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「……知らない天井だ」
これは様式美だと思うが……なんか俺、魔界に転生してから多くないか?
いつもいつも倒れていたら、身が持たない。いつか死ぬ。
「格上と戦わなければいいんだが、そういうわけにもいかないしな」
死なないように目立たず、騒がず、生きていきたいものだな。
俺が寝かされているのは、簡易ベッド。
木板の上というだけで、地面に寝かされているより少しだけマシといった感じだ。
「布団が恋しいな」
この身体なら、板張りの上に寝ていたってどこか悪くなることはないが、たまに柔らかい布団が恋しくなってくる。
ベッドから降り、部屋を出る。
救護室らしいが、見たことない場所だ。
ここはおそらく城の中。
メルヴィスと夢の中で会ったことから、俺が城に運ばれたのだと想像できる。
つまり、そのくらい長い間、寝ていたわけだ。
「黙って村に帰るわけにはいかないか。さて、俺の部下たちはどこへいるのやら」
「オレ」が頑張ってくれたおかげで、キョウカを斃せた……ような気がする。
最後の方の記憶が曖昧なので、確証ないが。
部下たちと合流して、今後の動きを決めようと思ったら、ファルネーゼ将軍の部下に捕まった。
有無も言わさず、将軍のもとまで連行された。
「えっと、将軍……何なんですか?」
「いまから陛下にお会いする」
「へっ?」
またしても腕を引っ張られた。
「ゴーランが寝ている場所へ陛下が向かったのだ。夢の中で交信したと言ってらしたが、それは本当か?」
「ええ、そうですね。やってきました」
「ならば詳細は分かっているな。すぐに謁見するぞ」
「へっ?」
よく分かってないけど? 俺。
聞いたところ、俺が起きたらすぐに連れてくるように言われているらしい。
「ゴーランを連れてまいりました」
将軍がメルヴィスの前で平伏するので、俺も倣った。
これ、何か言った方がいいかな?
「この場ではお初におめにかかります。ゴーランです」
「うむ」
夢の中で会っているが、世間的には初対面だ。
ちょっと変わった挨拶だが、しておいた。
「ゴーランよ。これが見えるか」
さっそくだな、おい。
「鎖ですが、それが何か?」
「やはり見えるか」
「はい」
何を言っているんだと思っていたら、ファルネーゼ将軍が驚いた顔でこっちを見ていた。
「見えないんですか?」
将軍に小声で尋ねると、小さく頷かれた。マジで見えないのか。
そういえば、夢の中でも普通は見えないとか言っていたっけ。
「おぬしにはこれはどう見える?」
メルヴィスが変な質問をしてきた。鎖のことだよな。
「大きな鎖が心臓の位置から伸びているように見えます。それが腕に絡みついて、端は千切れているように思えますが、どこかに繋がっているようにも見えます」
「なるほど。ちゃんと見えておるようだな」
メルヴィスは上機嫌に笑った。
かなり珍しいらしく、将軍が驚いている。
「これを触ってみろ」
「は、はい……」
将軍には見えない鎖。俺が触れるか知りたいようだ。
そばまで行くと、急にメルヴィスの雰囲気が変わった。
「やめい!」
「えっ?」
触れと言ったり、止めろといったり……どういうこと?
「駄目だって」
「駄目みたい」
「ちぇっ、つまんないの」
「つまんないね」
うわっ、コイツらがいたんだ。
名前はたしか、ジッケとマニー。
以前将軍を殺そうとして、俺に返り討ちにあったからか、なにか企んでやがったな。
二人ともメルヴィスの側近らしいが、こんなのどう考えても暗殺要員だ。
周囲の気配を探ったら、「なんとなくここにいる」のが分かった。
ただ、奇襲されたら防げるとは思えない。
メルヴィスが止めてくれなければ、大ダメージを負っていたことだろう。
しばらく周囲の気配を探ったが、ジッケとマニーに動く気配はない。
俺はゆっくりとメルヴィスに近寄った。
メルヴィスの鎖は、みたところ新品のようだ。
薄汚れていないし、錆びているわけでもない。
「では失礼して……」
鎖の端を手に持つ。
ズシリという感触とともに、鎖がじゃらっと鳴った。
「見ることができれば、持つこともできるのか。なるほど」
メルヴィスが納得している。
「この鎖は重いですね……それと手から魔素が吸い取られる感触がします。吸魔鉄の盾を攻撃したときのような感触に近い感じです」
吸魔鉄の盾を手に入れたとき、どのくらいの性能なのかいろいろ試したことがある。
それで一度失敗して、際限なく魔素を吸われかけた。
鎖を持った感触はそれに似ていた。
鎖を引っ張ってみるとメルヴィスに繋がったところまで伸び、それ以上は動かなかった。
「これがなぜあるのか、その原因も考えてみよ」
「原因も考えろ」と言った。
俺は夢の中で、命令をひとつ受けている。
人界の結界を破る方法を考えなければならないのだ。加えてこの鎖か。
「これはいつ、どのようにして、巻き付いたものでしょう?」
「大戦の折だな。詳細は知らぬ。いつのまにかあった。天界の者どもが意味の無いことをするとは思えん」
つまり鎖にはちゃんと意味があると……しかも天界絡みか。
謎を解くのは難しそうだけど。
鎖といえば拘束だ。
事実、メルヴィスは心臓のあたりから鎖が出ている。心臓を握られている?
