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ファルネーゼ将軍に怒られた。
滅茶苦茶怒られた。
模擬戦を終えて、半日かけて大回りして戻ってきた早々、呼び出しを喰らったのだ。
「ですが、事前に話を通しました」
そのとき、何があっても動かないようにと言ったはずだが。
「だからって、やり過ぎだ! 敵襲だと兵は騒ぐわ、出撃しようとするわ、迎撃のためにみな右往左往だ」
本気で怒っている。
俺と馬鹿兄妹が戦った余波で、あの山は凄いことになった。
轟音が響き、地揺れがおきた。
将軍には言っておいたのだが、他の兵は何も知らない。
敵の大軍がやってきたと勘違いして、戦時体制を整えたらしい。
俺からしたら「なんでまた」と思うところだが、キョウカ本人の襲来と思ったそうな。
「まあ、過ぎたことですし」
「お前が言うな!」
「……すみません」
おかしいな。事前連絡も完璧だったはずなのに。
作戦成功の確率を上げたし、褒められていいはずなのだが。うーん、理不尽。
ちなみに俺が怒られている間、ひっきりなしに伝令がやって来ている。
サイファとベッカが帰還し、状況が説明された。
話の裏付けを取るため、兵が選抜されて現場を見に行ったのだ。
一通り周辺を確認して問題がないことが確認された。
当たり前だ。俺と馬鹿兄妹しかあそこで戦ってないのだから。
そして出て行った兵が戻ってきた。
その報告をもって戦時体制は解除された。
俺が戻る少し前の話である。
収まらないのは、敵が来るのを待ち構えていた連中である。
いきり立ったまま肩すかしを食らって、陣から出ようと押し問答をしているらしい。
周囲の兵がそれを必死に押しとどめているらしく、みなさん大変だ。
「あっ、そうそう、将軍」
「なんだ?」
「陣の一番外の擁壁ですけど、あれじゃちょっと弱いですね。俺なら一撃で……ごめんなさい」
睨まれた。
「将軍、大変です」
「どうした? ついに陣を出て行った部隊がでたか?」
俺のせいじゃないよな。
「キョウカ軍が動き出しました!」
「なに!?」
俺のせいじゃないよな。
だがこれは朗報だ。
陣に籠もられたままだと、作戦が遂行されない。
「キョウカ軍本陣より、半数以上の軍が出発したとのことです。その中にキョウカの姿はありません」
ということは、キョウカは本陣の中か。
「しかしどうして今になって出てきたんでしょうね」
「おまえのせいだろ」
ファルネーゼ将軍に睨まれた。
前はもっとこう……理知的な人だと思ったのだが。
「部隊のみが出てきましたけど、どうするんです?」
「ここで迎撃だ。蹴散らして、キョウカを陣から引きずり出す」
戦いとしてはそれがいいのだろうけど、今回はフェリシアの立てた作戦が肝だ。
さっき俺がタネを蒔いておいたし、刈りに行ってもいいんじゃなかろうか。
「というわけで、俺が行きますから、キョウカの舎弟を殺っちゃいましょうよ」
俺がキョウカの前まで行ければいいのだ。
「さすがに本陣まで連れて行かないだろう」
山ひとつ越えてくるわけだしな。それもそうか。
だったらどうしたらいいか。考えてみよう。
「……ん? 俺が直接本陣に行ったらいいんじゃないですか?」
作戦とはちょっと違うが、俺が本陣に行って、仲間に入れて下さいっていうのはどうだろう。
キョウカの前に行ければいいのだから。
「それが難しいから、フェリシアが頭を悩ませて作戦を立てたんじゃないのか」
「ですが、本陣から出てこないんじゃ、このままじり貧ですよね」
キョウカ軍の方が数が多くて強い連中が揃っている。
軍どうしをぶつけて勝敗が決せられればそれでいいのだ。
正面から戦って勝てないからこそ、取り巻きを潰しにかかるわけだし。
追加の伝令がきた。
本陣を出て行った部隊はまっすぐこっちへ向かってきているそうな。
陣を出た部隊ですら、俺たちより多い。
しかも小さな部隊がその周囲に三つもあるらしい。
少数部隊は伏兵からの奇襲に備えているのと、本陣への守護を考えているのだろう。
戦うのは一番大きな部隊とみた。
「行けるのか? 本陣に入れてもらえず、戦闘になるのが落ちだと思うが」
「さっきのアレを見て動いたのならば、入れてくれる可能性はあると思います」
だめなら暴れてもいい。
本陣の外で暴れるのなら、逃げることは容易い。
キョウカが本陣を出て俺を追ってくることはないだろうし。
「分かった。どうせ危険はつきものだ。ただし、おまえがキョウカの足止めを始めなければ、私たちは飛び込めないからな」
「分かっています。本陣の中に入ることができたら、問題ないと思いますし、いっきにやっちゃいましょう」
キョウカ本人に会えなかったら、暴れてやる。
……あれ? さっきから俺、暴れることしか言ってないか?
いや大丈夫だ。そんなことはない。俺は理知的だ。
「だがゴーラン。考えてみたら、実現可能性が……」
「んじゃ、行ってきますので、フォローよろしく」
「おいっ……」
出るなら早く出ないと拙いのだ。
何しろ、キョウカ軍に見つからないように迂回しなきゃならない。
「どうせキョウカの本陣は山の向こう側だしな。山を迂回していくか」
かなり面倒な行程になるが、敵部隊に見つかる方がまずい。
敵本陣に着いたら、仲間に入れて下さいと頼み込もう。
「……大歓迎で迎え入れてくれると楽なんだけどな」
「……で、どうしてこうなった?」
本陣に近づいたら問答無用で攻撃された。
迎撃したらもっと増えた。
さらに蹴散らして歩いたら、ボスっぽいのが出てきた。
「お前らは下がってろ!」
ボスっぽいのが格好いいこと言っている。
周囲の兵も「バルザス様っ!」とか言って、勇者の登場みたいな雰囲気だ。
「キサマ、部下の仇、討たせてもらうぞ」
「なに、俺が悪者なの?」
目の前のバルザスという奴。
亜人種だと思うが、思い当たる種族がない。
獅子のたてがみがあるが、身体の大きさが巨人種かと思えるほどデカい。
獅子系亜人の進化種かもしれない。
それはいい。
魔素量だが、ファルネーゼ将軍より多いと思う。
もしかすると、小魔王かもしれない。
どうしてこうなった?
向こうは完全にやる気なので、「今さら話し合いましょう」と言っても通じない。
そしてあれだけの魔素だ。手を抜いたら、一瞬で死ねる。
先手必勝しかないか。
さっきから俺は、拳に魔素をずっと集めている。
素盞鳴尊に進化してから、肉体強化系の特殊技能をようやく覚えた。
ただし、いまだ誰に対しても使ったことがない。危険過ぎる。
特殊技能の名は『底なし』。
際限なく魔素を身体のどこかに集めることができる。
もちろん、俺が体内に保有している分だけだが。
というわけで、もうそろそろいいだろう。
拳に集めた魔素が出たがってしょうがない。
それを無理矢理押さえつけて敵に近寄り、一気に放出した。
――魔槍
そう名付けた。
俺の拳から弾け出た魔素は、敵の腹部に突き刺さり、後ろへと抜けていった。
バルザスの腹に大穴が空いた。
「ずいぶんと見通しが良くなったな」
そう言って笑ってやった。
なんか悪役っぽいなと自分でも思いながら。




