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※2023.3.18に加筆修正させていただきました。
そうして、ゴーストタウンと化した町を見て回ることしばし。
「今度はこの辺りを調べてみよう」というルシアン様に頷き、各々の姿を見失わない距離を保ちつつ皆で手分けして廃墟の中を確認していく。俺も突っ立って待っているのもなんなので、これまでどおりなんとなく目についた建物に近づき、元は玄関だったのか裏口だったのかもわからない長方形の枠を潜る。
ここに来るまで何か所か調べて回ったが、思うような成果はなかった。その為、たいして期待せずに建物の中へ足を踏み入れたのだが、俺の目に飛び込んできたのは出入り口を除く三面すべてを埋め尽くす特大の本棚で、圧巻なその光景に息を呑む。所々壊れてしまっているものの本棚には隙間なく本が詰め込まれていて、床に散らばっている分と合わせれば相当な数の蔵書が残されていた。
――ここは、書庫か?
天井まで届く本棚で三方を囲まれた部屋の中は図書館と呼ぶにはいささか狭く、また、生活感に溢れていた。中央に置かれた大きめのテーブルと一脚の椅子、卓上にはランプや元はティーセットであったと思わしき割れた陶器が乗ったプレートがあり、部屋のあちらこちらに紙の束や巻物が乱雑に積まれていて埃を被っている。床には棚の壊れた部分から零れ落ちた本が積み重なって小さな山を作り、何冊かは瓦礫と一緒に散らばっていた。
予期せぬ光景に逸る心を抑えつつ慎重に部屋の中へと足を進めれば、見えてきた数々の題名。幸いなことに、ここにある本の大半は俺でも読める言語で書かれているようだ。一番近い棚へ歩み寄り並べられた背表紙を見れば“自然破壊と生態系の変化”や“誰でもできる初めての野宿”に“魔法の変化と呪文学”など様々な分野の本が適当に詰め込まれていて、蔵書の主のちょっと適当な性格が垣間見える。見慣れない文字で書かれた本も多々あるが、金糸で装飾されている高価そうな本なども並んでおり、積まれた紙束を手に取ってざっと読んでみれば、走り書きで呪文に関する考察らしきものが書かれていた。これはたぶん当たりだ。
書庫の主がそうであったのかどうかは不明だが、研究者か学者の類に属する人物がここを使っていたことは間違いない。積まれた紙束の中身が役に立つものかは詳しく調べてみなければわからないが、これだけの数の蔵書があればルシアン様達が求めている内容が記された本が一、二冊くらいはあるだろう。早く教えてやらねば。
絞り出した希望を頼りに町を彷徨い歩いているルシアン様達の姿に同情したのか、自然とそう思った俺は近くにあった本を手に取り、足早に建物から出る。すると丁度良く近くの廃墟の中にポールさんの姿を見つけたので、大きく口を開いてその名を呼んだ。
「ポールさん!」
「! どうした、レイ」
大声に驚いたのか、呼びかけるや否や弾かれたように振り向いたポールさんに証拠品として持ってきた本を振って見せれば、目を見開いて調べていた廃墟から飛び出してくる。そして、「レヴァナントを無力化する方法があったのか⁉」と驚愕の声をあげながら駆け寄ってきたので、俺は今しがた見てきたものをありのまま伝えた。
「わかりません。ただここは書庫だったようで、三面一杯に天井まで届く本棚が。蔵書や走り書きした紙なんかが中に沢山残っています」
俺のその言葉を聞いてガッと玄関の枠を掴んだポールさんは、上半身をのめり込ませるようにして廃墟の中を覗くと、感極まった様子で「流石だ、レイ! やったな!」と叫び、嬉しそうに声を張り上げてルシアン様やナウマン卿達を呼びに行った。
そして――、
ポールさんに呼ばれて集まってきたルシアン様やナウマン卿や騎士達が、壁を埋め尽くす特大の本棚を見上げてホウッと感嘆の息を漏らす。
「これは凄いな」
「ええ、誠に。これほどの数の蔵書となれば、中にはネクロマンサーが残したものであるでしょうし、期待してもよいかと存じます」
目を輝かせて本を見上げるルシアン様と、高揚しているのかやや口早に答えたナウマン卿の顔には微かだが笑みが浮かんでいて、どこか暗い影を漂わせていた騎士達の空気も明るさを増す。
「ああ。皆、手分けしてネクロマンシーやアンデッド、魔法や神々や天界に関連がありそうな本を探してくれ」
「「「「「はっ!」」」」」
ルシアン様の言葉に元気よく敬礼して、騎士達が散っていく。そんな彼らのあとを追うように、ポールさんやナウマン卿やルシアン様も思い思い棚へと向かっていった。
