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「俺の価値はついさっき示したつもりだが、まだ必要か? 次はアンタでもいいぜ」
モウガが俺の意図に気付いていないことを考慮して、もう少しだけ直接的なことを言ってみた。
モウガは苦笑していた。
よかった、気付いてくれていたようだ。
「価値を示すのはもう十分だ。こちらも潤沢ではないのでな。あまり一騎打ちをやられると、少々困ったことになる」
俺が倒したバルザスと同程度か少し上の者と戦わせたとしよう。
無傷で下すのは難しい。となれば肉を切らせて骨を断つしかない。
最悪共倒れだ。
キョウカの側仕えとして、それは許容できないのだろう。
魔界では小さな軍をいくつも作ったところで意味は無い。
将軍クラスならば三、四人が普通。
多くても五人程度にしておかないと、個々が弱くなり、戦力をただ分散させるだけになってしまう。
バルザスと同程度の者が、本陣にどれだけ残っているのか考えてみた。
今頃、ファルネーゼ将軍の軍がキョウカ軍と戦っているはず。
急速に勢力を拡大させたキョウカ陣営であることを考えたら、いま本陣にいるのは、将軍と副官が一人ずつなんてこともありえる。
「ならいつまでもこんなところに俺を置いておくつもりだ?」
早くキョウカの許へ連れて行ってほしい。
「それなんだがな、いま来客中なんだ」
「……戦場に来客? 行商人かなにかか?」
それはまた珍しい。
「いや、戦力の補充をお願いするつもりのようでな」
なんとも歯切れが悪い。
モウガは賛成でないとか?
しかし、どんな戦力を補充するのだろうか。
ファルネーゼ将軍がメラルダ将軍と交わした約束みたいな感じだろうか。
「強者は連戦の途中で斃れたか」
「そんなところだ」
小魔王軍どうしが戦って、無傷で勝利することはありえない。
敵の将軍クラスを少しでも減らすため、戦場で互いに鎬を削る。
減らし、減らされ……戦いで連戦すれば疲弊していく。
思った通り、本陣の実情は相当厳しいらしい。
山向こうから動かずに攻めてこなかったのも、それが原因かもしれないな。
しかし来客中ときたか。
あまりグズグズすると、どこかに隠れて、ここを窺っている将軍たちが見つかる可能性があるんだよな。
すこし急かしてみよう。
「……で、俺はいつ仲間に入れてくれるのかな?」
一番の問題。俺がキョウカと対峙できるかどうかだ。
ここから無茶してキョウカを探しに勝手することも考えた。
あと二つくらいは防壁を越えねばならず、ちょっと無茶過ぎる。
モウガに連れて行ってもらわねば、キョウカの居場所を見付ける前に囲まれてしまうだろう。
「……その前にひとつ聞きたい」
「なんでも聞いてくれ」
そして早く連れて行ってくれ。
「我が国の軍に入って、何を望む?」
ストレートに聞いてきた。一番気になるところなのだろう。
「実力に見合った待遇……かな?」
「というと?」
「同格の連中から舐めた口を叩かれたらシメる。それと上官が俺より弱いと感じたら下克上をする……その辺は当たり前でいいよな」
「……まあな」
ちょっと不満そうだ。
「ファルネーゼ将軍はその辺を見誤った。俺が求めるのは、実力に見合った待遇だ」
実際、捨て駒扱いされなければ、そうそう上官に逆らったりしないのだが、それはおくびにも出さない。
「ほう……ではたとえばだが、俺の下につけと言われたらどうする?」
モウガとしては、俺を部下として扱いたいのだろう。だがそれではキョウカに会えない。
「あんたはさっき、側仕えと言っていたよな」
「ああ」
側仕えの扱いは、将軍と同じようなものだ。
小魔王キョウカが率いる軍を何人かで統括しているのだろう。
「下に付くかか……いっそどっちが上か、戦って決めるか」
俺は挑発するように笑ってみた。
モウガと戦いになった場合、かなり危険だ。
だが、ここで素直に「部下になります」とは言えない。
このモウガと同格以上であることを見せつけなければ、キョウカに会えるとは思えない。
つまり、ここの返答がキョウカと会えるかどうかの正念場なのだ。
「……分かった。陛下に会わそう。それでどういう待遇になるか分からんが、それで不満ならばまた考えればいい」
どうやら賭けに勝ったようだ。
そこからは早かった。
モウガは部下を呼び寄せ、キョウカと会えるよう、すぐに手配してくれた。
(それで魔素量は……ちっとも回復していやがらねえか)
かなり心許ないが、それは仕方ない。
どんなときでも十全の状態で戦えるとは限らないのだ。
モウガの部下が戻ってきた。
会ってくれるらしい。
「客人はどうした?」
「一緒におられるそうです」
「そうか……まあ、いいか」
客人というのには気になったが、作戦に変更はない。
俺がキョウカと会い、一騎打ちが始まる。
周りは手出しできないので、見ているしかない。
俺とキョウカが戦った場合、本陣は大惨事だろう。
それを窺っている将軍がやってくる。
俺は戦いつつ、その場を動く。
とうぜんキョウカは着いてくる。
戦いの場が大きく動けば、本陣の外に出られるかもしれない。
その間にファルネーゼ将軍を筆頭に、ヴァンパイア族の精鋭が空から急襲し、キョウカの取り巻きたちを一掃する。
そうなったら俺は足に魔素を乗せて、出来るだけ戦場から離れる。
逃げ切れるかは運だが、キョウカは部下を助けにいくか、俺との一騎打ちを優先するか迷うだろう。
作戦が成功すればキョウカは残るが、強力な配下たちは全滅。
あとは大勢で囲んで倒せばいい。
「さあ気合い入れていくぜ」
思わず声を出してしまった。
となりでモウガから「まさか陛下に下克上を仕掛けるんじゃないだろうな」と言われてしまった。
だいたい合ってる。
が、「いやいやいや、そんなつもりはない」と否定しておく。
「……ここだ」
小屋や天幕を想像していたら、外にいるらしい。
さすがに外から見えないように垂れ幕で目隠しがなされている。
モウガに続いて、中に入る。
「あっれ~? ゴーランじゃん」
そんな声が聞こえた。




