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眠らぬ民の国  作者: 深(深木)
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※2023.3.18に加筆修正しています。


 伸び切った雑草がサワサワとズボンを撫でるのを感じながら、辛うじて歩く幅が確保された道を進む。そんな俺達の先頭を歩くのは、隠し扉から出てきたノクスと名乗る男とルシアン様であり、そのすぐ後ろでは腰に差した剣の柄に手を掛けたポールさんが二人の一挙一動に目を光らせていた。


「……なるほど。それでアネセルはここ数年、“眠らぬ国”などと呼ばれているんですね」

「ああ。だから我々は、この苦境から民を解放すべくレヴァナントを無力化する方法を求めて、ネクロマンサーが暮らすというこの町へやって来たんだ」

「それでしたら、この町並みには大変驚かれたことでしょう」


 拳を握り締めながら告げたルシアン様に、ノクスは痛ましそうに眉を下げる。

ノクス、と名乗った男はルシアン様と同じ十七歳であり、ここで亡き祖父の友人の書庫を借りて魔法の研究していたこと、それからネクロマンサーの町は見ての通り廃墟と化しており、生き残りがいるかは不明、彼らの家財は持ち出されていないようでそのままになっていると俺達へ告げた。

 この町並みを目にした時点で覚悟していたことではあったが、ネクロマンサーの存在を認知していた人物からもたらされた滅亡宣告は重く、俺達の心に暗い影を落とした。

 しかし、祖父を介してであったとしても、この町を知る人間に出会たことは僥倖に他ならず。簡単な自己紹介を済ませた俺達は、一先ず場所を変えて話し合うことになった。

 ルシアン様と話す姿を見る限りノクスは俺達に対して好意的だが、万が一、話が決裂して戦闘になりレヴァナント攻略のヒントがあるかもしれない蔵書が破壊されてしまっては大変だからな。    


 そんなこんなで、現在。

 俺達は、歩いて数分のところにある書庫の主が暮らしていた屋敷を訪れていた。


「――ここです。好き勝手に使っているので散らかっていますが、どうぞお入りください。飲み物くらいはお出ししますよ」

「急に押しかけて悪いな。お邪魔する」


 ルシアン様達に続き、俺も「お邪魔します」と呟きながら玄関を潜る。

 ノクスに案内されて入った屋敷の内部は、彼が拠点にしているだけあってそれなりに綺麗に整備されおり、これまで見てきた廃墟と違って壁や窓は綺麗に補修されているようだった。穴の開いた天井から空が覗いている、なんてこともない。

 廊下の途中で見かけた台所には使いかけの食材やたっぷりと水が入っている水瓶や割れてない食器などが並べられていて、通されたリビングらしき部屋の中には、燃えかけの薪が残る暖炉や脱ぎ散らかした服といった、人間が暮らしている痕跡が随所から感じられる空間が広がっていた。


 ――案外、普通だな。


 実際にネクロマンサーが暮らしていた屋敷だと言うから、スケルトンの材料である人骨とか怪しげな儀式の道具とか、なにか恐ろしいものが待ち構えているのではと身構えていたのだが内装はいたって普通。むしろ成金が金に物を言わせて作ったというよりも、歴史ある名家といった感じで全体的に品よくまとめられており好感が持てる。元からあった物を魔法で直して使っているという家具や生活雑貨も、見覚えがある一般的に普及していた品ばかりでちょっと拍子抜けというか、不思議な気分だった。


 ネクロマンサーも、俺達と同じ人間だったんだな……。


 美味しいと王都で評判だった古酒やちょっとお高い名店のお菓子の空き箱に、一時期大流行した動物を模した置時計など、神々による大災害が起こる前は自宅や友人宅で頻繁に見かけていた品々に様々な感情が沸き上がる。

 郷愁と大切な人を亡くした悲しみと抗うことが出来なかった後悔と理不尽な運命への怒り、それから幸せな時を過ごしたこの屋敷を手放さなければならなかったネクロマンサーへの同情。

 透明な水に落ちた一滴の色水が花開き淡く色を残すように、残酷な日々の中で息絶えて色をなくしたはずの心にポタリ、ポタリと落ちた様々な感情が緩やかに広がって、少しずつ、しかし確かに俺の心を染め上げていく。


「なかなかいい部屋でしょう?」

「ああ。この屋敷の主人は趣味がいい」


 息苦しさに思わず「ハッ」と空気を吐き出すも、部屋を自慢するノクトや相槌を打つルシアン様とタイミングが被ったお蔭で、変化する心に喘ぐ俺の声は誰の耳にも届くことなく。


「掃除はしてあるので、適当に座ってください」

「ああ。ありがとう」


 ノクトの申し出に従い、ルシアン様とポールさんとナウマン卿とアドルフが部屋の奥にある円卓へと向かい、騎士達が机の周りや窓際に置かれたソファーなど警備し易い場所を思い思いに陣取っていく姿を見詰めながら俺は息を吐き出した。

