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「ぐっさぐさ、ぐっさぐさ……っと、歌ってしまった」
作詞作曲俺、『天界ぐっさぐさのテーマ』。
苦しみのたうちまわる天界の住人に対して深海竜の太刀で突き刺すこと数十回。
いや、百回は超えたか。
良い具合にぐちゃぐちゃになった。
少しは気が晴れた。
やはり魔界に転生したことで、魔界の住人にシンパシーを感じているのだろう。
天界の住人には、嫌悪感しか抱けない。
「……ふぅ」
額の汗を拭って、やりとげた顔をしていたら、魔王トラルザードがこちらをガン見してきた。
やはりあれか。生き物を大切になのか?
よく分からないので、親指を立てておいた。
「一寸の虫にも五分の魂があるというしな……でも、俺たちの魂を実験のエネルギーにするようなやつに同情心は必要無いと思うが」
ただ、そのへんの考えは人それぞれ。否定したり、されたりするものではない。
「で、天界の親分さんはあれかな」
トラルザードと対峙しているやつ。うん、強そうだ。
俺だと全力で戦っても勝てるのか怪しい。というわけで、ここはひとつ……。
俺は手の平を差し出し、トラルザードに「どうぞ」と譲った。
トラルザードは分かったのか、分からなかったのか、空高く飛翔していった。
「……見えなくなっちゃったよ」
マンガならば「キラリ」と星が光るところだ。
――ザザァアアアア
「うぉおおおおお!?」
突風が降ってきた。魔素を含んでやがる。颶風か?
「ああ、なるほど、変身か」
巨大な竜が降りてきた。
魔界であれだが、神々しい。
西洋の悪しき竜ではなく、東洋の神秘的な竜に近い。
あれがトラルザードの変身後の姿なわけだ。
それと高みに向かった理由も分かった。
「突風で町が壊れてやがる」
変身の余波で脆い建物は軒並み吹っ飛んだ。
城は原形を留めているが、城下は大惨事だ。
「あれだけ離れていても、こんな被害がでるのか」
そりゃ軽々しく変身できないわけだ。
トラルザードと天界の住人の戦いが始まった。
「……………………あっ、終わった」
一方的だった。
天界の住人がビームのようなものを発射したが、トラルザードはそれをものともせず突っ込んだ。
左肩を食いちぎって、両手で身体を押さえたあとは、バクバク噛み千切って、最後は胴体だけが残ったが、爪で縦裂きしてお終い。
圧倒的な強さで勝利を決めてしまった。
「……もう、トラルザードだけでいいんじゃないかな」
前半の怪我は何だったのかと思うほどに圧倒的な展開だった。見せつけてくれる。
天界の住人が弱すぎた? いや……トラルザードが強すぎたんだ。
ボスが殺られたからか、残った天界の住人はみなそそくさと帰っていった。
といっても、無事天界に帰り着けたのはほとんどいない。
四方八方から反撃を受けて、徐々に弱り、そして死んでいった。
「なんだったんだろうな」
呆気ない幕切れだ。
襲撃の二日後。
俺はというと、まだトラルザードの町にいる。
多くの兵が走り回る中を脱出する気になれなかったのもあるし、トラルザードの暴力的なまでのアレを見てしまったのも原因だと思う。
小魔王がいくら集まっても、トラルザードには叶うまい。
そう思わせる圧倒的な強さがあった。
魔王という存在がどれほど圧倒的か理解した途端、俺の内にある行動エネルギーが激減してしまったらしい。
なにをやっても、圧倒的な力の前には無力だ。
ちりめん問屋のご隠居が印籠を出すようなものだ。
いくら策を弄そうとも、トラルザードに変身されたらすべてお終い。ご破算である。
「あんなのが隣国にいるんじゃな……」
知ってしまうと、もう平静ではいられない。
「……で、俺?」
城に戻る気になれず、手近な宿に転がり込んだら、ここまでの道中で俺の副官をしてくれたストメルがやってきた。
魔王が呼んでいるとのこと。
というか、ストメル。まだ帰ってなかったのか。
「なんでまた?」
トラルザードが怒っているのかな? 心当たりは……少しだけあるけど。
「私には詳しいことは分かりません」
「そうか。そうだよな。……じゃ、ちょっと行ってくるか」
城は外壁が壊れ、いま修復中だ。
工事が得意な種族が急ピッチで作業している。
そこをひょいひょいと避けながら、城の中に入る。
ストメルから渡されたのは、トラルザードに会うための許可証。
それを渡すと、あれよあれよという間に魔王までのルートができあがる。
「よう来たの」
「まあ……呼ばれましたし」
人型だと、威圧感はない。
変身した姿を見ている俺としては、ありがたい限りだ。
「部下から報告があっての……一応お主にも伝えておこうと思ったのじゃ」
「なんでしょう……いい話だと助かるんですが」
「いい話ではないな。というのも我が倒した天界の住人じゃが、あとで部下が死体を見に行ったところ」
「まさか、生きていたとか?」
首と手足を失って、胴体が半分になっていたけど、あれで生きていたのか?
「いや、キッチリ死んでおった。問題はその死体じゃ。どうやら、何者かが死体から生命石を抜き取ったらしいのじゃ」
生命石というのは、天界の住人が体内に持っている「聖気を作る」とされている石のことだ。
俺たちでいう、支配のオーブと同じようなもの。
「生命石が? ですが、死体に触れられるんですか? 聖気を発しているでしょうに」
天界の住人の死体はそのままだと聖気を発し続ける。
弱い個体の場合、数日で塩の塊となって崩れ落ちる。
聖気を放出している間に触る愚か者はいない。
「だれも死体には近づかんかったから分からん」
「そうですよね。でも生命石が抜かれたのは確かなんですか?」
「間違いない。斬り裂かれた跡もあったそうじゃ。やったのはおそらくネヒョルの手の者。あやつが何かを企んでおるであろう」
「またやっかいな」
「東の小魔王国家群にちょっかいをかけていることといい、油断ならんな。というわけで、おぬしには話しておこうと思っての」
「そういうことでしたか。情報、ありがとうございます」
ネヒョルがらみだったのか。
ああ、早くネヒョルの野望を阻止して、ぶち殺したい。
「魔王様、大変です!」
部下だろう。息せき切って駆け込んで来た者がいる。
「どうしたのじゃ?」
「ただいま、東に派遣していた者が緊急事態だと」
東? 俺の国のある方じゃないか。
「何があった?」
トラルザードの顔が険しくなる。
ちょっと俺でもブルってしまいそうな覇気を出した。
「報告によりますと、小魔王メルヴィス様が目覚めたと……」
「なんじゃと!?」
そう叫ぶトラルザードの手が震えていた。
――プルプルプル
ちょっと可愛い。




