魔剣 いとのこ 4
果たして、それを襲撃者と呼ぶべきかは、議論の別れるところであろうか。
御用猫が、田ノ上道場にてバリンデン一家を待ち構えようと決めてから、それは、二日後の事であった。
確かに、志能便共の連絡網を使い、それとなく情報を流したのは、田ノ上道場に敵を呼び込む為であったのだが、まさか昼日中に、正面から、堂々とやって来るとは思いもしなかったのだ。
四頭立ての黒い馬車は、噂通りの威圧感にて、馬蹄を鳴らし、ゆっくりと敷地内に進入してくる。
「これは……たまげたなあ、余程に自信があるのか、それとも」
「此方を、舐めてかかっておるな、ふん、目にもの見せてくれるわ」
三人の中央に構えるビュレッフェは、鼻息も荒く、早速に自慢の長剣を引き抜いた、少々、昂ぶっているだろうか。
「ビュレッフェ、おそらく間違いは無いでしょうが、逸り過ぎですよ」
クロンの方は、落ち着いたものであったが、彼も普段通りでは無いと、御用猫は判断する。
「雷帝」の二つ名を持つ、実戦経験も豊富な男が、何故に、こうも入れ込み過ぎているのかを、理解していないのだから。
ビュレッフェは、人を斬るのが初めてであろう親友の為に、クロンの為に、彼を守ろうと、意気込んでいたのだ。
(まぁ、その辺りの援護は、ティーナに任せれば安心だろう)
実際に、実力を知る御用猫にとって、ティーナの呪いの腕は、なんとも心強い限りである。今は身を隠しているが、戦闘が始まれば得意の人魚針で援護してくれるだろう。
「伏せ兵は居ないか……手土産も無いみたいだし、お喋りするつもりはないのかな」
井上真改二の鯉口をきり、御用猫が一歩前に出る。
それに合わせた訳でも無かろうが、馬車の中から、ずらずら、と六人の男達が現れた。
弓、槍、斧、長剣、小剣、無手。
各種取り揃えたる武器は、各々の得物であろう、確かに情報通りだ。しかし、体格も年齢も、ばらばら、であったし、家族と言う割には、何か一体感というか、繋がりを感じない集団である。
「念の為、聞いておくが! お客さんじゃないんだよな? 」
答えの代わりに、首領格とおぼしき弓使いが、きりきり、と複合材の短弓を引き絞る。
後は、全員が一斉に動き出した。槍、斧、長剣の三人が前に出る、御用猫達をそれぞれ迎え撃つようだ、小剣使いと無手の男は、大きく左右に膨らんで走り込む、背後を狙うのだろうか。
御用猫は、しかし、落ち着いていた。これは、なんとも楽な仕事なのである。ビュレッフェとクロン、それにティーナを加えた三人で、相手方の三人を相手してもらえば、それで良いのだ、自分が目の前の二人を始末すれぼ、後に残った一人は、どうとでもなるだろう。
「ぬふうぅん! 」
一直線に前に出たビュレッフェの一撃は、巨漢の斧使いの、脳天に落とされた。相手も一応は、斧で受けたようであったが、そのまま押し斬られたようだ。
大した一刀である。以前の、夜街に入り浸り、女にうつつを抜かしていた男とは、正に別人であろう。
そんなビュレッフェの様子を、ちら、と横目で確認した御用猫に、正面から槍が突き出される。
(この程度の誘いに乗るのか)
身体を捻って槍を躱すと、回転の勢いを利用して、脇差を投げつける。
しかし、投げた先は、御用猫の左手から回り込む、無手の男に、であったのだ。
「なんっ!?」
彼の初めてあげた声は、意表を突かれた驚きであったが、躱すこともままならず、喉から脇差を生やすと、そのまま頭から倒れ込む。
流れのままに、近過ぎる間合いの槍使いを突き飛ばすと、目の前を矢が通り過ぎた。御用猫は、再び違和感を覚えるのだ。
