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続・御用猫  作者: 露瀬
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魔剣 いとのこ 2

 御用猫は、怠惰な生活を送っていた。


 先日、かろうじて、生命の危機を乗り越えた事による、脱力感もあったのだが、一番の理由といえば、単純に、この少女が、張り付いて離れなかった、という事であろう。


 朝食を終えれば、彼に張り付き、日暮れまで惰眠を貪る、夜になって起き出せば、もそもそ、と、膝の上に登り、給餌をねだり、くつろぐ御用猫の風呂に進入してくれば、頭を洗えとせがむのだ。


 今も、タオルで全身を拭ってやると、下着姿のままで御用猫を押し倒し、ちうちう、と、鎖骨の辺りから、何がしかを吸い始めるのだ。


「なぁ、黒雀よ、なんとなく、何かが無くなってしまいそうだから、そろそろ、やめてくんないかな? 」


「や」


 一体、何が楽しいものか、張り付いたままの、彼女の頭を撫でながら、御用猫は、溜息を吐くのだ。


「それで? みつばちよ、何があった」


 御用猫は、側に控えるくノ一に声をかける、先日の騒動以来、姿を消していたみつばちであったのたが、どうも、ただ単に逃げ出していた訳でも無いようだ。


 無表情の中にも、何やら緊迫感を漂わせる、この志能便は、ほぅ、と短く息を吐き出し。


「お分りでしたか……流石、猫の先生です、なれば、私の、この溢れる想いにも、早めに気付いて欲しいものなのですが」


「おう、気付いてる気付いてる、それで? 何か問題があるのか? 」


 黒雀を抱えたまま、ベッドの上で上半身だけ起こすと、御用猫はみつばちと向かい合う。軽口は叩き合うものの、お互い、表情には、一切の遊びが無いのだ。


「……どうも、猫の先生を、仕事にする依頼があったようなのです」


「へえ、随分と久しぶりだな、そういや、ふくろうの所に持っていけば、金になるとかも言ってたな」


 あまり思い出したくも無い話であったが、御用猫の首には、それなりの金額がかかっているのだ。裏の賞金首と言うべきか、最近は大人しくなっていたのだが、彼を狙う闇討ち屋は、決して、少なくない。


「ですが、今回のは、大物です「黒馬車」のバリンデン一家……家族総出で、ロンダヌスから山を越えたとか」


「ん、聞いた事ある、確か、六人合わせて一億だったか、こりゃ、大仕事になるな」


 特に慌てた様子もなく、黒雀の頭を撫でる御用猫に、みつばちは、ほんの少し、声の調子を上げる。


「皆さん言っておられますが、先生は、もう少し、危機感というものを持ってください、とりあえず、この店には、しばらく近付かぬよう、田ノ上道場で生活をお願いします……それと、黒雀の事なのですが」


「あぁ、そういうことか、護衛のつもりだったか、まぁ、有り難い話だが、もう少し、距離を取るように言ってくれ、俺のイドは、枯渇寸前だぞ」


 みつばちは、しかし、珍しく困ったように視線を逸らし、もごもご、と口ごもるのだ。


「……いえ、その、黒雀は、少し調整が必要なので、里に返します、しばらく、働くことは出来ないでしょうから、代わりの者を」


「おい」


 低い、声であった。おそらく、御用猫自身、予想外の事であったろう。


「こいつは、嫌がっているのでは、ないのか? 無理矢理に、何かの施術をするというのなら」


 みつばちは、少しだけ俯くと、小さく首を振るのだ。


「先生……雀蜂は、みな、身体的にも、精神的にも、過剰な強化を行っております、定期的な調整は、必要不可欠であり、それを拒むのならば、遠からず死を迎えるでしょう」


 御用猫は、目の間を揉みほぐす。志能便どもの常識には、慣れたつもりであったのだが。


「それで? 何か問題があるんだろう」


「黒雀の場合、調整の結果、廃棄される可能性が……四割ほど」


 そうか、と、短く呟き、御用猫は黒雀の頭を撫でる。平静は装ったが、心臓の方は、まるで早鐘を鳴らしたようだ、二人共に、気付かれてしまっただろう。


「……いざとなれば、チャムを寄越す、決して、性急な真似はさせるなよ? 」


「了解しました、私の責任において」


 御用猫は、再び、ごろり、と横になる。そういった理由であるならば、もうしばらくは、黒雀の好きにさせてやろう、と考えるのだ、バリンデン一家など、些事に過ぎない。


 何とは無しに、黒雀の小さな身体を抱き締める御用猫を見て、少しばかり、羨ましそうな顔を見せた、みつばちであったが。


「先生、それに関して、ひとつ、謝らねばならない事があります」


「先に、代筆の件について謝れよ」


 全くの無表情で、それを無視するみつばちを、爪先で蹴り上げながら、御用猫が耳にしたのは。


「黒雀の代わりに、先生の身辺警護を担当させる者なのですが……この様な非常事態でありますし、正直、姫雀や紋雀では力不足かと……その」


 何やら、はっきりとしない様子のみつばちに、御用猫は首を傾げるのだ。志能便どもの常識の無さは、今に始まった事ではない、代わりに来る者が、多少の精神異常者であろうと、御用猫は驚きもしないのだが。


「おそらく、先生の、最も嫌いな部類の人間でしょうが……戦力としては、比肩なき者なのです、どうか、しばらく、ご辛抱頂けたら……」


「なんだ、よく分からんが、人間性に問題があるなら、無理に側仕えする必要もない、というか、お前らは、前に出すぎなんだよ、少しは忍べよ」


 忍ぶな、と指示したのが、自分であった事を忘れてしまったのか、意外に良く伸びる、黒雀の肩甲骨の辺りの皮を摘みながら、御用猫は軽口を叩くのだが。


 彼は、拒否するべきであったのだ。


「んで? 誰がくるんだ? あんまり大食いだと、ティーナとサクラが煩いからな、食費を多めに入れとかないと」


「……大雀にございます」


 みつばちの声は、少しだけ、沈んでいた。


 御用猫は、拒否するべきであったのだ。



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