老剣 木枯らし 2
クロスロードの越年祭は、二日目を迎えていた。もちろん、二日目というのは建前であり、その更に前から、街全体に浮ついた空気が満ち、気の早い者は通りに椅子とテーブルを並べ、昼間から振る舞い酒で盛り上がっていたのだが。
「うわぁ、すごい……わたし、こんなの初めてです」
普段から人の多い通りであるが、祭りになれば主要道路以外は車両の乗り入れを禁じられ、通常は歩道として利用される一段高い両側の歩廊には、みっちりと屋台が並んでいるのだ。
それは食品だけでなく、衣類から玩具まで、普段は店内に並ぶものまでが、全て表に出されている。旅行者や財布の紐の緩んだ住人が、勢いで購入するのを期待しているのだ。
修道院で育った為か、こういった祭りは初めてなのだろう、リチャード少年の手を引き、あちらへこちらへと移動するゆっこは、まるで、飼い主の言う事をきかぬ、小型犬の散歩のような態である。
しかし、笑いながらそれを窘めるリチャードの、ゆっこの扱い方は慣れたものであり、通行人の邪魔にならぬよう、上手く手綱を引いているのだ。
「……なんだか、本当の兄妹みたいですね、ええ、そうですとも、微笑ましいものなのです、まったく、アドルパス様にも困ったものです、ゴヨウさんには、もう少し強く言ってもらわないと……まぁ、あてには出来ませんけどね、分かっていますとも! 」
その、すぐ後ろを歩きながら、ぷりぷり、と頭から湯気を立てるサクラは、何か八つ当たりでもするかのように、鳥肉の串焼きにかぶりついた。
「そうかしら? わたくしには、お似合いの二人に見えますよ、ゆっこちゃんも、あと五年もすれば素敵な淑女になれるでしょうし……実は、わたくしも彼女に、女性らしい作法の指導をしてあげたいと思っていますの」
口元を隠しながら、そっと串から肉を外すのは、フィオーレであった。それにしても、優雅な手つきであるのだ、庶民の食べ物である串肉とて、彼女にかかれば、高級料理に見えるであろうか。
「……この間から思っていましたが、フィオーレは、私に喧嘩を売っているのですか? いるのですね? 私だって、再戦するにやぶさかでは無いのですよ、いいでしょう、田ノ上念流とシャイニングソード、どちらが上か、この際はっきりさせましょう」
じっとりと据わった目で、しかし勢い良く、サクラは最後の肉片を咥え、串を抜き取った。
左手で口元を隠し、こくり、と肉を嚥下するフィオーレは、その、少し垂れた目に挑戦の色を浮かべはじめる。
「ふたりとも、今日はお祭りなんだから、そういうことは、しちゃ、だめ! 」
ぴっぴっ、と人差し指を振りながら、ゆっこが臨戦態勢の少女二人を叱りつける。アドルパスとアルタソマイダスに教育されている為か、それとも生来の資質なのか、彼女はなんとも、恐れ知らずになりつつある、ひょっとすると、リチャード少年よりも、剣術に向いているのかもしれない。
「ふふ、それじゃあ、妹に示しがつかないよ、二人とも」
相変わらず、ふわり、と花のような微笑を浮かべるリチャード少年は、しかし、ふと、遠くに想いを馳せるのだ。
(そういえば……最後にお祭りに行ったのは、いつだったろう……あの時は、まだ……)
母と妹の事を思い出し、彼は、まだ幸せだった幼少期を、少しだけ懐かしむのだが。
「いや……今も、幸せですね」
「リチャード? どうかしたのですか? 」
フィオーレと二人、両側から、身体でゆっこを挟み込んでいたサクラが、リチャード少年の様子に気付いたのだろう、声をかけてくる。
「……いえ、若先生も一緒なら、楽しかっただろうと、思っていました」
「あぁ、いいのです! まったく、ゴヨウさんはだらしのない、朝まで飲んでいたと言うのだから、信じられません、みつばちはともかく、マルティエさんまで一緒になって、二日酔いというのだから」
今朝の出来事を思い出したのか、サクラは腕を組んで憤慨するのだ。
「おとさんは、ひごろの疲れがたまっていると言っていましたから、今日は、そっとしておいてあげます」
「もう、ゆっこちゃんまで甘やかして、良いですか、ゴヨウさんという人は……」
何か説教をしようとしたサクラであったが、ぴたり、とその動きを止め、一点を見つめている。
「……どうしましたの、サクラ? 何か気になるものでも」
その視線を追いかけたフィオーレも、それ、を見つけ、動きを止めた。
不思議そうにするのは、ゆっこのみである。
「……まったく、二人とも、よく似てるんだから」
とりあえず行って見ようか、と、笑いながらリチャードは、ゆっこの手を引き歩き始める。
サクラとフィオーレが見つめていたのは、数本の幟旗である、いかにも粗末な手作りであったが、そこには手書きにて、こう書かれていた。
「斉天剣流」
「天下無双」
「挑戦二千」
「勝利二万」