端は千切れて見えないけど、反対側はどうなっているんだろう。
心臓に巻き付いている? それとも支配のオーブの方?
大戦時、天界の住人はヤマトを狙ってきていたはずだから、メルヴィスが邪魔だったと考えられる。
メルヴィスは強い。
簡単に排除できるとは思えないので、鎖はそのために布石とか?
「いますぐ分かるとは思えませんので、じっくりと考えてみたいと思います」
俺がそう言うと、メルヴィスは頷いた。
「それとお主の種族について聞く。素盞鳴尊とはどのようなものだ?」
いや、俺も知りたいんだけど。
「頭の中に名が浮かんできただけでして、特殊技能もまだよく分かっておりません。自分には過ぎた進化かと思っています。申し訳ございません、言えるのはそれだけです」
「特殊技能は、魂と対話してみるとよい」
魂と対話? オレと話し合えってことかな?
「分かりました。そうしてみます。何か分かりましたら、ご報告したいと思います」
「うむ。それでよい」
それ以上質問できる雰囲気でもないし、特殊技能についてはさほど困ってない。
調べるのはゆっくりでもいいだろう。
それにしても、メルヴィスはなにか言いたいことがありそうだった。
だが、この場では何も口にしなかった。
確証がもてない……そんな雰囲気が感じられた。俺の気のせいだろうか。
メルヴィスとの謁見が終わり、ようやく解放された。
ファルネーゼ将軍に俺が気絶したあとのことを聞いたら、なんとサイファとベッカが暴れ回ったらしい。
あと死神族とヴァンパイア族も大暴れだったそうだ。
あいつら、何やってんの?
ファルネーゼ将軍……というか、軍師フェリシアの思惑を大きくはずしたらしく、かなり混沌とした状況だったようだ。
「肝心のおまえが目を覚まさないし、どうしようかと思った。なぜキョウカと戦った?」
「それは……俺もなんで戦ったんでしょうね」
正直、キョウカと戦うつもりはなかった。
だから俺だって分からないのだ。
将軍は唖然とした顔で「おまえがそれを言うのか?」と驚いていたが、俺だって逃げたかったのだ。本当だ。
「それと、戦場跡からお前が使っていた武器を回収してある。部下に渡してあるから、受け取っておけ」
「あ、それは良かった。無くしたかと思ったので」
武器はキョウカと会うときに取り上げられたのだ。
あれがあれば、もう少しラクに戦えただろうか……同じだっただろうな。
「国境付近は部隊を入れ替える。もともとそのつもりだったからな。今頃はダルダロスが睨みを利かせているはずだ」
「なるほど、ダルダロス将軍なら安心ですね」
あれも古参将軍のひとりだ。
ファルネーゼ軍は連戦だったので、休暇が必要らしい。
部隊を再編成しなければならず、王城に戻ってきたとはいえ、忙しそうだ。
「キョウカが斃れたことで、北の脅威は払拭された。しばらくは周辺諸国も大人しいだろう」
メルヴィスが起きたという話はもう伝わっているはずで、この国にちょっかいをかける者はいないだろうとのこと。
「ならば俺も村でゆっくりできます」
釣りでもしながらのんびり暮らそうか。
それくらい許されるだろう。
俺は大きく伸びをした……ら、腹が大きく鳴った。
魔素を回復させろとせっついているらしい。
メシを喰ったら、部下の顔を見に行こう。
何事も平和が一番だよな。
俺は空を仰いだ。いい天気だ。
 




