神頼み 7
「……おやすみなさい」
ようやくに、最後のひとりを寝かしつけると、その腹を、ぽんぽん、と優しく叩き、メルクリィは立ち上がる。
自ら灯した淡光の呪いに、息を吹きかけ打ち消すと、建て付けの悪い古扉を、軋ませないように、軽く持ち上げながら閉めるのだ。
彼女が、単身この国に来てから、そろそろ一年が過ぎようとしていた。まだまだ、母の恋しいであろう幼児達を、宥めながら寝かしつけるのにも、随分と慣れてきたものだと、ふと、そう思う。
ロンダヌスでは、その、余りの執念と、融通のきかなさから、司教に疎まれ、追い出されるように、クロスロードへ派遣された彼女であるが、その信仰心は、場所を選ばぬ様であり、この教会へ辿り着いてからも、彼女は彼女を曲げる事なく、その日々を過ごしていたのだ。
「司祭様、私はそろそろ出かけますので、後をお願いします」
「……いつも、申し訳ありません……仕方のない事だとはいえ、ロンダヌスとの戦があってからは、ここに、国からの援助は無いも同然……貴女に、その様な真似までさせて……全て、私の、不徳の致すところなのです」
ぴたり、と動きを止めたメルクリィは、ノムランに向き直ると、普段から、きつめの眉を更に釣り上げる。
その迫力に、びくり、と肩を竦める司祭である、この歳まで修行は積んできた筈なのだが、些か、頼り甲斐に欠けるであろうか。
「そのお話は、何度もしたはずです、私は、私の意思で、こう、しているのです、神に恥じる所もありませんし、後悔もしておりません、どうか、司祭様は、お気になさらず」
それだけ言い放つと、彼女は、大股で歩き出した。
一人残されたノムラン司祭は、大きく溜め息を吐き、念の為に、玄関の施錠を確認すると、子供部屋の方に向かって、歩き出すのだった。
メルクリィが仕事を終えた頃には、すっかりと日が昇り、朝の九時を回ってしまっていた。
昨日の客とは、途中で口論になり、腹を立てた男は、執拗に彼女を責め立てたのだ。ついに朝まで放してもらえず、些か、違和感を残したままで、メルクリィは帰路についた。
当然、稼ぎも悪い、何度も殴られた事よりも、彼女にとって、その方が余程に、痛手であるのだ。
幸いと言うべきか、先日の、あの不信心者が押し付けていった金貨が残っている、今日の食材を購入しても、久しぶりに、日用品を補充する余裕が出来るだろう。
とりあえず教会に戻り、不浄を洗い流し、それについての懺悔と、朝の礼拝を済ませたならば、洗濯と掃除、いや、先に買い出しを済ませねば、昼食に間に合わぬか。
などと、忙しく頭を巡らせながら、教会に戻ったメルクリィが見たものは。
「……おぅ? やっと戻って来たか、せっかく、早起きしたのに、馬鹿みてぇだな、いや、馬鹿みてぇか」
ぷつぷつ、と、にきび跡の残る蛙面にしゃがれ声。
「蝦蟇」のゲコニス、であったのだ。
庭の祭壇前で転がされたノムラン司祭と、孤児のリーダー格の少年は、暴行を受けた様子で、小さく呻くばかりであり、子供部屋の前に立つ、年長の少女は、ちんぴら四人に、何やらちょっかいを出されているのか、涙で、ぐしゃぐしゃ、になりながら、気丈にも両手を広げ、中にいるのであろう年少組を守っていた。
「あなた達! 何をしているのですか! いったい、ここを、何処だと心得ているのです! 」
「あー? 教会だろ? ぼろいがな……ん? 違うか、ここは、ただの、爺いと餓鬼と……売女の住処さ」
がらがら、と笑うゲコニスに、メルクリィの眉が釣り上がる。
「……笑うなッ! 」
思いの外、声量のある彼女の怒声に、ガマ剣士は、ぴた、と、嘲笑を止め、驚愕に顔を歪める。
いや、そうではなかった。彼の視線は、メルクリィを飛び越え、その背中の向こうに注がれており、驚きの対象も、また、そこにあったのだ。
「なんだなんだ、最近の盗賊は、こんな、ちんけな教会まで襲うのか? うーん、姉御、どういたしやしょ」
「……なぁ、猫よ、もう少し、その……いや、何でもない」
少しだけ、切なそうな表情を見せた、リリィアドーネであったが、直ぐに気持ちを切り替え、古ぼけた深緑のローブを翻して、自慢の細剣を抜刀した。
「神聖なる神の御許で、このように不埒な悪業、見過せぬ! 神妙に縛に就くか、それとも、我が剣を恐れぬ程に、愚かならば、掛かって来るが良い! 」
「いよっ、串刺し王女! こんなちんぴら共、ぱぱっと、やっちゃってくだせぇ」
果たして、噂に違わぬ、串刺し王女の鋭剣は、五人のやくざと、一人の男を、忽ちのうちに、叩きのめしてしまったのだった。




