老剣 木枯らし 1
童話も終わりましたので、再開いたします。
また、こちこちと書いていくつもりですが、年末年始は、更新しないかも知れません。
かしこ
御用猫は、久方ぶりに落ち着いた食事をとっていた。
いつも煩い二匹のエルフには、小遣いを渡して外に出している。
(妖怪同士、気が合うのかもな)
仲良く手を繋ぎ、とことこ、と出かけて行く、チャムパグンと黒雀の背中を思い出しながら、徳利の中身を傾け、最後の一滴を猪口に落とす。
さて、酒のついでに、何を追加で頼もうか、などと、平和な悩みに顎をさする御用猫の前に、ことり、と焼き物の皿が差し出される。
「猫の先生、これは御負けです」
にこり、と微笑むのは、マルティエである。今日はいつもの三角巾も、エプロンもつけていない。自慢の赤い髪は後ろに流し、白いブラウスに茶色のベストと、アイボリーのスカートといった格好である。
「なんだ、おまけにしては豪勢だな、俺はそんなに食えないぞ? 」
カウンターの上には、まだ、いくつかの料理と、新たな徳利が並べられていた。
「もう、意地悪言わないで、そういうのは、リリィ様にして下さいね」
頬を膨らませたマルティエは、テーブルの上に料理と酒を移動させると、自らも、御用猫の向かいに腰を下ろす。
「リリィ様で思い出したのだけれど、良かったんですか? せっかくのお祭りなのに、一緒に行かなくて」
十二月も終わりに近づき、クロスロードでは、年の終わりを労う祭りと、新年を迎える祭りが、続けざまに行われるのだ。本来ならば二日で終わるそれは、だんだんと期間が延びてゆき、今では前々前夜祭から後々後夜祭まで、一週間以上続く、大陸でも類を見ない規模の祭りとして、有名なのである。
当然、街には観光客から浮かれた地元民まで、普段を凌ぐ活気に満ちており、路上には飲食の屋台が並び。
「ああ、あいつらは仕事だからな、なんと律儀にも、わざわざ謝りにきたよ」
それに伴い、犯罪と、揉め事が絶えない時期でもあるのだ。
マルティエの酌に返盃すると、彼女は少し照れたようにそれを受け、自らの料理に手を付けた。
「あら、おいし、我ながら上出来だわ」
「マルティエの料理は、いつでも上出来さ」
先生の口も上出来ですよ、と笑う彼女は、普段の笑顔とも、また違う色を見せるのだ。
「はぁ、毎年、この時期が待ち遠しくって……明日からお休みだと思うと、お酒の味も格別だわぁ」
マルティエの亭は、前々前夜祭の昼まで営業し、それから大掃除を行うと、後は祭りが終わるまで店を閉めるのだ。
「しかし書き入れ時だろ? 勿体無いような気もするがな」
おまけのキンメダイを、ほろりと摘み上げ、御用猫が、毎年恒例の疑問を口にする。
「いいえ、人間、お休みも必要なの、ゆっくり休んで、のんびり年を越すの、これは、ウチのおじいちゃんの代からの、伝統なんですからね」
これまた毎年恒例の返しを、マルティエも口にするのだ。
ララポート親娘も、すでに祭り見物に街に出ており、店の中には、御用猫とマルティエしか居ない。
「まぁ、そうだな、人間、たまには休みが必要だな」
「猫の先生は、もうすこうし、働いてもいいと思いますけどねぇ」
芋の煮物をつつきながら、マルティエが笑う。
「明日から働くよ」
「うそだ、また、いのやでしょ? 顔に書いてありますよ」
むう、と御用猫は唸る、今日のマルティエは、店じまいをしたからなのか、些か、追求が鋭いような気がするのだ。
「……ねぇ、先生も、危ないお仕事からは、そろそろ手を引いても……リリィ様も居るんだし、先生に、もしもの事があったら、かわいそうよ」
マルティエが、視線を落とした。駆け落ちまでした彼女の亭主は、今は行方が知れぬ、死んだ訳では無いのだろうが、音沙汰がないのなら、彼女の淋しさに違いはないのだ。
「野良猫には、野良猫なりの生き方があるのさ……少なくとも、今は、変えられない、変える気があっても、変えられないんだ……まぁ、人間、そんなもんだろ」
「…はぁ、男の人って、みんなそうなんですかねぇ……やんなっちゃう」
くい、と猪口の中身を飲み干すと、マルティエは立ち上がる。
「ね、先生、今日はもう出かけないんでしょう? 新年用にとっておいたお酒があるんだけど……やっちゃう? 」
悪戯っぽく笑った彼女は、ぺろり、と舌を出した。
「お、良いな、やっちゃおう、なに、心配するな、酒ならあとで、良いやつを、おじいさまの屋敷から拝借してくるからさ」
「ま、悪い人……でも、落ち着いたら、ゆっこちゃんと一緒に遊びに来てもらいましょう、そのとき、私も一緒に謝りますから」
軽い足取りで厨房に向かうマルティエを目で追いながら、御用猫は、猪口を持ち上げた。
「……まったく、マルティエのやつ、いい身体してやがる、たまらねぇぜ」
御用猫は、猪口の中身を一息に呷ると。
ぱしん、と良い音をさせて、隣に現れた、くノ一の頭を叩いたのだった。




