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戦火の魔眼  作者: 宗
9/21

守るための条件

森の奥に、黒い揺らぎがあった。


 木々の隙間。

 風に紛れ、息を潜めるように。


 黒狼の斥候。


 まだ数は少ない。

 だが、いる。


 レインの目にははっきり見えていた。


 濁った黒。

 淀んだ殺意。

 昨夜の兵たちと同じ色だ。


「……早いな」


 ガレスが低く呟く。


 その横で、セレスは森の方角を見たまま目を細めていた。


「確認されたのは?」


「三。後方にもう二つ、薄い反応」


 眼鏡の青年が淡々と答える。


「斥候としては妥当な数です。おそらく本隊の確認前段階かと」


 村の空気が張り詰める。


 父がレインを抱く母の前へ立つ。


「……もう来てるのか」


「ええ」


 セレスは即答した。


「昨夜の時点で、“ここに何かある”と向こうは確信してる」


 ガレスが舌打ちする。


「想定より早い」


「だから言ったでしょう」


 セレスの声は冷静だった。


「時間がない」


 父の拳が強く握られる。


 母の腕もまた、レインを抱く力を強めた。


 レインは二人の色を見る。


 父は赤と灰。

 母は金と薄い青。


 恐れている。

 だが、それでも逃がすつもりはない色だった。


「王都へ行く」


 父が、低く言った。


 母が息を呑む。


 ガレスとセレスが父を見る。


「……ただし条件がある」


 父の声は震えていなかった。


「レインだけを連れていくなら断る」


 母が目を見開く。


 父は真っ直ぐ、ガレスとセレスを見る。


「行くなら家族でだ。俺も、妻も、一緒に行く」


 沈黙が落ちる。


 村人たちも息を呑んで見守っていた。


 父は続ける。


「息子だけ差し出す気はねえ」


 その声に、迷いはなかった。


「力が必要だってんなら勝手に使え。だがあいつはまだガキだ。親から引き剥がすなら、どこにもやらん」


 母が、ぎゅっとレインを抱きしめる。


 レインは父を見る。


 父の背中は広かった。

 傷だらけで、不器用で、強くはない。


 それでも今、誰より強く見えた。


 セレスはしばらく黙っていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「……当然ね」


 父が眉を寄せる。


「何?」


「三歳児を親から切り離して王都に運べば、護送じゃなく拉致よ」


 セレスはあっさり言った。


「そんな真似、私もしたくないわ」


 父が言葉を失う。


 母もまた、少しだけ目を見開く。


「王都へ来るなら家族ごと保護する」


 セレスは静かに言った。


「住まいも用意する。少なくとも辺境の村よりは安全よ」


 ガレスも頷く。


「俺からもそう上げるつもりだった」


「……最初から言え」


「お前が先に噛みつくだろうが」


 父が顔をしかめる。


 母は小さく息を吐いた。


 張り詰めていたものが、少しだけ解ける。


「ただし」


 セレスの声が少しだけ硬くなる。


「王都へ入れば、レインの力は必ず見られる」


 父の顔が引き締まる。


「隠し通すのは難しい。いずれ知られる」


「……だろうな」


「でも、少なくとも選ばせることはできる」


 その言葉に、レインの目がわずかに動く。


 セレスはレインを見る。


「王都には騎士隊も、魔導隊も、学舎もある」


 ガレスが腕を組む。


「軍だけじゃない」


「力をどう使うかは、そこで決めればいい」


 その言葉は、思ったよりずっと優しかった。


 道具ではなく、子どもとして扱う言い方だった。


 母の表情が少しだけ緩む。


「……本当に?」


 セレスは母を見る。


「王都は戦の中心よ。でも、だからこそ守る場所もある」


 嘘ではなかった。


 レインには分かる。


 この女は打算で動く。

 だが、切り捨てるための嘘は吐かない。


「行くかどうかは、今日決めて」


 セレスは森へ目を向ける。


「黒狼は待ってくれない」


 その瞬間だった。


 森の奥の黒が、ひとつ動いた。


 レインの目が細くなる。


 黒い揺らぎが、こちらへ一歩近づく。


「……来る」


 小さく漏れたレインの声に、その場の全員が止まった。


 次の瞬間。


 森の奥から、一本の矢が飛んだ。

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