魔剣 いとのこ 3
「……ちょっと、何言ってるのか、分かりません」
田ノ上道場の屋内稽古場には、現在、練習生の姿は無い。
「いやいや、お嬢はなー、ちょっと無理だろーなー? 」
「俺らも無理だし、おウチ帰るし、一緒に連れてかないと殺されるしぃ」
青ドラゴン騎士二人を、床を叩いて黙らせると、少女は、可愛らしい眉を吊り上げ、御用猫をきつく睨むのだ。
「いや、本当は、俺が一番帰りたいんだがな、仕方ないから、サクラに譲ってやんよ」
「だから! 意味が分かりません! 何故ですか! ここに襲撃があるならば、私の力も必要なはずです! 」
ばしばし、と、床を叩きながら近付いたサクラは、そのまま御用猫の肩を叩き始めるのだ。
「そんな事を言われてもな、サクラよ、大手の闇討ち屋が、俺を狙っているのだ……お前が奴等ならば、どうする? まずは、急所を攻めるであろう? 」
「……それは、確かに道理ですね、ですが、それがどうしたというのですか? まさか、私が急所だとでも? 」
馬鹿を言うな、と、首を振りながら御用猫は両手を広げる。この、少々大袈裟な動きは、御用猫が他人を丸め込む時の仕草であるが、幸いにも、サクラには未だ気付かれてはいないのだ。
「マルティエの店はチャムに任せてある……高くついたがな、いのやには、みつばちが居る、あとは、誰だと思う? 俺の、守らなければならない急所は」
「それは……ゆっこちゃん! いえ、ですが、彼女にはアルタソマイダス様と、アドルパス様も」
「いつ来るか分からぬ襲撃者の為に、公務を蔑ろにする訳にも、行かないだろう」
何やら呟き、考え込む様子の少女に、御用猫は、肩を掴んで頭を下げる。
「上町を、自由に動ける人間には、限りがある、それが貴族の屋敷なら、尚更なのだ、サクラよ、頼む、お前だけが、頼りなのだ……頼む」
「……分かりました、ゴヨウさん、ゆっこちゃんの事は、私が責任を持って、お守りします! リチャード! そうと決まれば急ぎましょう! くるぶしも、いいですね」
なっふなっふ、と吠える仔犬は、その小さな姿からは信じられぬ程の力で、リチャード少年の足を咥えて、引き摺り始めるのだ。
「えっ? こ、こら、くるぶし! サクラ、僕は、若先生をお守りしないと」
「いいから」
二人掛かりで連れ出された、少年の姿が見えなくなると、御用猫は、小さく溜息を吐くのだ。
「済まない、そんな訳で、しばらくの間、厄介になる」
姿勢を正し、改めて頭を下げる御用猫の肩を、ウォルレンとケインが、持ち上げる。
「いやー、助かったわ、お嬢の説得には手こずると思ってたから、流石、猫のセンセは、女を騙させたら天下一品やわ」
「たまに様子は見に行くから、こっちは任せて、飲み会の段取りよろしく」
生きてたらな、と締めくくり、二人は立ち上がると、サクラの後を追う。
事情が事情である為、青ドラゴン騎士の練習生には、しばらく顔を出さぬよう、二人から頼んでもらっていた。
「……センセ、本当に、人手は要らないのかい? 」
ぴた、と立ち止まったウォルレンが、振り返らずに言うのだが。
「ウォルレン、私が残りますので、ご心配なく」
「おぅ、私達、だろうが……俺も、丁度、休暇が欲しかったのだ、大先生には一度、ゆっくりと稽古をつけてもらいたい、と思っていたのでな」
豪快に笑うビュレッフェの言葉を背に、ウォルレンとケインは、今度こそ、稽古場を後にする。
「ううむ、二人には、貧乏くじを、引かせてしまったな」
申し訳無さそうに、頭を掻く御用猫であったのだが。
「まぁ、貧乏くじとも限るまいよ、この二人は、どうも、人の斬りようが足らんでな、闇討ち屋が相手ならば、遠慮もいるまい……儂も、最近はご無沙汰でな、丁度良い、ちょうど、よいのだ」
にやり、と笑う田ノ上老は、端から見れば、悪党そのもの、といった態である。
「大先生ったら、そういうの、もう、やめてくださいよね、そろそろ、いいお歳なんだから」
ぷくり、と頬を膨らませるのは、ティーナである。流石に、自分に小袖は似合わぬと理解したのか、今日の姿は、何処にでも居そうな町娘の格好であったのだが、御用猫にとって、彼女の肌の露出が少ないのは、それはそれで、違和感を覚えるのだ。
「……ほぅ、儂が歳だと? ふむ、昨日の責め方では、ちと、足りなかったかの」
「おい、やめろ! 生々しいんだよ! そういうの、聞かせんじゃねーよ! 」
両手で顔を隠すティーナに、視線を向けぬよう、御用猫は意識する。何やら、此方まで恥ずかしくなるのだ。
ビュレッフェとクロンは、楽しげに笑っていた、ティーナの存在は、半ば公然の秘密であり、練習生達の中には、既に「奥さん」と呼ぶ者もあった。
「ところで、猫よ、バリンデン一家であったか、その依頼主、分かっておるのか? 」
田ノ上老の顔は、既に野獣のそれである。彼は、こういった荒事が、楽しくて仕方ないのだ。これは、もう、本能なのだ、抑える事など、出来よう筈もない。
「どうせ、ダラーンか、ふくろうか……ヘイロンの線もあんのかな? あれ程の大物だ、雇う金と、恨みがあるのは、そのあたりかな」
「ふむ、どうする、それを吐くような素人ではあるまいし、この際、全部やるか」
御用猫は、呆れてものも言えない。この老人は、本気で言うから、質が悪いのだ。
話すうちに、段々と、興が乗ってしまったのか、それとも、若い女とまぐわって、精神的な若さを取り戻したのかも知れない。
「なぁ、クロンよ、師匠は、ちゃんと選ぶのだぞ? 」
コブダイの様な、しかし、愛嬌のある顔つきの男は、御用猫の知る限り、優しい性根であった筈なのだが。
「いえ、分かるお話です、それより、今回の件については、正直、若先生に、感謝してもいるのですよ」
こうなった原因は、御用猫にも、あるのかも知れない。
(せめて、リチャードだけは、守ってやらねば、なるまいか)
深く吐き出した、御用猫の溜息は、ティーナのそれと、全く、同時であったのだ。




