234
○小魔王メルヴィスの国 ファルネーゼ
小魔王キョウカ。
報告が正しければ、小魔王ファーラを含む六ヶ国を落としている。
ファルネーゼは思案する。
キョウカ討伐と言っても、兵の力だけでは絶対に勝てない。取り巻きにも強力な者がいる。
(ファーラやレニノスのように、力を見せつけて屈服させたわけじゃないらしいが)
配下にする余裕がなかったから殺したのだろう。
下手に手心を加えて反撃されるよりずっといい。
「出撃についてフェリシアと相談するにしても……勝算がどれだけあるかだな」
長い眠りに就く前のメルヴィスは、外の世界にほとんど関心を示さなかった。
将軍が何度も足を運んで、ようやく重い腰を上げることが多かった。
(怒り出すときは一瞬なんだけどな)
それでどれだけ苦労したか。
苦笑しつつ、ファルネーゼはフェリシアの元を訪れた。
「中々にやっかいな問題ですね。現状を整理してもよろしいでしょうか」
「ああ、存分にしてくれ。私には手に余る」
副官フェリシア。
ファルネーゼの軍師的役割を担っている。
フェリシアは戦術ではなく、戦略として物事を考えられる。
そういった存在は貴重である。
「軍はまだ北の国境線に張り付いているのですね」
「そうだ。城が襲撃されて、メルヴィス様が目覚めたと聞いて、私だけが急行した」
「南にはダイダロス将軍とツーラート将軍がいると」
「四国連合は解散したため、ツーラートだけが残ることになりそうだ。ダイダロスは軍を連れて、城に戻ってくる」
「なるほど……状況はだいたい分かりました。現状では、キョウカを下すだけの戦力が圧倒的に足りません」
「それは分かっている。徴兵するつもりだし、トラルザード領から戻ってくる部隊もある。ただ、兵が少ないだけでなく、キョウカを討つ策がまったく思いつかない」
情報を吟味して、フェリシアは頭を抱えた。
先日、トラルザード国から借り受けた部隊が小魔王レニノスを撃破できたのも、フェリシアが献策した結果だった。
レニノスの兵や側近すべてをファルネーゼ軍が引き受け、運良くレニノスとの一対一へ持っていけたからに他ならない。
快く強力な部下を派遣してくれたメラルダ将軍には、感謝の念が絶えない。
あれはメラルダ将軍の側近で、支配の石版に名が記されている小魔王だろうとフェリシアは思っている。
では今回はどうか。
フェリシアの献策をファルネーゼが求めているのは分かる。
だが前回とは、作戦そのものが違う。
キョウカと一対一の状況を作っても負ける。確実に負ける。
こちらは複数……できれば十体くらいでキョウカを囲むなどしない限り、倒すことができない。
だが、どんなに策を弄しても、そんな都合のよい状況を作れる訳がない。
「厳しいですね」
いくつか自軍をキョウカのもとにたどり着かせる策が思い浮かぶが、どれも勝率は一割を切る。
「いい話もある。トラルザード領へ派遣したゴーランが特殊進化していた」
「特殊進化……ですか?」
オーガ族は進化しやすいゆえに、通常の進化の道筋を辿る。今回はそのイレギュラー。
ハイオーガ族ではなく、別の種族へと進化したらしい。
「なにもかもが桁違いに強化されていた。メルヴィス様の副官二人と戦っても引けを取らなかったぞ」
「……ちょっと待ってください。その話を詳しく……いえ、その前にどんな種族に進化したのですか? オーガ族からだとシュテン族ですか? それともシュラ族でしょうか」
「いや違う。起源種だった。鬼種素盞鳴尊と言っていた」
「素盞鳴尊ですか……たしかに聞いたことありませんね」
起源種の場合、強さの見当がまったくつかない。
それゆえ、戦績で判断することになるが、メルヴィスの副官相手に互角というのは信じがたい。
オーガ族が進化してもオーガ族の枠組みからは外れないのが普通だ。
鬼種は魔法が使えず、魔法耐性も低い。
進化することで耐性がつくことはあるが、強力な魔法をバンバン打つ鬼種というのは今まで聞いたことがない。
(とすると、増加した魔素は身体強化に使われているはず……)
フェリシアは、ジッケとマニーが小魔王ロウスと小魔王ルバンガを倒したことを知っている。
目に見えなければ、一方的に攻撃できる。
それは戦いにおいて、かなりのアドバンテージである。
加えて強力な攻撃手段を持っていれば、小魔王とて為す術がない。
逆にゴーランがどうやって互角の戦いを演じられたのか、そっちの方が気になる。
(透明ならば、防御力はさほどではないでしょうし……私がゴーランの立場だとすると、相打ち覚悟で挑みますね、さて彼はどう戦ったのやら)
フェリシアはしばし熟考する。
ファルネーゼの総戦力をどう使えばキョウカを倒せるか、何度もシミュレートする。
かなりの時間が経ったあと、フェリシアはおもむろに目を開く。
「作戦が決まりました。兵をすべて現地に集合させてください。ゴーランも参加でよろしいのですね」
「ああ、メルヴィス様から参加させるようにと言われている」
「それは良かったです。鬼種素盞鳴尊の力は未知数ですが、彼を使いましょう」
「兵の用意はアタラスシアに任せてあるから、現地へ集合させるのは問題ない。……それより、ゴーランを使うというのは?」
「小魔王キョウカの性格を利用します。これまでの快進撃には、二つの要素があります。そのうちのひとつ……うまくハマれば、一気に逆転できるかもしれません」
「わ、分かった。すぐにゴーランに使いを出そう」
「キョウカはもう少しで魔王になるでしょう。北にはまだ、小魔王国が二つあります。そこを占領しないうちに行動を起こした方がいいですね」
「そうだな。急ぐとしよう」
方針は決まった。
ファルネーゼたちは動き出した。
○オーガ族の村 ゴーラン
川の淵に葦が生えていた。
俺はそれを引き抜き、木槌で叩いて柔らかくしたあと、丁寧に編み込んだ。
作っているのは麦わら帽子だ。
「きっすみー」
昔の映画のオープニングシーンを口ずさみながら、麦わら帽子を完成させた。
「いい出来だ。次は、獣の皮を縫い合わせるか」
川で水浴びついでに泳ごうとしたら、沈んだ。
鋼のような筋肉になったせいか、浮かないのだ。
それでも一応、泳ぐことができるが、水底を歩いた方が早い。
というか、浮かばないってのは問題がある。
そこで獣の皮を縫い合わせ、浮き輪を作ることにしたのだ。
縫い合わせた隙間には、熱した樹脂を塗って空気が漏れないようにする。
「川魚や川エビを獲るものが欲しいな」
作るのはたも網だ。虫取り網よりも目は粗くていいから簡単だ。
蔓を縦横に互い違いに編んでいく。
竹ひごで補強し、柄の部分にも竹を使う。
「……よっし、完成だ」
朝から晩まで三日間かけて作ったのは、俺の休暇満喫セットだ。
「麦わら帽子に浮き輪、手には魚獲り用の網……完璧だ」
さあ、これで遊びまくるぞ。
「ゴーラン様でいらっしゃいますか」
「俺だ。どうした?」
城からの使者だ。なんだろう。
部下が戻ってきた報告かな。
「ゴーラン様に小魔王キョウカ討伐への参加が決まりました。部隊を作成し、北の町グルッカまでお越し下さいとのことです」
「えっ!?」
小魔王キョウカ討伐?
いまから? 部隊を率いて、俺が参戦するの?
いつの間にか網が手から離れ、浮き輪が足下にずり落ちていた。
ねえ、俺の休暇は?




