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眼前に佇む老人は、メルヴィスと名乗った。
言わずと知れた小魔王メルヴィスのことであろう。
さもありなんと思う。
魔王トラルザードなど、メルヴィスの話をするだけで震える。
なるほど、その気持ちも分かる。
これはたしかに埒外の存在だ。
小魔王の器になんかで収まるわけがない。
これが普通の小魔王ならな、魔界中の小魔王が踊り出してしまうだろう。
「二つの魂は以前からか?」
「…………」
「…………」
静かな声だった。威圧しているわけでも、恫喝されたわけでもない。
それでも俺たちは、ただただ圧倒されて、質問に答えられないのだ。
「ふむ。あてられたか」
メルヴィスが視線を逸らすと、重圧が消えた。
ホッと息を吐き出して、俺とオレは互いに顔を見合わせる。
「こりゃ無理だ」とオレの顔に書いてある。俺も同じ気持ちだ。
「言っておくが、先のは魔眼ではないぞ」
心を読んだわけでもないだろうが、メルヴィスはそう言った。
ただ眼光鋭いだけだったらしい。
俺たちが勝手に萎縮して、動けなくなったようだ。なんてこった。
ちなみに、メルヴィスと俺たちは、上司と部下の関係だ。
ただ、ここでは支配のオーブによる繋がりか見えない。
俺の勝手な想像だが、あの繋がりは支配のオーブから伸びている。
で今の俺たちでは見られないのだと思う。
「それで、なぜ魂が二つある?」
さっきと同じ質問だ。
俺は正直に答えることにした。
生まれたときから衰弱していて、そのときまだ理由が分からなかったこと。
俺しか表に出ていなかったこと。
死にかけていたところをヤマトと名乗る人物に救われたことをまず話した。
メルヴィスは「ヤマト」という名に反応したが、先を促した。
話を続ける。
俺が死にかけていた原因は、支配のオーブの中に二つの魂が入っているためだった。
無理矢理詰め込まれたために器が壊れかけていたのだ。
そこで器を広げるための方法を教えてもらい、それを毎日繰り返していることを話したら、なぜかメルヴィスに笑われた。
「それでは器も広がるが、魔素の最大量も増えるではないか」
「その通りです。そのため、もうひとりのオレが表に出てくる時間が一向に延びないのです」
俺に比べて、オレの魔素は多い。
これも予想だが、俺は人間の魂なのでお客様。
オレの方が本来、オーガ族の身体に入っていた魂ではないかと告げた。
そのため、人間とオーガ族の差が出ているのではないかと。
もちろん俺の方が魔素は少ない。
「不思議であるな。なぜ自身が人間の魂だと思った?」
ここまでの話で、メルヴィスがものすごく理知的であることが分かった。
キレたら怖いという評判だけ先行しているが、本来もっと知性的な人物なのではなかろうか。
「はい。それは魂を融合させられたときの記憶の話をします。といっても、もう一人のオレが見聞きした話なのですが」
話はエンラ機関の実験に移る。
俺の魂が、混沌とした海からすくい上げられ、オレの魂に融合させられた。
ベースとなったのはオレの方なので、そのときの記憶はオレが有している。
そのことを告げたら、「あたりまえだ」と言われた。
「見るには目が必要、聞くには耳が必要。実験体に魂を入れた方が記憶していることに何の不思議もない」
だそうだ。
そういえば、魂の融合が成功したあとについては、俺も少しだけ記憶にある。
なるほど、見てもいないし、聞いてもいないものを記憶しろというのが無理な話だ。
俺ではなくオレだけが覚えていたのはそういうわけなのだろう。
ちょっとすっきりした。
話を続ける。
先日、ついに進化を迎えたが、そのとき今回と同じように俺とオレがここと同じ場所で出会った。
そのことを告げると、メルヴィスは頷いた。
「種族の進化は、それまで溜めた『成長する力』を使って、肉体を作り替える。だが、同時に魂を作り替える必要がある」
「肉体だけでなく、魂もですか?」
「新しい種族名は、進化した瞬間からその身の中に内包されていたはずだ。特殊技能もまた同じ。それらはすべて魂に刻み込まれる」
「なるほど……」
俺たちが素盞鳴尊に進化したことは、なぜか知っている。
それは魂に刻み込まれたかららしい。
肉体だけでなく魂すら作り替えてしまうからこそ、俺たちはああして同時に存在できたわけか。
やはりメルヴィスは頭がよい……だけでは済まない知識を持っている。
年の功か。
異常なほど魂やそれに類するものに詳しい。
俺がそんな風に思っていると、メルヴィスは「やはりおもしろいな」と続けた。
「天界と人界、そして魔界で死した魂は冥界へと落ちる。長い年月を経て魂が浄化され、真っさらなものになって生まれ変わる。オーガ族の魂がまさにそれであろう。だが、人間の魂の方は違う。冥界をたゆたっているところをすくい上げられ、融合させられた。これは面白い」
「何がおもしろいのでしょう?」
論理的な言葉に、思わず聞いてしまった。
冥界がどういうところか分からないが、真っさらな魂になって生まれ変わるのは理解できる。
つまり俺は、融合に使われたのだから、真っさらじゃない魂のはずだ。
その違いはなにか? 簡単だ。
前世を記憶しているかどうか。それに尽きる。
オレがエンラ機関のことを覚えていたのも、融合した後で逃げ出したからだ。
あのまま冥界で長い時間を過ごせば、実験体であったときの記憶すら消えていただろう。
なるほど、いろいろ腑に落ちた。
「浄化された魂以外、冥界を通過できないと思っていたが、どうやら違っていたらしい。それが分かっただけでも収穫であったな」
メルヴィスがホクホクしている。
どうやらメルヴィスには、冥界もしくは魂で、何か思うことがあるらしい。
「私が興味を持ったのは別のことであったが、これは収穫であった」
「興味を……持ったですか?」
この恐怖の大魔王に、俺たちが興味を持つものがあっただろうか。




