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戦火の魔眼  作者: 宗
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放課後

 授業が終わると、Sクラスの空気がわずかにざわついた。


「放課後呼び出しねえ」


 ミレナが机に頬杖をついて、面白そうにレインを見る。


「なにやったの、あんた」


「別に」


「その“別に”で済む感じじゃないのよね」


 フィオナは静かにノートを閉じながら、レインを一瞥した。


「……気をつけて」


「何に?」


「先生に、よ」


 それだけ言って席を立つ。


 レインは少しだけ首を傾げた。


 ミレナは最後まで面白そうに笑っていた。


「明日生きてたらまたね、首席」


 軽口を残して、教室は空になる。


 残ったのはレインとロイドだけだった。


 窓の外は、もう夕方に差しかかっていた。


 橙色の光が、半円状の教室を斜めに照らしている。


 ロイドは教壇に腰掛け、気怠そうに書類をめくっていた。


「座れ」


 言われるまま、レインは前列の席に座る。


 少しの沈黙。


 ロイドは書類を閉じた。


「お前、何した?」


 随分と直球だった。


 レインは瞬き一つせず、ロイドを見る。


「模擬戦の話ですか」


「それ以外にあるか?」


 ロイドは頬杖をつきながら、面倒そうに続ける。


「ガイアスの術式が崩れた瞬間、お前は何をした」


 レインは少しだけ考えるふりをした。


「手首を打って、流れを乱しました」


「どうやって?」


「感覚で」


 ロイドがじっと見る。


 眠たげな目。

 だが、観察は鋭い。


「……それで崩れるほど、あいつは下手じゃない」


「崩れましたよ」


「そうだな」


 ロイドは頭を掻いた。


「だから聞いてる」


 本当に分かっていない顔だった。


 見えていない。

 断定もしていない。

 ただ、“何か変だ”と感じているだけ。


 レインはそこで少しだけ息を抜く。


 この男は鋭い。

 だが、見えてはいない。


「たまたま、上手く入っただけです」


 ロイドはしばらく黙る。


 それから、小さく息を吐いた。


「……まあいい」


 諦めた、というより保留だった。


「隠し事の一つや二つ、Sには珍しくない」


 教壇から降り、レインの前に立つ。


「詮索する気はない。今はな」


 レインは黙って聞く。


「だが、お前は自分で思ってるより目立つ」


 ロイドの声は低い。


「目立たないつもりでも、見る奴は見る」


 それは警告だった。


「ガイアス程度なら誤魔化せる。

 同級ならまだいい。

 だが上もいる。教師も、貴族も、王家もだ」


 レインの目がわずかに細くなる。


「気をつけろ。隠すなら徹底しろ」


 ロイドはそこで欠伸を噛み殺した。


「半端が一番面倒だ」


 それだけ言うと、ひらひらと手を振る。


「帰れ。明日もある」


 レインは立ち上がる。


「……先生」


「なんだ」


「どうして言うんですか」


 ロイドは少しだけ目を細めた。


「勘だ」


 それだけだった。


「お前、面倒ごとを呼ぶ顔してる」


 レインは少しだけ黙り、やがて一礼した。


「失礼します」


 夕暮れの校舎を出る。


 王都の石畳は、昼とは違う色をしていた。


 学術院前の通りを歩く。

 店じまいの声。

 夕食の匂い。

 行き交う人々。


 その中を、レインは一人で歩く。


 家へ戻ると、扉を開けた瞬間に母の声が飛んだ。


「おかえり、レイン」


「ただいま」


 鍋の音。

 香草の匂い。

 小さな食卓。


 王都で手に入れた、今の家。


「遅かったな」


 父が椅子に座ったまま言う。


「先生に呼ばれてた」


「初日でか?」


「初日でね」


 母が苦笑する。


「何やったの」


「何も」


「その顔は何かあった顔だぞ」


 父に言われ、レインは少しだけ肩を竦めた。


「少し目立っただけ」


「十分何かやってるじゃねえか」


 父が呆れ、母が笑う。


 その何気ないやり取りが、レインには心地よかった。


 村を焼かれかけた日から、ずっと欲しかったもの。


 帰る場所。

 笑う声。

 守るべきもの。


 食卓を囲み、短い会話を交わし、夜が更ける。


「勉強してくる」


 夕食の後、レインはそう言って席を立つ。


「ほどほどにしなさいよ」


「夜更かしすんなよ」


「わかってる」


 部屋へ戻り、扉を閉める。


 机に向かう――ふりをして、窓を開けた。


 夜風が入る。


 王都の夜は静かだ。


 レインは小さく息を吐き、掌を開く。


 白い魔力が、淡く灯る。


 無属性。


 何もできないと笑われる属性。


 だから都合がいい。


 誰も、その先を知らない。


 指先に魔力を集める。

 薄く、細く、揺らさず。


 糸のように伸ばす。

 編む。

 重ねる。

 崩す。


 火にも、水にも、風にも、土にも寄らない。


 ただ“干渉する”ためだけの術式。


 魔力の流れに触れ、乱し、ほどく。


 ガイアスに使ったのも、その一端だ。


 名もない術。

 まだ未完成。

 だが、確かに形になりつつある。


 レインの目が、夜の中で淡く光る。


 魔眼。


 魔力の流れを視る目。

 構造を読む目。

 術式の継ぎ目を暴く目。


 生まれた時から持っていた、この異質な力。


 誰にも言っていない。

 父にも、母にも。


 知られれば、奪われる。

 知られれば、利用される。


 だから隠す。

 だから磨く。


 守るために。


 幼い頃、村が焼かれかけた夜。

 母の震える手。

 父の背中。

 迫る炎。

 兵の怒号。


 あの日、知った。


 力がなければ守れない。

 優しさだけでは守れない。


 だから積み上げた。


 眠る前に少しずつ。

 誰にも見つからないように。

 毎日、毎日。


 見て、覚え、試して、崩して、作る。


 家族を守るための力を。


 誰にも奪わせないための力を。


 白い魔力が、静かに夜へ溶けていく。


 レインは一人、黙々と術式を編み続けた。

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