魔剣 いとのこ 6
「……御用猫に、やられたのか」
薄暗い大部屋の中で、バリンデン一家は、ベッドを囲み、一堂に会している。
声を発したのは、家長である、モイライモイ バリンデン。ずんぐりとした印象の、初老の男で、短く刈り込んだ黒髪の、長いもみあげにだけ、白髪が混じっているが、あまり、老いを感じさせぬ、覇気に満ちた男であった。
普段ならば。
囲まれていたのは、末子であるジョルト バリンデン。呪いの才能に溢れた若者で、モイライモイは、最初、彼を堅気にするつもりであったのだが、少年は、家族と共にある事を選んだ。
しかし、その少年は、見るも無惨な有様で、かつて、裏の顔を知らぬ者は、みな、溌剌とした好青年だと評価した、彼の爽やかな細面も、今は赤黒く染まり、弛んだ顎から、ひゅうひゅう、と、空気を漏らすばかりであるのだ。
息子達の、鼻をすする音を聴きながら、モイライモイは、復讐を固く決意する。
そして彼は、力無く首を振る愛息子を、ゆっくりと抱き起こすと、優しく頭を撫でながら、言葉を続けた。
「ならば、田ノ上ヒョーエか、よし、分かった、奴等は、父が、兄らが、必ず、仕留めてやろう……お前は、ゆっくりと、休んでおけよ」
涙を流す息子を、抱き締める腕に、力を込める。この末子の、細く垂れ下がった腕には、まるで手応えが無いのだ、あの悪魔どもは、未来ある若人の、両腕と顔の骨を、砕きに砕き、二度と、まともな暮らしが出来ぬようにしてしまったのだ。
「おお、ジョルトよ、愛する息子よ、父の胸で眠れよ、眠れ」
モイライモイは、ぎりぎり、と、丸太の様な太い腕で、息子の身体を締め上げる。
その、あまりの締め付けにて、ジョルトの顔に、苦痛の色が浮かぶ寸前、彼の首が、一回転した。
「親父、行くぞ、今、直ぐにだ! 」
弟の頭を元に戻すと、その額に口づけし、長兄のビッタンが吠える。細長い身体と金髪は、弟達の誰とも似ていない、バリンデン兄弟は、皆、異母であるのだ。
「待て、ジョルトは、へま、をしていない、田ノ上は、「石火」のヒョーエは、やはり本物なのだ」
「だったらなんだ! これは、親父のへまだ、お前が拭わなくてどうするのだ! 」
顔を青くして憤る兄を、巨漢が制する。歴戦の勲章か、大きな傷で上唇が裂け、黄色い前歯が剥き出しの男は、次男のバンス。
「兄貴、言い過ぎだ、親父に謝れ」
じろり、と弟を睨むビッタンであったが、他の弟達も、同意見であるようだ。
「……くそが、なんで、ジョルトが、優しい奴だったのに……仕事が終わったら、オランで、海を見ようって……ぐふっ……すまねぇ、おやじ、すまねぇ、ジョルト」
ベッドに泣き崩れるビッタンを、父は、末子の亡骸と共に抱き締めるのだ、彼が、誰よりも、末の弟を可愛がっていたのを、知っていたから。
「やつばらは、必ず殺す、これは、もう仕事じゃねえ、ジョルトの弔い合戦だ、キッチョン、ボルト、ふくろうの所で、人を集めて来い、とびきりの腕利きだけだ、金に糸目は付けねえ、直ぐに行け」
壁に立て掛けた長剣と小剣を引っ掴むと、二人は無言で走り出る。
(そういえば、御用猫とかいう餓鬼に、赤目が取られた、と聞いた時は、何の冗談かと思ってたが……奴は恐らく「石火」にやられたのだ、違いない、そうならば、納得もいく)
かつての商売敵の事を思い出しながら、モイライモイは、立ち上がる。
ロンダヌスで、バリンデン一家に弓引く者は、たとえ教会の関係者だろうと、皮を剥いで馬車引きしてきたのだ、「黒馬車」のバリンデン一家といえば、まさに、泣く子も黙る闇討ち屋であったのだ。
「クロスロードで、舐められる訳にはいかねえ、奴らを吊るして、晒して、骨になるまで、引き摺り回せ! 」
獣の様に吠える息子達を、頼もしげに眺めながら、一家の家長は、急速に冷たくなってゆく、息子であったものを、もう一度だけ、抱き締めるのだ。




