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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
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 以前この村でおこった赤いネズミ事件。

 伝染病を運ぶネズミが村内に蔓延しかけていたのだ。


 俺の話を聞いて、それにいち早く気付いたのがラミア族だった。

 赤いネズミは、ラミア族を放浪させるきっかけとなった憎い病原菌。


 ずっと研究を重ねていたことで、その知識はたしかなものだった。


 ネズミを駆除して、大きな被害を出さずに済んだ。

 もしラミア族がいなかったと思うと、ゾッとする。


 魔界の住人は総じて病気に強い。

 だからだろうか、病原菌も強力なものが多いような気がする。


 赤いネズミもそうだ。

 それ以外でも、行商人から原因不明の病で村ごと消えたなんて話を聞いたりする。


 大抵の者は、病に関する専門的な知識もない。

 病気の重度軽度の違いが分からないのだ。


 寝ていれば治るだろうと安易に考えて重症化させることもあり、感染力が強いものだと、すぐ村中に広がってしまう。


 それを防いだ功労者ということで、ラミア族は麓の村で受け入れられた。


 そんなラミア族と、俺は久しぶりに会う。

 俺は緩やかな坂を上り、高台にある湿地帯へ向かった。


「皆は……洞窟の中かな」


 湿地帯は水草が生い茂っており、遠くを見通すことができない。

 湿地帯の中に入ると、途中から沼のようになっていて、足下から沈んでしまう。


 そして湿地帯の中央付近は、完全に池だ。

 洞窟の水源と水中で繋がっている。


 俺は洞窟に入っていった。

 最奥へ進む前に、ラミア族の気配を見つけた。


「やあ、久しぶ……」

「キシャー」

 挨拶しようとしたら、滅茶苦茶警戒された。


 まだ若いラミア族だ。

 両手を前に突き出して、爪を見せてくる。


 なぜ俺は威嚇されている。とりあえず、誤解を解かねば。

「ちょっと待て! 俺はゴーランだ。覚えているだろっ?」


 洞窟内に俺の「だろっ、だろっ、だろっ……」という声がこだまする。

 目の前のラミア族は首を傾げ、しばらくしてからようやく警戒を解いてくれた。


 なんのことはない、俺が進化して外見が変わったので、分からなかったらしい。


 ラミア族からすると、いきなり洞窟に大量の魔素を保持した戦闘種族がやってきた。

 すわ攻撃に来たとばかりに、警戒態勢に入ったらしい。


 なんとひとりが威嚇して、残りが仲間を呼びに戻っていたのだ。


 あやうく戦いになるところだった。

 よく考えれば、ラミア族は俺と魔素が繋がってないのだ。


 他の国から逃げてきたラミア族は、いまだこの国に従属していない。

 いわゆる根無し草の集団。


 たとえば麓の村のオーガ族ならば、俺が進化してもその正体は分かる。


 ぱっと見て「何者?」と思ったとしても、よくみれば支配のオーブによって繋がっているのだから、俺が何者から類推できる。


 ラミア族の場合、この国の住人ではないので、俺だろうが誰だろうが判断できない。

 外見が変われば、それだけで判別はできなくなる。


「以前の赤いネズミの時は助かった。最近、村と交易を始めたんだって?」

「そう。武器、必要。防具も」


 俺の相手をしてくれているのは、ラミア族のダルミアだ。以前と変わっていない。

 前までは、他のラミア族も同じように接してくれていたが、俺が進化したことで関係がもとに戻ってしまった。


 ダルミアは当初から俺担当になっていたから、今回も押しつけられたのかもしれない。

 なんにせよ、俺のことは進化で一時的に分からなくなっただけなので、すぐ元に戻るだろう。


「その武器も交易で手に入れたものなのか?」

「そう……獣、よく狩れる」


 ダルミアが持っているのは長槍。

 ラミア族は総じて身体が大きいため小さく見えるが、これは洞窟の中で振り回せないくらい長い。


 爪や牙、締め付けでラミア族は戦うものと思っていたが、野生動物を狩るならば、武器の方が重宝する。


「いい槍だ」

 上位種族になると、鉄製の武器ではダメージを与えられない場合もある。

 これはあくまで狩り用の武器だろう。


 しかし、あの村はいい武器を作るな。知らなかったわ。

