめえはウドの大木より脳味噌がつまってないがない木偶野郎と見えるな!」
『ぐぬぬぬ! 抜かしおったなこのウドの大木がッ!』
いま、信じられない。俺の前で戦線総監と敵の軍団司令長官というとても偉い立場の人間同士が、中学生みたいに口汚く罵っている。と、呆れるのは参月義成だ。いま、特命係の義成は、観戦武官として第七戦線総監のアキノック将軍の横に立っていた。
そう。ポイント・フラムでの戦闘は、開始されていた。
約束された地で出会ったはずの両軍は、お互い遭遇戦という突発的な戦闘に慌てるような戦いとなっていた。何故なら、お互い相手を騙すと頭から考えていたからだ。
『予想外に準備ができているな!』
と戦闘開始直後に叫んだのは、クイック・アキノックと黒い番犬楠忠且の両名だ。
ポイント・フラムに、それぞれが率いてきた戦力は全体の三割程度だが、そのすべてが主力だった。秘密の休戦協定の延長に連れてくるには過剰な戦力だったが、お互い疑いもしないというかむしろ好都合と考えた。偵察の報告から敵の戦力をしったアキノックも楠忠且も、
――むしろ敵を一網打尽にできる!
と一部の部下たちからでた「敵が戦闘の準備していた場合に勝っても損害大」という懸念の声を一蹴した。
攻撃に置いては稚拙さのある楠忠且と、戦いは速度のアキノック。両者はポイント・フラムにて拙速の用兵を展開。楠忠且は、
「不意打ちをかますのだから状況は常にこちらにある。なにが起きても我らが有利!」
と臆断していたし、アキノックといえば、
「主戦力もろとも旗艦である千甲鎧鬼の退路を遮断できる!」
とリスクをむしろ大きなチャンスと判断していた。両者まったくもって自身に都合よく戦場を想像していた。
そして両者が都合よく想像した戦場の趨勢といえば――。
「ヌナニア軍の圧倒的有利だ。完全に奇襲は、成功した。すごすぎる……」
と、戦線旗艦リットリオでは参月義成が驚きの声を漏らしていた。
そう。奇襲は、成功した。アキノック将軍は、悪いが俺からすると、とても知将とはいえないが、抜群の戦術家ではあった。彼は、天括球を隠れ蓑として、楠忠且艦隊の背後に躍りでるという離れ業をやってのけた……。
驚く俺に、アキノック将軍といえば頭をかきながら、
「ま、騙し討ちだなが。ま、義成なんだ……。とにかくこういう戦いもあるんだ。正義感の強いお前には納得いかんやりかたかもしれんがな」
といった。やはりアキノック将軍としては、気まずさがあるのだろう。
「いえ、違います。騙し討ちだなんて違いますよ」
「違うのか? 俺は嘘をついて楠忠且を誘い出したんだがな」
「ええ、軍人の嘘を武略という。これは常識です」
とたんにアキノック将軍の表情が明るくなった。この人は根が正直な人なのだろう。命の駆け引きでも、いや、命の駆け引きだからこそ、相手を騙して殺すということに呵責を覚えるのだ。そしてこれは、アキノック将軍が強いということでもある。堂々と戦って敵を撃破できる自信がなければとても浮かんでこない感情だ。
「はは、そうか。武略か。なんか古臭い言葉だが、いいなそれ」
なるほど武略か。天儀みたいな屁理屈だ。だが悪くない、と笑うアキノック将軍は、ここポイント・フラムで宇宙最速の異名を遺憾なく発揮していた。
会敵した瞬間にアキノック将軍は、戦力を三つに分け単縦陣でポイント・フラムに突入を命じていた。素早い命令だった。迷いが一切感じられない。
「俺達は、練度がさほど高くなく、結束力も高くない。こんな場合にやれることは一つ――」
戦闘前にそうもらしていたアキノック将軍が選択した戦術は、
――正面から急速に接近し、とにかく砲撃しまくる。
というたしかに単純なものだった。単縦陣は、基本隊形とっていい。単横陣や梯形陣などとくらべて維持しやすいうえに、移動隊形にも採用されるほどで速度も早い。
横隊などの主砲火力が発揮できる幅広い隊形は、陣形をキープするのに高練度が要求される。まとまりが悪い軍隊で採用するにはいまいちだ。そして奇襲するのだから、移動速度に優れた単横陣は良い選択肢といえるし、しかも今回アキノック将軍が採用したのはただの単縦陣ではなく、
――攻撃単縦陣。
まずアキノック将軍が率いる前衛艦隊が戦闘に突入。猛攻しまくり、アキノック将軍の前衛艦隊で敵艦隊を拘束。そして、その間にアキノック将軍のうしろから同様の単縦陣で続く側衛艦隊と後衛艦隊の二つは、素早く敵の側面に回り込み攻撃したのだが、戦いの経緯はこうだ……
まず両軍はポイント・フラムへ向け進行。
アキノック将軍は、ポイント・フラムで予定通り楠忠且の艦隊を発見するとすぐさま攻撃単縦陣による攻撃を命令。一切躊躇せず。果断にだ。
俺達ヌナニア軍は、進んできた隊形そのままで敵に突っ込んでいくた発見から攻撃への転換はとても早い。艦隊動作は、抜く、構える、斬るではなく、抜く即ち斬るぐらいの感覚だった――。




