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続・御用猫  作者: 露瀬
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神頼み 19

 御用猫は、思わず涙した。


 それは、実に久し振りに、マルティエの料理を口にしたからなのだが、彼の、その、余りの感激ぶりに、当の女将は、苦笑いをするばかりである。


「先生がご無沙汰だったから、随分、売り上げが落ちてたんですからね、トウタだって、やる気が出ないって言ってましたよ? 」


 売り上げに関しては、どちらかと言えば、チャムパグンが居なかった所為だろうが、マルティエは、丸い盆を胸に抱いたまま、冗談交じりに、そんな事を言うのだ。


「あいつめ、生意気を言うようになりやがって……あぁ、でも、このブリは良いな、マルティエ、後で、あら炊きに」


「はぁい、もう、用意してますよ、カマは塩焼きでいいかしら」


 ううむ、と、御用猫は唸る他は無い、実に良く出来た女である。


 どこか機嫌良さそうに、張りのある尻を振りながら、厨房に戻るマルティエを眺め、御用猫は、これで彼女が独身ならば、と、もう何度目か分からぬ想いに耽っていた。


 彼の膝を枕に、膨らんだ腹を放り出し、食後の昼寝を楽しむチャムパグンの、もちもち、とした、腹肉を揉みながら、ふと、御用猫は、マルティエの肌はどのような感触だろうか、などと考える。


「……先生、何か、いやらしい事を考えてませんか? 」


「おう、戻ったか、ご苦労さん、向こうは上手くいってるのか」


 向かいの席に、じんわり、と現れたのは、みつばちである。御用猫の視線を追って、彼のけしからぬ妄想に気付いたのだろう。


「ねぇ、先生、ひと言くだされば、私が、いつでも夜伽いたしますよ、それはもう、ねっちょりと」


「そうだね、それで、どうだって? 」


 表情こそ変わらぬが、どこか呆れた様子のみつばちは、まったく、と、ひとつ溜め息を吐き、ことの報告を始める。


 結局、ガリンストンは口を割らなかった、あの後、リリィアドーネが直接、アドルパスに引き渡したものの、色々な事情もあり、後ろに控える貴族の名は、遂に、知る事が出来なかったようだ。


 ノムラン司祭の方からも、手掛かりは無しである。ロンダヌスとの奴隷売買の証拠は、いくつもあるのだが、国内での彼の動きは、純粋な布教活動も多く、一体、何処からが商売で、何処までが信仰なのか、実に曖昧なのである。


「まぁ、それは、もう良いさ」


 その様な事には、まるで興味の無い御用猫なのである。そもそも、それは、本物の騎士達が解決する事案であろう。


 今、野良猫の興味を引く対象は、あの教会の方であった。


 続けざまに騒動を体験した子供達である。特に小さな子達は、夜に目覚めては泣き出す程に、心に傷を負っていた。一先ず、落ち着くまではと、御用猫達も滞在を伸ばし、努めて明るく振る舞い、登り遊具代わりに遊ばれる事にも、耐えてきたのだ。


 ようやくに別れを切り出せたのは、それから一週間も、後の事である。


 メルクリィとゲコニスには、事件のさわりだけ伝え、今まで、ノムランの懐に消えていた、国からの支援金を受け取る事のできる手続きと、クレオファミリーとの面通しを済ませ、ついでに、彼らの教育も、メルクリィに任せる事にした。


 彼女は、大いにやる気を見せていたのだが、ゲコニスの方は、事の大きさに、少しばかり尻込みしているようである。


「惚れた女の為だろう、石の上に座る気で、まぁ、頑張れよ」


 こっそりと囁き、ばしばし、と彼の肩を叩くと、ガマ剣士は頷いて、その、にきび顔を赤くするのだ。


 あまり、可愛くはない。


 御用猫は、チャムパグンの手を引き、そのまま、教会を後にしようとしたのだが。


「辛島さん! 待って下さい! 」


 ぱたぱた、と、追いかけてきたメルクリィは、お見送りします、と彼の隣を歩く。


「辛島さん、まだ、きちんと、お礼を言っていませんでした……色々と助けていただき、ありがとうございます……貴方は、神の様なお人です」


「これはまた、相変わらず、極端な女だな……知ってるか? 野良猫に神は居ないんだよ」


 御用猫の答えに、しかし、メルクリィは、眉を吊り上げる事もなく。


「ふふ、ごめんなさい、言い方が悪かったかしら……私は、気付いたのです、この世に神の威光が満ちているならば、この世界と、そこに住まう全てのものは、それ即ち、神そのものなのだと」


「……それは、どうなんだ? この世には、どうしようもない悪党も、神を信じぬ野良猫だって、住んでるが」


「それすらも、神の一面なのでしょう……人にとって、良い悪いは、別の話です、もちろん、私の生き方を変えるつもりはありませんが……そう考えてみると……少しばかり、折り合いも、つくようになりました」


 そう言って笑うメルクリィには、確かに、神の慈愛が満ちているようであり。


(カエルの気持ち、わからんでもないな)


 御用猫は、繋いだ手を離すと、卑しいエルフの、柔らかい猫毛を撫でながら。


「どうするよ、おチャムさん、お前の中にも、神様がいるらしいぞ? 」


「おお? ようやっと気付きましたか、猫の先生ぇ、お供え物は、まんじゅうが怖いでごぜーますよ」


 こいつめ、と笑いながら、卑しい神エルフを担ぎ上げると、二人はメルクリィに手を振り、教会を後にしたのだ。



「……なので、今のところ、クレオファミリーも、真面目にやってますよ、カンナ様の商会から、真っ当な商いの指導員も派遣しましたし、我々が北町に縄張りを作る、良い切っ掛けには、なりましたかね……最近、酒臭い輩が、やたらと嗅ぎ回っていましたので、少々、窮屈だったのですが」


 合法的に、大手を振って、勢力が拡大出来る、と、みつばちは笑うのだ。


 以前、アルタソマイダスに睨まれて以来、あちこちに見張りを付けられていたらしく、水面下では、酒番衆と蜂番衆の、地味な争いが続いていたのだとか。


 久々に耳にした不穏な話であったが、今は関係のない事だろうと、御用猫は耳を塞ぎ、全て忘れる事にした。


「ですが、所詮はやくざです、そう簡単に、足は洗えぬでしょう、若い衆の中には、早速に、不満を言い始めた者も現れています」


「まぁ、やくざってのは、そういうものさ」


 三代目は、堅気に戻るのだと、何やら気合を入れていたが、確かに、みつばちの言う通り、そう簡単にもいかぬであろう。


 しかし、こればかりは、やってみなければ分からない。


 メルクリィ達も含め、彼らが、この先どうなるのかは、まさに、神のみぞ知る事なのである。


 あるのだが、しかし、願わくば、彼らに幸せが訪れるように、と。


 祈りの言葉も知らぬ御用猫だが、猪口の中身を空けながら、そう、考えるのだ。








石の上にも三年と


蛙飛び込む水の音


苦しい時の神頼み


三年たったら聞いてやろ



御用、御用の、御用猫










冬の童話祭に参加しようと、なんとなく思い立ち、御用猫の方は何日かお休みして、そちらを書こうと思います。


一応、本作の外伝というか、昔話的なアレにしようと思っていますので、もしも、時間が余って仕方ないぜ、という方は、なんとなくアレしてみてくださりますと幸せます。


かしこ


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