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続・御用猫  作者: 露瀬
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魔剣 いとのこ 5

 近所の農家に使いを頼み、御用猫達は、死体の後片付けを行なっていた。


 武器と共に一箇所に集め、戸板に乗せてゴザを被せる。クロンは、やや、顔色の悪い様子であったが、長剣使いを見事斬り倒し、今は、自分の右手を何度も握っては開き、その感触を思い出していた。


 ビュレッフェが、何かと話しかけてはいたが、どうにも、上の空であるのだ。


(まぁ、最初は、あんなもんか)


 御用猫にとって、既に乗り越えた感傷ではあるが、あの感触を忘れるのは、恐らく、一生無理であろう。


 余計な事を思い出しそうになり、御用猫は、空に視線を送ると、別の思案を始めるのだ。


「……親父は、上手くやってるかな」


 決戦を前に、ふらりと消えた田ノ上老であったが、御用猫は、彼の、そういった勘働きを信用している。


 例え、呪いを使えぬ者であっても、何か、説明の出来ぬ力を働かせる事はある。


 それは、第六感だの、虫の報せだの呼ばれる感覚であったり、人並外れた膂力であったり、集中力であったりするのだが。


 芸術家が作品に魂を込めるように、一途な情念が想いを遂げるように、道を修めた剣士達には、敵を察知したり、斬撃の軌道を見極めたりと、凡人には及びもつかぬ世界が見えるものなのだ。


「大先生なら、きっと大丈夫、でも、案外、大した事なかったね」


 ティーナの方は、平然としたものだ、オランの荒波に揉まれた彼女には、この程度の修羅場、慣れたものである。


(なんとも、俺の周りには、強い女ばかり集まるものだ)


 しかし、田ノ上老には、これくらいの強かな女でなければ、釣り合いが取れまい。


「なぁに、先生? にやにやしちゃってさ」


「いや、なに、祝言は、盛大にしてやろうかな、と、思ってさ」


 もうっ、と、赤くなって彼の尻を蹴るティーナの姿に、ビュレッフェとクロンは顔を見合わせ、たちまちに吹き出すのだ。


「しかし、辛島よ、大物と言う割には、確かに手応えが無さ過ぎる、それとも、ロンダヌスの賞金首とは、この程度のものだったか」


 親友の笑顔に安堵したのか、少しばかり上機嫌に、ビュレッフェが軽口を叩き始める。


「そんな訳、なっ!」


 ビュレッフェの肩を叩こうとして、御用猫は飛び退る。隣に、見知らぬ人物を見とめたからであった。


「ぬっ! 」


 即座に反応し、長剣に手をかけたビュレッフェだったが、その腕が、上に弾かれる。びりびり、と痺れる右手を振りながら、彼も距離を置いた。


「何奴だ!」


「ご、ごめんなさい、驚かせてしまいました、悪気は無かったのです、本当にごめんなさい」


 深々と頭を下げるその人物に、皆が絶句する。


 何から何まで、違和感しか覚えぬ女であった。


 身長は、ビュレッフェと同じ程度、百八十センチ後半であろうか、彼に負けじと厚い胸板、太い腕には、隆起した筋肉が生み出す無数の筋と、無数の傷。


 この季節であるにも関わらず、半袖のシャツと、丈夫そうな革のパンツに、大きく背中の開いた、変わったマントを着けている。まるで、両肩にカーテンを下げているようだ、と、御用猫は思った。


 濃い金髪は無造作に短く切りまとめ、腰の低い態度の割には、黒い瞳は鋭い視線を振りまいている。


 尖った短い耳と、膝に届く程の長い腕は、彼女が山エルフであると告げていた。


「……お前、ひょっとして、大雀とやらか? 」


「はい、ごめんなさい」


 いかつい姿の女は、再び、ぺこり、と頭を下げる。


 いかつい姿であるだけに、妙に甘ったるく、子供のように高い声が、違和感を倍増させていた。


(話には聞いていたが、なるほど、こいつは、また、変わった奴だ)


 ぺこり、ぺこりと頭を下げる度に、じゃらじゃら、と太い鎖が音を立てる、後ろに背負った、彼女の身長程もある、異形の大金棒を、固定する為のものだろうか。


「何だ……これは、一体、何十キロあるのだ、こんな物が、振れるのか? 」


 興味深げに、ビュレッフェが手を伸ばすが、その手は、またもや弾かれる。


「ぐっ、見えん!?」


 痺れる右手を抑え、驚きの表情を「雷帝」は浮かべるのだ。


「ごめんなさい、女の子なので、むやみに触られるのは、嫌いなのです、次は殺します、ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げる山エルフに、何と返して良いのか、ビュレッフェも分からないのだろう、救いを求め、御用猫の方を見るのだ。


「とりあえず、飯にしようか、準備が終わる頃には、親父も帰ってくるだろ」


 ティーナに支度を頼むと、御用猫は、突然現れた山エルフを、ちょいちょい、と呼び寄せ、道場の濡縁に腰掛ける。


 どすん、と四角い金棒を降ろす大雀は、しかし、大した力を込めた様子もない。


「……それは? 」


「ジャイアントタッカーです、針が出ます」


 彼女の説明は、よく分からなかった、そもそも、御用猫が聞きたかったのは、腕に着けた、変わった形状の手甲の方であったのだが。


「……まぁ、いいや、おいおい話してもらおう、とりあえず、皆がびっくりするから、突然現れるのは、今後禁止な」


「はい、でも、猫の先生の命令を、聞く義理はありません、ごめんなさい」


 確かに、その通りではある、この山エルフは、みつばちと違い、御用猫が直接雇っている訳ではないのだから。


「なら、お願いします、出来るだけ、気配を消して近付かないでくださいね」


「はい、分かりました、気を付けます、でも、この程度の隠形は、隠れたうちに入りませんよ、雑魚共が」


 御用猫は、鼻柱を揉みほぐす、どうにも、厳つい顔と、甘い声の、あまりの落差に追い付けないのだ。


「おまけに毒舌か、疲れるなぁ」


「ごめんなさい」


 頭を下げる山エルフには、しかし、あまり、申し訳ない、といった感情は見られなかった。


 どちらかと言えば、顔の造りは、美しい方であろうが、これは、間違いなく、面倒な女である。


「まさか、黒雀を有り難がる日がくるとはなぁ、早く帰ってこないかなぁ」


「ごめんなさい、猫の先生は、幼児性愛者だと聞いてはいましたが、実際に目にすると、やっぱり気持ち悪いです、ごめんなさい」


「うわ、腹立つわ、こいつ」


 みつばちの提案を受け入れた事を、早速に、後悔し始めた御用猫であったが、戦力的には、期待できそうだと、ならば、構わないのではないかと。


 この時までは、そう、思っていたのだ。



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