 そもそもオーガ族はほとんど武器を使わないので、気付かなかったのだ。


 武器を振るうにも技術がいる。そのためオーガ族は「殴った方が早い」と言う者も多い。

 だが、これだけいい武器が作れるなら、部下たちだけで長槍部隊を創設してもいいかもしれない。


 そんなことを考えていたら、ダルミアがこっちを凝視しているのが見えた。

「どうした? 何か気になることでもあったか」


「いつ? 進化」

「進化? ああ……戦場で戦っているうちに自然とな。オーガ族は進化しやすいんだ」

 その分、死にやすいけど。


「待って」

「ん?」


「奥……呼ばれている」

 そう言い残し、ダルミアは洞窟の奥に行ってしまった。

「呼ばれている? だれに?」


 別れ際、ダルミアは耳元に手を当てていた。

 俺には何の音も聞こえなかった。

 おそらくは高周波かなにかだろう。


 水中で活動するときは会話できないので、音波を飛ばして意志の確認をやっているのかもしれない。

 しばらく待っていると、ダルミアが戻ってきた。


「話し合い、終わった。種族、配下になる」

「ラミア族が、俺の配下になるってこと?」

「そう」


 ダルミアが呼ばれて戻ったのは、その話をするためだったらしい。

「なぜ急に?」

「種族のため」

「?」


 水中生活が長いせいか、いまいちダルミアと意思の疎通をするのが難しい。

 根気強く聞き出したところ、ラミア族はこの国に骨を埋めるつもりになったらしい。


 迫害され、他国から逃げてきた経験から、臣従する相手を慎重に選んでいたらしい。

 そういえば俺が初めて会ったときも、ここで静かに暮らしたいと言っていた。


 臣下にならずに、ただ住むだけ。その許可を求めていた。

 俺はそれでもいいと了承したが、ラミア族はその間、俺や近くの村が信頼できる相手なのか、見極めようとしていたようだ。


「それで決心がついたのか」

「そう」


 赤いネズミ事件を通して麓の村に受け入れられたことも大きいようだ。

 そして今日、進化した俺を見て、その庇護下に入る決心が固まったのだという。


 思い返せば、それまでラミア族と会っていたのは、オーガ族姿の俺。

 さすがにオーガ族の配下に一族揃って入ろうとは思えないか。


「分かった。俺は歓迎するぞ」

「よかった」


 こうして俺は、すべてのラミア族と支配のオーブによって繋げることになった。


「他の国にいる仲間も呼びたい」

「構わないぞ」


 一部のラミア族は国境を越えずに、山中に潜伏して暮らしているらしい。

 それらを呼び寄せたいのだそうな。


「それと、ダルクラミア族も」

「ダルクラミア族?」

 初めて聞く種族名だ。


「身体、大きくて、黒い」

「それはまた……」


 黒いラミア族らしい。

 胴体部分が長いのだそうだ。


 生活環境が変わると、独自な種族が生まれたりする。

 魔獣種は、生活環境ごとに種類が存在している。それと同じだろう。


「ダルクラミア族でも何でもいいぞ。ここに住みたいと言うなら、連れてくればいい」

「ありがとう」


 聞いたところによると、ダルクラミア族もよく各地で迫害されているとか。

 ダルクラミア族は『馬呑うまのみ』と言って、村で飼われている馬を丸呑みしたりするらしい。


 それはやっちゃいかんだろ。

 実際には丸呑みなんかできないらしいが、そのくらい大食いなのだそうな。


「来るのは構わない。問題を起こしたら、他の者同様、容赦しないけどな」

 あまりヤンチャをするようならば、馬鹿兄妹をけしかけてもいい。


 あれらなら、いい具合に矯正させてくれるだろう。




 ダルミアとの話を終え、俺は半日かけて、全ラミア族と支配のオーブによる契約を交わした。

 契約したラミア族は、全部で三百体以上いた。


 以前より増えてないか?

 もしかして他からきたとか?

 それとも、実際の数を少なく申告していたとか? よく分からない。


 その辺のことは追求しないが、これでラミア族による戦力も手に入った。

 どこかと戦争する予定はないが、何かあったときに、きっと助けになることだろう。


 ダルクラミア族が問題をおこさない限りは……。


「後から希望する者が現れたら、麓の村を通して、俺に連絡をくれ」

 そう言い残し、俺はラミア族の村を後にした。


 そうして俺は、村の巡回を終わらせ、家に帰ってきた。



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