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続・御用猫  作者: 露瀬
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魔剣 いとのこ 9

 大雀は、御用猫の目から見ても、まことに、ぐうたら、な女であった。人の数倍飯を食い、それ以外には、割り当てられた部屋に引きこもり、ずっと、寝ているのだ。


 田ノ上老は、なにやら大雀に興味津々な様子で、何度も木刀を握らせようとするのだが、彼女は、断固としてそれを拒み、稽古どころか、風呂にすら入らない。


 流石に、黒雀のように、御用猫が風呂まで付き合う訳にもいかず、しばらく放置していたのだが、見たところ、呪いで身体の洗浄が出来るわけでもなさそうだった。


 ついに痺れを切らしたティーナが、引き摺るように風呂に連れて行ったのだが、先に上がった大雀は、全裸のままで大の字に、居間に転がっていたのだ。


 さすがに動かす訳にもいかず、男性陣は、仕方なく、いろんな角度から、ふむふむ、と、それを見守っていたのだが、風呂から上がったティーナは、何故か烈火の如く怒り出し、その日の夕食は、大雀が一人で平らげ、御用猫達には、哀れにも、大根飯の一膳だけしか許されなかった。


「猫よ、これはいかぬ、お主、餌になってこい」


「澄ました顔で、とんでもない事を言いだすんじゃないよ」


 きついお叱りを受けたらしい田ノ上老は、御用猫に、そう提案するのだが。


(まぁ、確かに、こちらから出向くのは、ありかも知れぬ、下手に長引かせれば)


「搦め手をつつかれるのも、面白うないしのう」


 敵は、此方の力を警戒しているのだろう、先日得た情報では、襲撃者の雇い主は、バリンデン一家で間違いはなさそうであった。田ノ上老が、ひとり使番として戻したそうだが、彼の事だ、おそらく、五体満足ではあるまい、余程の恨みを買っているだろう、腹いせに、マルティエの店に火矢でも射かけられては、御用猫の生き甲斐が失われてしまうだろう、それは、堪ったものではないのだ。


「そうだな、こっちは、俺と大雀が出るから、残りは五人か、いや、増員してるだろうな」


「まぁ、仕事はともかく、恨みは儂にあるだろうしの、来るなら此方よ、お前は、のんびり散歩でもしてくるがよい」


 取り分が減るのは困るな、と、田ノ上老に笑いかけ、御用猫は、井上真改二を掴むと、そのまま外に出るのだが、それをクロンが慌てて、薬医門まで追い掛けてきた。


「若先生! お一人で行くつもりですか、大雀さんを起こさないと」


「あぁ、大丈夫、ほっといても勝手について来るさ、そういう奴らだよ、あいつらは」


 はぁ、と返事はするものの、不安になったクロンが、ティーナに頼み彼女を起こしに向かわせたのだが、果たして、既にそこは、もぬけの殻であったのだ。




「お前もさ、あんまり、ごろごろしてんなよ? 一応、風聞とか、印象とか、あるだろう? 」


「蜂番衆の、ですか? ごめんなさい、あんなくそったれな里は、潰れてしまえと、常々、思っています、ごめんなさい」


 御用猫と大雀は、道場から東に向かい、街道を避け、目的地もなく進んでいた。日中でも、日が陰ると、少し肌寒くはあるが、先日、ホノクラちゃんに頼み、ようやく力を取り戻した彼の一張羅は、快適な暖かさを、服の内側に保ち続けている。


「むしろ、機会があれば、あのくそったれな女王蜂と一緒に、叩き潰してやりたいとさえ思います、ごめんなさい、これは内緒でお願いします、ごめんなさい」


 独特の甘ったるい声で、しかし、野生の獣のような厳しい顔つき、謝罪に紛れて吐き出す言葉にも、どこか、下品さを感じるのである。


「ふぅん、志能便ってのは、里に忠実だと思ってたけどな」


「命令には従いますよ? 命令でなければ、こんないけ好かない男の護衛なんて、ごめんですごめんなさい」


 どうにも、この甘い声のせいで気が抜けるのか、暴言を吐かれているのに、腹も立たない御用猫である、しかし、もしも、これで役立たずならば、みつばちに、どんな罰を与えるべきであろうか。


「まぁ、バリンデンさんが現れたら、適当に挨拶してくれよ、もし、数が多い時は逃げるからな、ちゃんとついて来いよ? 」


「たとえ、雑魚が何匹集まろうとも、雑魚は雑魚です、恐るるに足りません、あ、ごめんなさい、先生も雑魚でしたね、逃げてください、一応、お守りしますので」


 ふむ、と御用猫は顎をさする。彼女の実力は知らないが、みつばちの言葉を信用するなら、アルタソマイダスにも匹敵する戦闘力なのだというのだ、増長するのは仕方あるまいが、それで死なれるのも、気分が悪いだろう。


「世の中にはな、思いがけない実力者も、隠れてるもんだ、気を付けるに越した事は、ないだろう、お前だって、田ノ上の親父相手なら、楽にはいくまい? 」


「あの、お爺様ですか? 若い女房に鼻の下を伸ばして、ごめんなさい、気持ち悪いです、いやらしい」


 御用猫は、思わず大雀の頭を叩こうとして、ぴたり、と手を止める、迂闊に叩けば、ビュレッフェの二の舞になるだろう。


「こら、他人の幸せは、祝うもんだぞ? ティーナの機嫌が良いと、お前だって、美味い飯が食えるんだからな」


「わかりました、ごめんなさい、でも、どちらにせよ、私に斬鉄は効きませんから、お爺様は、大人しく引退しておくべきですよ……はぁ、クロスロードでは、街を歩くだけで、因縁を付けられますし、本当、身の程実力知らずの多いこと、頭を潰すのも面倒ですし、みつばちの奴には、困ったものなのです、ごめんなさい、猫の先生からも、よく言っておいてくださいね、私は、つまらぬ事で、あくせく働く、安い女ではないのです」