(味方に当たる進路だと? 援護にしても酷過ぎる、こいつら、まさか)
体勢を崩した男に蹴りを入れると、御用猫は弓使いに向けて走り出す。背後から槍使いの悲鳴が聞こえた、ビュレッフェであろう、既にあちらは片が付いてしまっていたのだ。
ティーナの人魚針の恐ろしさは、御用猫自身が良く知っている、あの様な素人どもに、対処できるものではないのだ。
遂に逃げ出した弓使いに、刀の鞘を投げつける。それを足の間に絡ませると、男は派手に転倒した。
「よし、喋るか、死ぬか、今選べ」
四つん這いに震える男に、追い付いた御用猫が、井上真改二を突き付ける。
「それは……どっちも死ぬだろうが! 」
転がりながら向きを変え、短弓を引く男は、しかし、御用猫の姿を見失うのだ。
最初から、そう、予想していた御用猫は、転がる男の死角に合わせて移動し、太刀を一閃する。
「あれっ? 」
弓と共に、ばらばら、になって飛び散る己の指を、間の抜けた声を発して眺める男の前に、御用猫は、もう一度、切っ先を突き付けたのだ、今回は、刃先が鼻の穴に刺し込まれていた。
「よし、喋るか、死ぬか、今選べ」
少しづつ、深くにめり込んで行く切っ先と、目の前の男に恐怖を覚え、弓使いは、股間を濡らす。
喋れば、依頼主に、黙れば、目の前の悪魔に、どちらを選ぶにせよ、彼の未来は、ここで途切れたのだ。
「……ちっ、やはり、もう少し、まし、な連中を雇うべきだったのだ」
田ノ上道場から、少しばかり離れた林の中、倒木の上に、腕を組んで座る男は、忌々しげにその眼を開く。
「物見の呪い」は、遠く離れた場所の映像を観る事が可能であるが、色々と制約も大きく、あまり、多用される事のない呪術であった。
「親父に、一度文句を言わねば、金はあるくせに、妙なところで、けちりやがる」
無手の男は、立ち上がると、ぱんぱん、と尻を叩きながら、軽い調子で、倒木から飛び降りた。
「ふむ、それは、いかんの、金は天下の回りものじゃ」
突然、背後からかけられた言葉に、男は、誇張無しに飛び上がる。慌てて振り返るが、そこには何の気配も無い。
当然であった、無防備になる物見の呪いを使うのだ、彼は何重にも結界を張り、近寄る者は、ネズミ一匹見逃さない筈なのだ。
そのはずで、あったのだが。
「遣う者が遣わねば、金は澱む、世の中も澱む……まぁ、安心せい、主らの汚い首代は、ぱっ、と遣うてやるわ」
「誰っ!」
再び振り返る男は、最後まで、言葉を発する事が出来なかった。一瞬にして、彼の下顎の、その骨だけを、木っ端微塵に、吹き飛ばされたのだから。
ぷらり、と、顎を垂れ下がらせ、バリンデン一家の末っ子、「呪い」のジョルトは、膝を付き、無意味に両手を蠢かせる。おそらく、自分でも何をしているのか、分かっていないのであろう。
「うふふ、まだ、殺しはせぬ、帰って、親父どのに伝えるがよいぞ、つまらぬ真似をせず、自分で来い、とな……ただし」
ぴぃん、と、何か、弦楽器の調律でもしたかの様な音。
「はへぇ」
弾けたのは、ジョルトの、小指の、骨だけである。
この様な技、世界広しといえど、遣える者は数人しか居まい。
「もう、遅いぞ? バリンデン一家の命運は、既に尽きたのだ、ひとりとして、残しはせぬ、わざわざ、山を越えてまで、死にに来るとは馬鹿な奴らよ……おい、坊主」
「石火」のヒョーエに睨まれ、哀れな男は股を濡らす。
「儂の弟子に手を出して、どうなるか、お前は見せしめよ……まぁ、歩けるだけは、残しておいてやる」
悲鳴をあげる事も出来ぬジョルトは、ただ、息と、泡を吐き出す事しか、叶わぬのだ。