一同の足取りは軽く、関係資料を探すべく並ぶ背表紙を読み込む眼差しは希望に満ちていて。やる気に満ち溢れた彼らの姿に、俺は人知れず安堵の息を吐く。一縷の望みをかけてネクロマンサーの一族を訪ねて来たのが空振りにならずに済みそうで、本当によかった。助力を受けられる可能性は元々低かったとはいえ、ベルンハルト王を守るレヴァナントを無力化する方法やそのヒントすら手に入らないとなったら、ルシアン様達は完全に手詰まり。失意のまま死を待つか、無謀と知りながら戦いを挑んであっけなく命散らす未来しかなかっただろうからな。
それではさすがに後味が悪すぎる。為す術なく死ぬしかなくなった彼らを見捨てて自分だけ逃げるなんて、とんでもない鬼畜。どのタイミングで実行したとしても、恨みがましい表情で俺を責め立てるルシアン様達の夢を見そうだ。
どうしたものかと思ったが……。
この様子なら大丈夫そうだ。ある程度情報が集まったら、約束通り離脱させてもらおう。
少し和らいだ雰囲気にホッと息を吐き出しつつ、俺も近場の本棚へと歩み寄ってギュウギュウに詰め込まれた本の題名を目で追っていく。“百年後の世界”“星占い 中級”、“使える生活魔法百選”“悠久の騎士と白の姫君”“戦争論”“死霊と呪い”“生物学”と学術書から恋愛小説とジャンルを問わずに並んでいる本の中から、少しでも関係ありそうだなと思ったものを引き抜いて腕に抱えて行く。
と同時に、俺は姿を消したこの本の主に想いを馳せた。
不要になったから置いて行ったのか、それとも置いて行かざるを得ない状況だったのか。この書庫を見つけるまでに何箇所か廃墟の中を調べてみたが、歴史学者でも考古学者でもない俺には荒れ果てた建物が雨風に晒されて風化したものなのか、賊などに襲われて壊されたのかの違いがわからず、この町がいつまで機能していたのかだって読み取れなかった。
最凶と謳われたネクロマンサー達の身に、一体何が起こったというのか。
果たして、彼らは生きているのか。
そうやって消えた一族について考えていると、ネクロマンサーと戦う可能性が完全になくなり安心した所為か、ちょっと会ってみたかったな、と怖いもの見たさのような好奇心が湧いてくる。彼らはどのような思想をもって死霊魔法を探求していたのか、冥府と現世の境を失くして何がしたかったのか、少し聞いてみたかった。
……まぁ、絶対実現しないとわかっているからこそ、生まれた望みだけどな。
実際にネクロマンサーを前にしたら、そんな風に思う余裕はないに違いない。俺にとって、すでに亡くなった人との再会は恐怖でしかないからな。幽霊を現世に呼び戻すネクロマンサーなど、生涯対面したくない相手だ。
ありもしないもしもを想像しつつ本棚を眺めていると、近くでドサドサドサッと本を落す音が聞えて思わず肩が跳ねる。反射的に音がした方へ目を向ければ、触った本に何か仕掛けてでもあったのか固い表情で左の手で握りしめた右手を見詰めているナウマン卿と二十センチくらい厚みがある本が一冊、床に転がっていて。
「大丈夫ですか? この本に何か仕掛けでも?」
そう問いかけながら本を注意深く観察するも特に何かを感じることはなく、ナウマン卿が落としたのは分厚いだけのただの本のようだった。とはいえ、本の持ち主がネクロマンサーであることを考えると、楽観的に捉えるのも危険である。死霊魔法の中には人を呪う類のものもあるらしいからな。ただの事故なのか、何らかの仕掛けがあったのか真相を知ろうとナウマン卿を見れば、彼はどこか疲れた顔で小さく首を横に振った。
「……いいえ。歳の所為か、重さが堪えて手を滑らせてしまったようです。お騒がして申し訳ない」
これまでの疲労が一気に出たのか芳しくない顔色で右手首をさするナウマン卿と落ちていた本の厚みから考えれば、その主張に怪しむべきところはなく。念のため警戒しつつ彼が落とした本を拾い上げてみるが、分厚いその本はズシッとした重みの他はなんの障害もなく手の中に収まった。どうやら、俺の考えすぎだったらしい。
「そうですか。では、この本は俺が運んでおきますね」
「ああ。済まない」
ナウマン卿の許可を取り、分厚い本をもともと持っていた本と共に抱え直す。こうして他の本と一緒に持っていると、想像していたよりも重い。このままでは、すぐに腕が疲れてしまうだろう。そう思った俺は、手持ちの本を一度置いて来ようと、ナウマン卿に断りを入れて中央に置かれたテーブルの方へと踏み出した。
とその時である。
足元から、明らかに俺の足音ではない「ゴトッ」という鈍い音が響く。
…………なんの音だ?
