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メルヴィスの話を聞いて、俺は結界を抜ける方法を考えた。というか、思いついた。
「死んだように見せかけて、結界を騙すことは可能かもしれません」
そう告げたとき、メルヴィスの目が厳しさを増した。早く言えということだろう。
あまり睨まれると、また金縛りにあってしまうかもしれない。
ほどほどにしてほしいものだ。
さて、問題はどう説明したらいいかだ。
頭の中で整理しつつ、俺はゆっくりと話した。
「ヤマト様が人界から出たいと考えます。そして死ねば、魂が冥界にいくのが分かったとします」
「だからと言って、簡単には死ねまい」
「はい。今でこそ人界で『死』はしっかりと定義されています。当時のゼウスがどこまでそれを理解していたかです。おそらくですが、死について解釈の幅を持たせているように思います」
死した魂が冥界に行けるのは、ゼウスがそのように結界を調整したからだ。
そうしないと、死んだ魂はずっと人界に留まったままになる。
あまり厳密に死を定義すると、さまよえる魂が出てしまうかもしれない。
結界を編み目とすれば、少々大きめの網を用意したのではないかと思った。
その根拠となったのが、臨死体験。
交通事故で大怪我をして、生死の境を彷徨ったとしよう。
そこから回復した者が、死後の世界を見たと言い張ることがある。
光のトンネルをくぐったり、雲の上を歩いたり、天国への扉が出現したりだ。
中には川の向こうで死んだ祖父が手を振っているなどというのもある。
死した魂が冥界に行くならば、死にかけの魂が冥界に行きかけたのではないかと考えたのだ。
そのくらい余裕を持たせた方が、「死んだけど魂が冥界に行かない」ケースを生み出すよりよっぽどいい。
「ふむ。死について、解釈の幅か……それだとどういうなるのだ」
「ヤマト様が仮死状態になったとします。本当に死んだわけではありません。魂が冥界に行けるレベルで死を偽装した感じです」
ここで俺は昔の人の「死」について話した。
昔の人にとって、死は曖昧だった。
心臓が動かない、呼吸をしない、瞳孔が開かない、脈がないなど、現代では当たり前の知識を有していないケースもあった。
中世ヨーロッパでは、黒死病で死んだ者を埋葬したら、棺桶の中で息を吹き返し、外へ出ようと暴れたケースがあるという。
仮死状態だったのだ。
当時の人々は、死んでいないのに埋葬されるのをとても恐れたらしい。
死人の手足の指に紐をひっかけ、その先を地上まで通し、小さな鐘に結びつける埋葬をしていたケースもある。
息を吹き返したら鐘が鳴るため、生き返ったのが分かるという仕組みだ。
このような安全装置付きの棺は、今でも複数の特許が残っている。
下層の市民はどうしたかというと、死体安置所に置いておく方法を選んだ。
腐敗が始まれば完全な死であると考えられたため、それまで埋葬しなかったのだ。
ゼウスが結界を張った時代は、どうだっただろうか。
かなり昔の話であるので、このように『死』についての定義が確立されてなかった頃だと考えられる。
そのため、仮死状態のまま魂が結界を抜けたこともありえるのではないだろうか。
「仮死状態……つまり、死んでいない魂の状態で冥界へ行けるというのか」
「可能ではないかと思います」
冥界に行った魂は、まだ浄化されていない。つまり記憶を有している。
ヤマトならば、そこから魔界へ行くこともできるのではないか。
俺が幼少時に会った相手は、こちらで一時的に受肉した人物ではないかという仮定をたててみた。
天界で、偽体の中に魂を入れられた俺たちからすれば、そういうこともありえるのでは? という気分になる。
たとえば、ヘラが用意したゼウスの身体なんてのはどうだろう。
「なるほど。おもしろい考えだ。……ならば命ず。いまと同じように、魔界から人界へと赴く方法を考えてみよ」
「はっ!?」
どういうこと?
「よいな」
ギロリと表現できそうなほど威圧されて、思わず俺は「はい」と答えてしまった。
考えるの? 俺が? なんで?
「なかなか有意義な話であったぞ」
俺の話に満足したのか、メルヴィスは上機嫌で去って行った。
なんだろう。織田信長を前にした足軽時代の木下藤吉郎みたいな雰囲気を味わった。
ちなみにここだが、俺たちの支配のオーブ内で合っているらしい。
メルヴィスは、冥界へ行ったのと同じやり方で、支配のオーブの中に入ってきたらしい。
やはりチートは違うな。
「……行っちまったな」
オレがようやく口を開いた。
「ああ、とんでもない主だな。俺たちはあんな化け物に仕えていたのか」
トラルザードが震えるわけだ。
多少強くなったところで、戦って勝てるビジョンが思い浮かばなかった。
小覇王ヤマトはあれ以上なら、化け物の王と言える存在だ。
「周辺の小魔王たち……よく喧嘩を売りに来るよな」
この国が今まで攻められなかったのは、幸運ではなかった。
長い眠りに入る前のメルヴィスがどんな存在だったのか。
いまようやく分かった。
あれを知っている連中が、「メルヴィスが寝てる? じゃあ、いっちょ攻め滅ぼしてやんぜ」と考えるはずがない。
可哀想なのは、それを知らない若い世代の小魔王たちだ。
「大魔王だったのは大昔の話だろ? そんなの関係ねーぜ」
と舐めてやってきたら、自らの命というとてつもなく高い授業料を支払うことになる。
もしこの場で戦いになったら、こちらは武器もなし。
勝てるはずもない。
一応、「オレ」という武器が近くにあるが、果たしてメルヴィスに効くか未知数だ。
「オレ」を握って乱打すれば少しはダメージを与えられただろうか。
「しかしヤバかったな。最後の手段で『俺』特攻を使うところだったぜ」
コイツ……同じこと考えてやがった。
「そうか、それは残念だったな。俺も『オレ』乱打を披露しようと思っていたところだったしな」
「そうか……冗談がうまいな」
「お互いにな」
「フハハハハ」
「ハハハハハ」
「……てめぇ、よくも人を武器にしようとしやがったな!」
「おまえだって同じじゃねーか!」
「殺すぞ、ゴルァ」
「やってみろや、ゴルァ」
*****閑話休題*****
「まああれだ……オレと俺で争うのは止めようぜ」
「そうだな。不毛だな、これは」
何があったか言うまい。
ちょっとしたスキンシップだ。
「こんなことしている場合じゃない。戻ってこないうちに、はやく出ようぜ」
オレが身体をブルッと震わせた。メルヴィスのプレッシャーを思い出したのだろう。
「そうだな。出口を探そう」
たしかに戻ってこられたら、堪らない。
俺とオレは出口を探して歩き回り、ようやくそれらしきものを見つけた。
「この穴に入ったら目を覚ますはずだ。じゃあな、俺」
「ああ、またこんな風に話す機会が持てればいいな、オレ」
俺とオレは固い握手を交わし、ともに穴へ飛び込んだ。




