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続・御用猫  作者: 露瀬
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神頼み 18

 ひいひい、と、息を切らしながら、通りの裏を駆けるのは、頭頂部の薄い、白髪の老人。


 人気の無い路地を独占し、法衣をはためかせ、やや、太り気味なその体を、必死になって振り回すのだ。


(あの眼、あの眼……おそろしい、あれは悪魔だ、教典の終わりに記された、世界の終焉を見届けに、舞い降りるこんじきの、笑う悪魔)


 突然、老人の体が、前につんのめる。何もない平坦な場所、であったはずなのだが、考え事をしていたせいか、それとも、久方振りの運動に、手足が言う事を聞かなかったのか。


「おや、ノムラン司祭様、こんなところで、奇遇ですな」


「へ、あ? ひぃっ! 」


 いや、違う。


 通りの陰から現れた、黒髪の男に、足を引っ掛けられたのだ。


 司祭は、擦り剥けた手の平に埋まる小石を、払う事も忘れ、四つ脚で這う様に逃げ出すのだが、法衣の裾を男に踏まれると、無様に倒れ込む。そして、ついに諦めたものか、尻餅をついて、荒い息を吐き出すのだ。


「こ、これは、辛島さん、なぜ、いや、上手く逃げ出せたのですね、良かった、ふぅふぅ」


「まぁな、司祭様も、そうなのか」


 ノムラン司祭は、不安げに、ちらちら、と、御用猫の腰に眼を配る、そこには、彼の愛刀、井上真改二が、確かに威容を晒していたのだ。


(あれ、教会に、投げていたはずなのに)


 ひしひし、と感じる、嫌な予感に、びっしょりと汗をかきながらも、ノムラン司祭は、最後の抵抗を試みる。この男には、まだ、見られていないはずなのだから。


「そう、そうですよ、辛島さん、メルクリィさんが、教会の子供達が、危ないのです、早く、助けないと」


「そうか……そうだな、そうしよう」


 御用猫は、腰から井上真改二を、ゆっくりと引き抜いた。てらり、と油の輝きが、司祭の瞳に映り込む。


「やめて、くださいよ、いったい、なんの、つもりなのですか」


「さてね、自分の胸か……そうだな、神様にでも、聞いてみな」


 御用猫の瞳に、色は無い。


「私は……神の御心のまま、善行を、陰徳を積んできたのです、行き場のない子供達を救ってきたのです、理不尽な暴力、飢えや寒さに、震えることの無い暮らしを」


「奴隷としてか? 貧乏教会に住んでるんだ……お前も、もう少し、痩せとくべきだったな」


 御用猫の言葉を聞かずに、ノムラン司祭は立ち上がる。


「黙りなさい! 奴隷といえど、神の元では、同じ人間です! 充分な食事と暖かな寝床があるのです、なんの不足がありましょうや! 」


 どこに怒りの沸点があったものか、それは、御用猫が初めて目にする、彼の激情であった。


 その瞳には、しかし、言い訳めいた色が、欠片も見られないのだ、どうやら、彼は、いたって真面目に、芯から、善行を積んでいるつもりなのだろう。


「なんの、だと? ふざけてるのかお前、奴隷には、自由が、無いだろう……分かっているのか、それは、死んだも同然なのだぞ? 」


 野良猫にとって、自由の無い生活に、なんの意味があろうか、例え飢えようとも、籠の中で暮らすより、遥かにましだと、御用猫は考える。もっとも、飢えて死ぬよりは、奴隷として生きたいと願う者もいるだろう。


 しかし、それは、最後の選択なのだ。少なくとも、この男が、国からの支援金を懐に仕舞わず、真っ当な使い方をしていれば、この教会から、奴隷に落ちる子供は居なかったはずなのだ。


「愛があれば、自由などと、些事に過ぎません! 私は、子供達に、愛を与えて……ひっ! 」


 眼前に広がる、左手一本で突き付けられた真剣の輝きに、ノムラン司祭は喉を絞る。


「や、やめなさい、私を殺せば、クレオファミリーが、三代目が、黙っていませんよ」


「……変態親父には、恨みしか無いそうだぞ? 残念ながら、お前の愛は、息子にも届いてなかった、みたいだな」


 くわ、と目を見開いたノムランは、眉尻を持ち上げると、御用猫を睨み付ける、つい先程までの、どこか頼りなげな雰囲気は消え、いくつもの修羅場を乗り越えた、百戦錬磨な、やくざの顔を覗かせるのだ。


「殺すのか? 儂を? いいや、出来ないね、お前は騎士だ、殺せぬよ、甘っちょろい顔をしやがって、分かってるぞ、儂の後ろ盾を調べてるんだろ? それが、どこの貴族様か、あぁ、大物だよ、どうする、知りたいのだろう? さぁ、取引だ」


 両手を広げるノムランに、御用猫は、まだ、答えない。


 ただ、黙って、右の人差し指を、自らの左眉にあてがい、ゆっくりと、斜めに下ろしてゆくのだ。


「……生憎、賞金首とは、取引しない主義なんでな」


 指を下ろす端から、黒髪の騎士の顔面に、大きな刀傷が現れる。


「賞金額、七百八十万、「人形師」のクレオノルン……上手く隠れたもんだが、しかし、何十年も化けてる内に、本気で目覚めちまったのかね」


 些か、歪んではいるようだが、彼の心の中には、確かに、神の光が満ちているのだろう。


「……その傷……聞いたことがある、そうか、お前が、御用猫、か」


「一応、聞いてやる……歩くか、それとも首か」


 ノムラン司祭は、左右に首を振る。そして、地面に膝をつき、胸の前で親指を回すと、目を閉じて、両手を組み合わせた。


「神よ、レ ウルク様よ、お救いください、今まで、あなたに、こんなにも、尽くしてきたのです、あまねく光を、齎し給え、お救いください……お救い……」


 ごろり、と、転がる、それは。


 悪党には、とても、似つかわしく無い、穏やかな顔を見せていた。


「……こいつめ、勝ち逃げもいいとこだろう……まったく、神様は、どうやら、本当に平等らしいな」


 御用猫は、こそこそ、と影から見守る子供達に金貨を投げると、騎士を呼びに行かせ。


 その、救われた悪党の服を剥ぎ取り、自らの汚れた血を、拭い取るのだった。



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