 そういえば、ゆっこの親を捜索した際に、大雀も参加していたか。クロスロードでは、山エルフはドワーフと呼ばれ、非常に嫌われている、三十年前の戦が原因ではあるのだが、それ以前から、余り良い印象は持たれていなかったのだ、黒エルフと同じく、人間種との、見た目の違いが大きいからであろう。


 御用猫は、大雀の、膝まで届く長い腕を隠す、カーテンの様なマントに目を向ける。


「それに関しては、俺のせいでもあるか……悪かったな、でも、そうか、その為のマントか」


「これですか? そうですね、絡んできた奴を、二、三人叩き潰したんですけど、そしたら、この腕が、目立たぬようにと、さんじょうが……でも、背中は邪魔だったので、切り取りました、ごめんなさい」


 大雀の言葉に、御用猫が足を止める。何を言った訳でもないが、彼女も歩みを止めると、首を傾げて、彼の、次の動きを待つのだ。


「……殺したのか? 」


「ごめんなさい、絡まれたので、やりました、でも、相手が悪いのですし、それに、ちゃんと、謝りましたから、大丈夫です」


 御用猫は、胃の中に、焼け石を飲んだような、熱が拡がってゆくのを感じた。彼は額に手を当てると、顔の筋肉を揉みほぐし始める。


「……おい、大雀よ、目には目で返せ、って言葉を、知ってるか? あれはな、必ず報復しろって意味じゃない、仕返しをな、やり過ぎるなって教えなんだ、知ってたか? 」


 低く、落とした声で、御用猫は、ゆっくりと、子供に諭すように、そう、告げたのだが。


 それを聞いた大雀は、彼が出会って初めて聞く、楽しげな、高い笑い声を、甘く、可愛らしい笑い声をあげるのだ。


「あははははははははっ、ごめん、ちゃんちゃら可笑しくって……先生、猫の先生、話は聞いてましたけどぉ、やっぱり、馬鹿なんですね! あははっ、なら、馬鹿にでも分かるように、ちゃあんと、教えてあげますね……さて、絡まれて、暴言を吐かれます、そしたら、言葉で返せと、そう、先生は言うんですけど、そんなもんで収まる訳ないですよね? そうなれば、次には、暴力が来ますよね? だから、殴り返しますよね? じゃあ、次は、何でしょーうかっ? 」


 後ろ越しに手を組み、片足を出して上体を曲げ、御用猫の顔を覗き込む大雀は、厳つい顔の割には、可愛らしく見えた。


 見た目だけは。


 沈黙したまま、大雀を睨む御用猫に、彼女は溜息を吐いて肩をすくめる。


「ぶぶー、ばーか、時間切れでぇす、正解は、刃物です、武器です、殺しの道具でしたぁー! ……さて、どうします? 刺されてから、刺し返しますか? ちがいますよね? 刺される前に、刺さないと! 死んじゃうじゃ、ありませんか! そうなのです、だから殺します、因縁を付けられたら、即、潰して良いのですよっ! はい、論破です、ごめんなさぁーぃ! あははははははははははっ! 」


 くるくる、と、御用猫の周りを、踊るように廻りながら、大雀は、笑い続ける。


(こいつは……ちがう)


 しかし、御用猫が否定するのは、大雀の考え方では無い、彼女の言うことにも、確かに、一理はあるのだ、気に入らない意見ではあるが、人の善意を持たぬ畜生も、確かに、此の世には溢れているのだから。


 御用猫が否定しているのは、殺しを正当化する為の、彼女の言い訳。


 今の会話で、御用猫は気付いた。


 金の為でも、身を守る為でも、名誉の為でも、誰かに、強要されてでもない、自身の快楽の為ですらない。


 何となく、そう、彼女は、何となく命を奪い、後付けで、理由を考えているのだ。


 アルタソマイダスの様に、人の命に、価値を感じぬ訳でもない。命の尊さも、人の感情も、大雀は理解している、その上で。


(どうでもいい、と、思っている)


 だがしかし、そう、思っているのに、他人から、そうだと思われるのは、たまらなく嫌いな奴なのだ。


 だから、どうでもいい理由をこねくり回すのだ。


 これは、嫌な女だ、風呂を嫌うのは、その醜悪な臭いを、悟られぬため、本性を、隠すためではないのか、とすら思えた。


 みつばちが、あれ程に、御用猫に大雀を付ける事を渋ったのには、こういった理由があったのか、と、漸くに、彼は理解した。


 これは、確かに、好かぬ奴ではある、しかし。


「ごめんなさい、お仕事です、ちゃんとしますから、猫の先生は、後ろで、ぷるぷるしておいてくださいね」


 この騒動が、収まるまでは、我慢せねばならぬだろう。


 林の中から現れる、斧を持った巨漢と、五人の男達を見ながら。


 御用猫は、大きく息を、吐き出すのであった。



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