014
◎見晴らしの丘 本陣 ネヒョル軍団長
夕暮れとともに、戦闘の音が聞こえなくなった。
中央のロボス隊が矛を収めたのが見えた。
「今日もおつかれ。じゃ、いつものように会議の用意をお願いね」
部下に指示を出したとき、ちょっとだけ声が上ずっていた。楽しみで仕方がない。
なにしろ今日の会議は、いつもと違う。
昨日、ゴーランが面白いことをしてくれた。
(さてさて、戦果はどうなったかな)
会議の時に聞けばいいのだけど、気持ちがはやってしまって大変だ。
ゴーランはオーガ族らしく好戦的。だけど、頭は悪くない。
それどころか戦略地図を見て、そして説明を聞いただけで概要を理解してしまった。
力で部隊長を倒したのは普通のことだけど、あの知恵は本当に珍しい。
会議の場がもうセッティングされたみたいだ。
部下たちは手慣れたものだし、ミスもない。
昨日はまさかオーガ族が参加してくるとは思わなかったからミスしたけど、それを咎めることはしなかった。
あれは本当にイレギュラーなことだったし。面白いものが見られた。
「ゴーラン、楽しみだなぁ」
いまこの国に攻めてきているのは、小魔王レニノスの国。
あそこは二つの小魔王国を併呑して、戦力はかなり強化されている。
ロボスでさえ苦戦している現状、なりたての部隊長が一日でどうにかできるようなものではない。
だからこそ楽しみだったりする。
「……まっ、ゴーランが来るのは半々ってとこかな」
ロボスはすでに二度、敵の部隊長と交戦して、早々に撤退している。
勝つのは無理。持ちこたえるのも……無理だったわけだ。
この見晴らしの丘は、時間稼ぎをしていればいいとファルネーゼ将軍から言われている。
ここは戦略的に重要な場所ではないし、敵も本腰を入れて攻めて来ているわけでもない。
ボクが出なくても、時間稼ぎだけならばできると思っている。
ただし、打って出るならば話は別。
敵陣には必ず中核となる存在がいる。いわゆるボスだ。
今回の敵の規模ならば、部隊長が配置されているはずだ。
「ただし、小魔王国を二つ飲み込んだ国の部隊長なんだけどね」
いま戦っている国には、小魔王が三人いると考えればいい。
単純に戦力はこちらの三倍。
もともとボクらの国は、住民の数も少ないから、その差はもっとあると思う。
この国の軍団長レベルの敵が普通に部隊長をしていてもまったくおかしくなかったりする。
「それを一日で落とすって……ぷぷっ、おかしいよね」
まったくゴーランは笑わせてくれる。
「全員揃いました」
部下が呼びに来た。
「オーガ族は来ている?」
「いえ、来ておりません」
なあんだ、死んだのか。
大口を叩いたから少しだけ期待したのだけど。
「じゃ、新しい部隊長を決めないとね。どうしようかなぁ」
部隊長が戦死した場合、任命権はボクにある。面倒だけど、候補者を呼び寄せるかな。
「いえそれが……」
「どうしたの?」
「寝ていると……」
「はい?」
ボクの耳がおかしくなっちゃったかな?
「報告によりますと、ゴーラン部隊長は敵陣を陥落させ、敵部隊長を撃破。そのまま屍の真上で寝入ったそうです」
「はっ? ははっ? ……はっははははは。寝ちゃったんだ」
なにそれ、面白い。
敵陣で寝たの? 敵部隊長の死体の真上で? というかやっちゃったんだ、一日で落としたんだ。
「敵の部隊長の情報は?」
「大牙族だったそうです」
大牙族……魔獣の中ではかなり上位の存在。
ロボスが向かっていったら、足先で転がされて終わりだろう。
同じ魔獣種でも、そのくらい種族差があったはず。
それを撃破したのか。あの魔素量で?
やっぱりグーデンを退けたのは理由があったわけだ。
おもしろいな。これは目が離せない。
「じゃ、ゆっくり休んでと伝えてあげて。なんたって、今日の功労者なんだから」
「はっ!」
去ってゆく部下を見ながら、ボクは笑いが止まらなかった。
面白いなぁ、ゴーラン。
◎見晴らしの丘 ゴーラン
「……ヒマだ」
敵の部隊長を倒してそのまま寝入ってしまった。
気がついたら朝だった。
会議がどうなったかと焦ったが、コボルド族のリグが欠席連絡を入れてくれたらしい。
やはりできる副官は違う。
ネヒョル軍団長からは、ゆっくり休んでいいと言質をもらってきた。
なので今日は、部隊も休憩。みんなヒマしている。
敵がやってくれば戦わねばならないが、周辺一帯に敵の影はなし。
今日は中央も大人しいらしく、にらみ合いが続いているだけだそうな。
「ヒマだし、周辺の見回りでもしてくるかね」
戦場に来たがいいが、敵のことなんかこれっぽっちも知らなかった。
さっきリグに聞いたところ、攻めてきているのは小魔王レニノスの配下らしい。
最近二つの小魔王国を飲み込んで、いまや飛ぶ鳥落とす勢いだという。
どうりで配下も強いわけだ。
もう戦いたくないと思うほど強かった。
(……実際戦ったのは、俺ではなくて、おれだけどな)
敵は戦力を再編中だ。
今度はこちらから攻めればいいと思うが、そう簡単にはいかないらしい。
リグが言うには、ここから一番近い戦場は、賢狼族ロボスのいる中央軍だが、それでも数キロメートルは離れているという。
そこの決着次第では、ネヒョル軍団長が出てくるか、敵が撤退するかが決まるらしい。
「軍団長は敵の本陣を攻略する意志はないってことだよな」
守って時間を稼いで、敵が撤退するまで持ちこたえようってわけだ。
あちこちの国で戦いが始まっているわけだし、ここで手間取ると、逆に他国から攻め込まれる可能性が高まる。
そうされないためにもレニノス側の決断は早いだろうと。
「……ったく、アチコチで世紀末しているわけだ……ん?」
歩いていたら、町を見つけた。
はて、こんなところに町?