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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
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○小魔王ネヒョルの国 ネヒョル


 その昔ネヒョルは、南東に所領を持つ、小魔王ヂードウの配下であった。

 この地は大魔王ビバシニの南にあり、加えて西には魔王リーガードもいた。


 北と西に大魔王と魔王がいるのである。

 領土拡張を続け、小魔王から魔王へと成り上がった瞬間に潰される。

 それは明らかであった。


 小魔王が魔王に昇格すると、魔界の勢力図が大きく変わる。

 それを見過ごしてくれる両者ではない。


 ゆえに小魔王ヂードウは、領土的野心を持てずにいた。


「機会があれば攻め込もう」

 野心としては、その程度。


「なんかさあ、つまんないよね」

 小さくまとまってしまったヂードウに対して、ネヒョルはずっと不満を抱いていた。


 もっと面白いこと。もっと刺激のあるものを求めていた。


 自分が小魔王ならば魔王へ、そして大魔王になるのに。そう思っていた。

 もし大魔王になったら、魔界はもっと面白くなるだろうと。


 だが、その考えを実現させるには、いくつかの問題があった。

 ひとつは種族的特性。


 ヴァンパイア族は魔界の中でも上位種族である。

 それでも他の魔王や大魔王に比べて、何もかもが劣っていた。


 とくにネヒョルは回復力に特化しているところがあり、防御力や攻撃力は、他のヴァンパイア族よりも低い。


 どう頑張ったところで、魔王に致命傷を与えることはできないと思われた。


 そしてもうひとつの問題。

 事を成すには、ネヒョルに残された時間が、あまりに少なかった。


 ネヒョルは外見こそ若い。まだ子供のようにも見える。

 だがそれは、ネヒョルの回復力のおかげでそう見えるのであり、実際はもう、それなりの齢を重ねている。


 ヴァンパイア族の寿命を考えても、大魔王にまで上り詰め、面白おかしく暮らす時間は残されてないのではないかと考えるようになった。


 だが、これらの問題をひっくり返せる作戦がある。

 進化である。


 ヴァンパイア族の進化先は、エルダーヴァンパイア族。

 今のところ成功例がただの一つしかなく、進化条件は定かでない。


 だがこれが成功すれば、力も寿命も大幅に強化される。


「よし、上を目指そう!」

 ネヒョルは決断し、小魔王ヂードウに下克上を挑んだのである。




 首尾良くヂードウを下したネヒョルは、自分の副官であったレグラスに国を任せた。

「ネヒョル様、どうしてですか?」


 なぜ自ら国を治めないのか。

 レグラスは心底不思議だった。


「ボクはエルダーヴァンパイア族になるために魔界を回るからね。ここは頼んだよ」

「……ッ! 仰せのままに」


 国をレグラスに渡し、ネヒョルは自らの手勢を率いて魔界中を巡り、各地で暴れ回った。

 ワイルドハントの誕生である。




「結局、進化した者は見つからなかったなあ」

 多くの国で悪さを働きつつ、エルダーヴァンパイア族に進化した者を探した。

 ところが、そんな者は皆無。それどころか、進化情報を持っている者すら皆無だった。


「……やっぱりあそこかあ」

 ネヒョルはうなだれた。


 どこへ行っても、エルダーヴァンパイア族に進化した者は見つからなかったが、魔界で唯一、ネヒョルが避けていた場所があった。


「メルヴィスの所へ行かなきゃ駄目なのかな。でも、行きたくないんだよな」


 恐怖の大魔王とまで言われたメルヴィスは、唯一ヴァンパイア族からエルダーヴァンパイア族に進化した種である。


 近づく敵はすべて塵と化すと言われるほど性格は過激。

 少なくとも、敵として会いたい存在ではない。絶対に。


「配下になった方がいいよね」


 メルヴィスに配下として接触し、エルダーヴァンパイア族になる方法を聞き出す。

 難易度の高いミッションだが、もうそれしか手段が残されてなかった。


 ネヒョルはメルヴィスの国を調べ、将軍のひとりがヴァンパイア族であることを突き止めた。


「この人の配下になって、様子を見ながら探るかな」


 名案だとばかりに行動をおこしたネヒョルだったが、運悪く、メルヴィスは長い眠りに入ったところだった。


「しょうがない、待つか」

 メルヴィスが起きるまで待つことにした。

 一度国を出奔して、メルヴィスが起きたら戻ってくることも考えたが、おそらくそれは許されない。


 それがメルヴィスの耳に入るとよくない。機嫌を損ねたらお終いだ。

 メルヴィスと戦っても勝てるわけがない。


 ならば敵対する可能性がある行為は避けた方がいい。

 ネヒョルはファルネーゼの下で、従順かつ適当な日々を送った。




 そして今、自分に残された時間が少ないことをネヒョルは感じていた。

「もう直接魔王を襲うしかないか」


 大魔王の配下にも魔王はいる。

 ただ、それに手を出せばどうなるのか、分かりすぎるほどである。


 大魔王は決して許したりしない。

 国を挙げての戦争になる。


 ならば、魔王がトップの国を襲うしかない。

 昔いた九大魔王のうち、魔王バロドトは天界からの侵攻によって死んでしまった。

 いまは八大魔王となっている。


「東の魔王たちって、よく知らないんだよなあ」


 魔界の東を所領としている魔王トリニドート、ファネイラ、ミルヒー、ジャーラは、ネヒョルの調査も届いていない。


 強さも特殊技能も何もかも分かっていないのだ。


 西の魔王国はというと、魔王ギドマンとジャニウスは戦争中。

魔王トラルザードとリーガードもまた戦争中である。


 狙うは西の魔王だとネヒョルは考えた。

「この中だと……トラルザードが一番与しやすいかな」


 魔王のなかでは、トラルザードが最高齢である。

 外見も老婆のようだと報告はあった。


 ならば加齢によって、力も衰えているはず。

 総合的に考えても、狙うはトラルザードであろう。ネヒョルはそう判断した。


「よし、ワイルドハントだけじゃなくて、レグラスも連れて行こう」


 これは国を挙げての総力戦である。

 これに勝利すれば、ネヒョルはエルダーヴァンパイアに進化できる。


 そうすれば寿命も延び、力も大幅に上がる。


「決めた! 全軍出撃だ!」

 ネヒョルは決断した。



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