 走馬灯のようにこの世界で得た家族の顔や五年前に目にした壊れた町、一人また一人と減っていく奴隷仲間に、淀んだ目で居並ぶ見知った顔のレヴァナント、命を捨てる気で「先に行け」と叫んだポールさんに、ナウマン卿達に叱られてバツが悪そうな表情を浮かべたルシアン様と廃墟を見据えた彼の横顔が脳裏を過ぎって。

 トクトクと脈打つ心臓が、熱を増していく。


「レイもこっちに来い」

「……ええ。今行きます」


 なんとか気持ちを落ち着けて、ルシアン様の誘いに頷き歩き出す。

 俺は今、ちゃんと取り繕えているのだろうか。そんな不安を抱くも、隙間を空けて招き入れてくれたポールさんやアドルフの表情は変わらず、俺の態度に違和感を覚えている様子もない。一先ずは、それらしく振舞えているようだ。


 ――良かった。


 動揺を悟られていないことにそう安堵する一方で、異変に気が付いてくれたら、この複雑な胸を胸の内を誰かに打ち明けることが出来たのなら楽になれるのではないかという邪な考えが浮かんできて、小さく舌打ちを零す。この森を出たら彼らを見捨てて逃げる気でいるくせに、自分は助けてもらおうだなんて我ながら虫が良すぎんだろ、俺。

 熱を孕み騒ぎだした心臓を押さえつけるように胸元へ手をやり、握りしめる。

 

 ――これ以上思い出してはいけない。


 どんな夢を見たとしても無駄だ。いくら足掻いたところで取り戻せやしないし、どうしようもない気持ちになるだけだからやめておけと己に言い聞かす。

 屋敷への移動中に聞いた話だと、ノクトの一家はこの町で暮らしていたネクロマンサーと繋がりがあったようだし、本人もここで魔法の研究をしていたと言うくらいなのだから、見た目に反して強力な魔法を使える可能性が高い。俺が消えたところで問題はないだろう。あとのことは彼に任せて、これ以上馬鹿なことを考えが浮かぶ前にルシアン様達から離れればいい。


 ――そうすれば、すべて元通りだ。


 目の当たりにしたルシアン様の幼さに動揺することも、彼らの熱い想いに釣られて心揺らすことも、逃げる後ろめたさに苦しむこともなくなる。

 大丈夫。

 俺はまだ、戻れる。

 心のどこかで「急がないと」と囁く声の正体から目を逸らし、俺はノクトへと意識を傾ける。どうやら彼は長い間一人で過ごしていた所為で危機感を何処かにやってしまったか、はたまた大層な変わり者であるようで、つい先ほどポールさんや騎士達に剣を突き付けられたばかりだというのに、楽しそうに俺達を持て成す準備をしていた。


 ……それでいいのか、お前。


 もっと警戒しろよと呆れた視線を送るも、俺の想いはノクトへ届くことなく。久しぶりの客人が嬉しいのか、彼はいそいそと魔法で何処かからコップと一升瓶を取り寄せていた。


「あ、これ僕の地元で人気の果実水です。皆さんに振る舞うにはコップの数が足りませんが、お好きにどうぞ」


 笑顔で勧めてくるノクトの姿に、ルシアン様達の顔にも苦笑いが浮かぶ。当然である。押しかけた一人である俺が言えることではないが、命を脅かされたばかりのノクトはもうちょっと危機感を持つべきだ。

 知らなかったとはいえ、俺達はノクトの祖父の友人の遺品を漁っていたのだ。そして、今も神に奪われた国を取り戻すべく、レヴァナントを無効化する方法を求めている。話し合うために移動しようと提案したのはノクトが所有している情報に興味があったのと、これから蔵書を漁るにあたって彼が障害になりうるかどうかを判断するためだ。消えたネクロマンサーの一族と繋がりがあった彼の協力が得られるならば万々歳、しかしノクトが書庫内の探索を拒み俺達の邪魔をするようなら、ポールさん達はすぐさま彼を拘束する腹積もりでいる。だから、誰も友好的なノクトに水を差すような真似をしないのだ。一刻も早くベルンハルトの手から国を解放したいと願うルシアン様達からしてみれば、この地でネクロマンサーの残した書物を読み解き、研究しているという彼が好意的に接してくれるのは都合が良いからな。

 そして、それは俺にとっても好都合だった。

 ルシアン様達が求めている知識や情報をノクトが所有しているようなら、彼とお役目交代できるからな。彼の存在は、とてもありがたい。ルシアン様達に友好的で、なおかつ役に立つ新たな協力者ができたとなれば、心情的にも離脱しやすくなるしな。


 ノクトには悪いが……。


 俺は、手遅れになる前にルシアン様達から離れたい。だから、暢気なノクトの行動に物申したい気持ちはあるものの、その想いを口にすることなく呑み込んだ。


――そもそも、俺にノクトへ忠告する資格などないしな。


 ルシアン様達を押し付けようとしているくせに、彼の身を案じるなど矛盾している。我ながらなにを言っているんだかと自嘲しながら、俺はこれから先の動向がどうなるのか知るべく、黙して彼らを見守ったのだった。


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