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○小魔王メルヴィスの国
「報告に来た者の名は?」
小魔王メルヴィスに問われて、ファルネーゼは冷や汗を流しながら答える。
「ゴーランと言います。魔王トラルザード様のもとへ送った部隊の長を任せていました」
魔王領へ送る部隊の隊長と言えば聞こえが良いが、捨て部隊である。
トラルザード麾下の将軍メラルダから打診があったのは、「部隊をこちらが一方的に派遣するのは拙い」という内容であった。
当たり前である。メラルダの部下とはいえ、魔王領の兵なのだ。
メラルダの一存で貸し出すのは難しい。
そこで採った策が、兵の交換。
これは近隣に新たな魔王が立つのはよろしくないと魔王トラルザードが考えていることが関係している。
魔王誕生を阻止するために他国へ攻め入りたい。
だがそれは新たな火種となる。また外聞も悪い。
部隊の交換ならばということで、決定したのだ。
ファルネーゼもまた、魔王誕生の生贄として、この国が飲み込まれるのは本意ではない。
ゆえに、メラルダの提案を呑んだのだが、ただでさえこちらは小国である。
貴重な戦力は出せない。
かといって、あからさまに「いらない」部隊を送るわけにもいかない。
ちょうどよいバランスだったのが、独立部隊として手元に置いておいたゴーランの存在であった。
だがそれはメラルダとファルネーゼの思惑である。
自国の部隊を貸し出し、他国の部隊を駐留させる行為をメルヴィスがどう思うかは、また別。
問われれば、嘘をついたり、誤魔化したりすることもできない。
正直に答えるしかないのである。
「ゴーランか……知らん名だが、どこの者だ?」
「私の配下で、元はオーガ族の若者でした。向こうで戦功を挙げたのでしょう。特殊進化しておりました」
メルヴィスが寝ていた間、ファルネーゼたち将軍が独断で動いていた。
今回の件でいえば、メルヴィスがこれをどう考え、どのような結論を出すのか、まったく予想が付かなかった。
何かの琴線に触れていた場合、激昂することもあり得た。
ファルネーゼは、メルヴィスの様子を窺う。
一方のメルヴィスは虚を突かれていた。
副官の言葉から、ファルネーゼに準ずる者が配下に加わったか、強力な種族が成長進化したのだと考えていた。
だが出てきた言葉が「部隊の長」という身分であり、「元はオーガ族」と甚だ頼りない種族名だった。
将軍でも軍団長でもない。ただの部隊長。しかももとはオーガ族である。
それでジッケやマニーを下せるとは到底思えない。
メルヴィスは逆に興味が湧いてきた。
「ひとつ確認したい」
「はっ、何なりと」
「その若者は本当に元はオーガ族であったのか?」
ファルネーゼよりも何倍も長く生きているメルヴィスである。
オーガ族についてはよく知っている。
戦場での盾以外に使い道があっただろうかと、記憶を思い起こす。
なかった。古来より、オーガ族は肉の壁以外に使い道がなかった。
「間違い在りません。オーガ族でした」
「……そうか」
そこでまたメルヴィスは長考する。
自分が寝ていた間に、魔界に何があったのかと。
国土が少なくなったり、住民が減ったりしても構わない。
欲しければ奪えばいいのである。
国土、国民が現状どれだけだろうが、関係ない。
だが、たとえ進化したとはいえ、元はオーガ族である。
それが自分の副官を追い払える力がつくのだろうか。
自分が寝ている間に何があったのだと。
「その者はどうしている?」
「……村に帰ると申しておりました。今頃は出発した後かと思います」
「そうか」
「…………」
ファルネーゼとしても気が気でない。
いつ怒り出すのか分からないことに加えて、ゴーランに興味を持っているようなのだ。
(もしゴーランがメルヴィス様と相対したら……)
ないとは思うが……戦闘するとか……ないとは思うが……喧嘩を売るとか……。
出来るだけ会わせたくないと考えるファルネーゼであった。が無情にも。
「会ってみるか」とメルヴィスが呟いた。
「!?」
ファルネーゼの驚きは半端なものではなかった。
ファルネーゼ自身、ゴーランもまた何を考えているのか分からないところがある。
奇妙な戦い方をする。
情熱的な面を見せるかと思えば、ひどくクレバーな面を併せ持つ。
底の知れない部下という印象である。
「その前に、北の跳ねっ返りを討伐するように」
北の跳ねっ返りとは、城に侵入して逃げていったキョウカのことだろう。
舐められたままというのもよくない。ファルネーゼもそれには賛成だ。
「分かりました。軍を整えてすぐにでも」
「ゴーランも連れてゆけ。帰りに儂のところへ顔を出せと伝えるのだ」
終わった……そうファルネーゼは思った。ただ口では別のことを言った。
「はっ、敵を撃破し、しかる後ゴーランを御前に連れて参ります」
「期待している」
ファルネーゼは深く頭を下げた。
内心では「どうしよう」と頭を抱えていたのだが。
○オーガ族の村 ゴーラン
「いやー、のびのびできるな」
村に帰ってきてからの俺は、羽を伸ばしまくっていた。
複数の村を取りまとめる仕事はあるものの、それは急務ではない。
これまで村の仕事は、副官がフォローしつつこなしてきたものである。
今は副官がいないのだ。
日がな一日、釣りをしたり、ぼーっとしたり、好きなことをして過ごしても罰は当たらない。
「こんな日がいつまでも続くといいな」
そのうち副官のリグが戻ってくる。
「仕事はリグに任せればいいよな」
駄目な大人、完全に自堕落な考えだが、どのみち副官がやった方がうまく回る。
途中で口を出すくらいなら、すべて任せればいい。
そんなことを考えながら今日も川で魚採りをして過ごした。
「こんな日が、毎日続けばいいな」
魔界は今日も平和だ。
「俺に喧嘩を売ってくるのもいないし」
進化してから、そういうのもピタッと止まってしまった。
ああ、平和はいい。俺は心底そう思った。




