神頼み 6
御用猫達が辿り着いたのは、北町の外れにある、小さく、うらぶれた教会であった。元は、六柱神殿だったのだろう、外壁正面のレリーフには、その跡が、中庭には石の祭壇が残っていた。
「おかえり、お姉ちゃん! 」
ばたばた、と競うように駆け寄る数人の子供達は、メルクリィを囲み、そのスカートに纏わりつくが、年かさの少年少女達は、見慣れぬ大人の姿に、隠す事なく、警戒心を露わにしていた。
「メルクリィ、そちらの方は? 」
「司祭様、彼らは、クロスロードの騎士で、神の教えを理解せぬ、不信心者達なのです、後で、講堂をお借りしますので、今日の礼拝は、お任せします」
少年達の後ろから現れた、登頂部の薄い、白髪の老人に、メルクリィは言い放つ、司祭様とは呼んでいたが、目上として、余り、敬っている様子も無い。
「いや、帰るっつってんだろ、帰りますぅー、二度と会う事は無いだろう、邪魔したな、餓鬼ども」
てこてこ、と近づいてきた男児を抱き上げ、頭上で回すと、途端に小さな子供達は、御用猫の足元に集まり、次は自分だと主張し始めるのだ。
「ふふ、ほら、余計な真似をするから、そうなるのだ」
動くに動けぬ御用猫に、ふわり、と可憐な笑みを見せ、リリィアドーネもしゃがみ込み、少女の頭を撫でながら、何やら話かけ始めた。
「うわ、気持ち悪い、何ですか此処、偽善者どもの臭いが、ぷんぷん、しますよ、ごめんなさい、ちょっと、吐き気がします、ごめんなさい」
ひとり、隠形で気配を消し、遠巻きに眺める大雀が、鼻をつまんで、そう主張する。
(まぁ、確かに、そうかも知れんな)
くるくる、と、代わる代わる抱き上げながらも、御用猫は、草臥れた服装の子供達と、手入れの行き届かぬ施設を眺めるのだ。
「私は、ノムランと申します、この、レウルク様の神殿の、管理を任されています」
「管理されて無さそうだが」
「こ、こら! 失礼しました、ノムラン様、私達は、偶然、そこなメルクリィ殿と……その、あー、出会いまして」
眉を寄せて口籠るリリィアドーネに、何かを察したものか、ノムラン司祭は、柔和そうな目元に、申し訳なさを張り付け、視線を落とす。
「司祭様、挨拶は、もうよろしいでしょうか、私は、その方達に言いたい事が山ほどあるのです」
ああ、はい、と、慌てて椅子から立ち上がる司祭の姿に、御用猫は、何となく察したのだ。
「なるほど、街はずれの教会を、同じ神を崇めている、という理由だけで乗っ取り、正教会の基地にしてしまったのだな……やはり、お前は、ロンダヌス人か」
「国は違えど、同じ人間でしょう、浅ましい事を言わないでください、それにノムラン様は、同じ、レ ウルク様の信徒、私達は、光の導きを共に広めんと、協力しているだけの事……貴方は、本当に失礼な男ですね」
御用猫は、テーブルに肘をついて、掌に顎を載せた。
「……おまえらの布教活動はともかく、餓鬼どもには、ちゃんと仕事させろよ、庭の草むしりくらい、出来るだろ、あと、でかい奴らは、もう、外で稼がせろ」
バン、と、テーブルを叩き、メルクリィがいきり立つ。目を見開き、眉を釣り上げた、その姿は、敬虔な神の使徒、と言うよりは、勇壮な戦士に例える方が、似合っているだろうか。
「両親を失い、心に傷を負った子供達を! 外に放り出せと言うのですか、あの、やくざ達のように、汚い獣に身を落とし、人の生き血を啜って生きろと? 」
「本当に、極端な奴だ、それで神官が務まるなら、やはり、神様は寛容だな……あいつら、読み書きくらいは教えてるんだろ、自分で、食い扶持くらい稼がせろ、独り立ち、出来なくなるぞ? それとも一生、ここで飼うつもりか? 真っ当な働き口は、いくらでもあるんだ、南町か西町で良ければ、紹介してやっても、良い」
御用猫の言葉を、もはや聞いてもいないのか、メルクリィは、サクラもかくやと喋り続け、しまいには、罵倒に似た言葉すら混じり始めるのだ。
徐々に、目付きの鋭くなってきたリリィアドーネを制すると、御用猫は、メルクリィの前に、手の平を突き付けて、次の言葉を遮る。
「俺たちは、もう帰るぞ、二度目があるかは、知らないが……まぁ、気が変わったら、南町の、マルティエの亭に顔を出しな」
そして、懐から十万金貨を一枚取り出し、テーブルに載せるのだ。
「こ、このっ……貴方から、施しなど! 」
御用猫は、彼女には目もくれず、椅子から立ち上がり、リリィアドーネの手を取ると、そっと引き上げる。
「あー、それについてはな、素直に、謝る、すまん……たぶん、今日の、晩飯が、根こそぎ無くなってるだろうから」
いつの間にか姿を消していた、大雀の口に、生の人参が咥えられていた。
それはつまり、この教会から、食材という食材が、全滅した事を意味していたのだ。
(やはり、こいつだけは、好きになれぬ)
「ごめんなさい、何ですか、その目は、少なくとも、ここにいる連中全部足したよりも、私ひとりの方が、生きる価値のある存在だと思うのですが」
ぽりぽり、と、ロシナン子のように、人参を齧りながら、そんな事をのたまう大雀だが、これは、間違いなく、彼女の本心であろう。
理由は違えど、石頭二人が、爆発してしまう前に、ここを離れるのが正解だろうと考え。
御用猫は、足早に、今度こそ、教会を後にしたのだった。