自身の体から出たものではない原因不明の音に足を止めれば、本棚へ向き直ろうとしていたナウマン卿も動きを止めて俺を見やる。しかし俺の状態に変化はなく、物を落としたわけでも何かにぶつかったわけでもない状況に困惑の表情を浮かべた。
「レイ殿、今の音は……?」
「わかりません。ただ、俺が出したものでは――」
怪奇現象に戸惑いつつもナウマン卿に俺の仕業ではないことを伝えている最中に、またもや足元から聞こえてくる「ゴトゴトッ」という謎の音。それに今度は音だけでなく、床下から押されているような振動もあった。
――何かがいる。
そう確信した俺は、人差し指を口の前で立ててナウマン卿に静かにとジェスチャーを送ったあと、そっと足を上げて一歩横にずれる。すると床にピッと亀裂が入り、板が僅かに浮き上がった。隠し扉だ。扉を開けようとしているらしく、ゴトゴトと床板を揺らす音に交じって微かに「あれ?」「おかしいな?」と呟く若い男の声も聞こえて来るが、板の一部を俺がまだ踏んでいるので開くことはない。それからもゴトゴトと床板が鳴っていたが、しばらくして疲れたのか一旦床下の男の動きが止まった。その間に俺は手に持っていた本をナウマン卿に渡し、少し離れた場所に置いてもらう。
そうこうしているうちにルシアン様やポールさんや騎士達も異変に気が付いたらしく、続々と隠し扉の近くに集まってきていて。状況を把握した皆の空気がピリッと張り詰めたかと思えば、ポールさんや騎士達がスラリと剣を抜き、鋭い眼差しで隠し扉を見据えて切っ先を向けた。
「(レイ。ここは俺達が)」
「(ええ)」
下がるようポールさんに促された俺は逆らうことなく、静かにその場を離れる。勿論、この場をポールさん達に任せたからといって扉から目を離したり、警戒を解いたりはしない。冥府の森を通らなければ辿り着けないこの場所にいる人間なんて、どう考えてもただ者ではないからな。
消えたと思っていたネクロマンサーなのか。
俺達と同じく、彼らの英知を欲してこの地を訪れていた先客なのか。
友好的なのか。
敵対的なのか。
様々な想像に逸る心臓を感じながら、固唾を呑んで見守ることしばし。
――ゴトゴトッ、ガンッ!
なにか固い棒状ものを引きずったような音のあと、床をぶち抜くような打撃音が響いて勢いよく扉が開く。バタンッと大きな音と若干の風を立てながら床にぶつかった扉の下には、大人一人が通るのに十分なサイズの四角い穴が開いていて、一拍後、若い男がヒョコッと顔を出した。
「よかった! 開いた――っ⁉」
勢いよく顔を出して脱出の喜びを叫んだのも束の間、自身が剣の切っ先に囲まれていることに気が付いた男は息を詰めて、長く伸びた前髪から覗く茶色の瞳を丸く見開く。埃をかぶった長いプラチナブロンドを一つにまとめた男の肌は白く、穴の縁に置かれた手は重労働や剣を持ったことなどないと断言できるほど滑らかで。「えぇ、ナニコレ……」と零す声は弱弱しく、困惑に満ちた表情を浮かべるその顔からは、俺達に対する敵意など微塵も感じられない。歳も俺やルシアン様と同じくらいで、どう見ても戦い慣れてない彼の様子に張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。
……身体も細いし、鍛えているようには見えないな。
体つきは頼りないし、怯えているのか忙しなく視線を彷徨わせるばかりで、隙を窺って魔法を放とうという気配もない。反応を見る限り彼が非戦闘職員であるのは間違いなく、研究者か学者の卵と言ったところだろうか。どうやってこの場所を知ったのか、何が目的なのか、近くに仲間はいるのかなど疑問点は多々あるが、敵意は感じられないので一先ず安心して良さそうだ。
皆もそう思ったらしく、目配せののちポールさんの剣だけ残して騎士が男に向けていた切っ先を下げる。
すると剣が減ったことで少し安心したのか、男が恐る恐る口を開いた。
「あの……どちら様、でしょうか?」
しかしポールさんは質問に答えることなく、逆に男に素性と仲間の有無を問う。
「その質問に答える前に、君や君の仲間について聞かせてもらえないか」
毅然とした態度で鋭い眼差しを向けるポールさんの姿に怯んだのか、男は慌てて敵意はないと示すように両手を上げると「僕一人です。仲間なんていませんっ」と答えたのだった。




