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続・御用猫  作者: 露瀬
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銀盤踝 9

 御用猫達を乗せたラバ車は、奥森の中を進んで行く。木材の搬出用に敷設された道路は、流石に街道とは比べるべくもないのだが、森エルフ生来の真面目さで、良く手入れされており、穏やかな気候に調整された純林の中は、近くを流れる小川のせせらぎと、何処からか聞こえてくる鳥声の他は、凛とした透明な、空気に満ちていた。


「すごい、なんて綺麗な森……これが、帰らずの森なんですね! ゴヨウさん! 」


「まだ違うよ」


 赤い顔の少女が、ばしばし、と、くるぶし片手に御用猫の背中を叩く。何やら、随分と怒りのこもった平手であった。


「確かに、此処も奥森と呼べるでしょうが、本来の姿を残す、我らの森は、もう少し先になるでしょうね」


 まだ、若くも見える案内役のエルフが、サクラに声をかけてくる。いつぞやも出会った二人だ、この、ローエとイリヤラインは、兄妹であるそうなのだが、このまま相手が居なければ、いつか、つがいになるらしい。


 当初、御用猫に出会った二人は、どこか落ち着きの無い様子であった。彼らは、ブブロスの討伐にも参加していたのだが、あの事件の後、色々と、思うところもあったのだろう。


「お? 見覚えがあるな、確か、ローエとイリヤラインか、久しぶりだな」


 なので、御用猫が自分達の名前を覚えていた事には、大層驚き、その後、彼に、改めて謝罪をしてきたのである。


「なに、そんな昔の事を、馬鹿らしい、そもそも、あれは、お互い様だろう? もう気にするな、少なくとも、俺とお前らは、恨み無し、だ」


 柔かな笑顔で右手を差し出すと、人間式、の挨拶を交わし、互いの紹介をする。


 御用猫は、賞金稼ぎである。ひと目見て、名前を聞けば、そうそう忘れる事はない、もちろん、これは、当時、このエルフ達を信用していなかったからなのだが、今回は、その特技が役に立った。


 そのせいで機嫌を良くしたのか、饒舌になって会話をする二人に、サクラなどは、本物、の、森エルフに会えたと、大興奮であったのだ。何やら、荷台からチャムパグンの文句も聞こえてきたが、彼奴は、既に、エルフの範疇では語れぬ存在だろうと、御用猫は無視を決め込むのだ。


 楽しく歓談しながらも歩みは続き、天然樹海を越えて「ジャガーと翼蛇」の氏族が住まう、集落に辿り着いた頃には、すっかりと、皆が打ち解けたようで、イリヤラインなどは、リチャードの側で彼を見つめたまま、離れようとしなかった程なのだ。


「御用猫の先生、お元気でしたか」


 両手を広げたオーフェンに、彼は、どきり、と肩を浮かせ、きょろきょろ、と周囲を確認した後、森エルフの若族長に右手を差し出すのだ。


「オーフェンよ、今のは、わざと、だな? この返しは痛いぞ? 」


「あはは、最近は、人間式の冗談も、覚える様にしていますので」


 肩までの金髪を、耳に絡めて揺らすエルフは、以前と同じく、柔らかな雰囲気ではあるが、何処と無く感じていた頼りなさは、薄れてきたようだ。


「は、初めまして! サクラ マイヨハルトと申します! いつぞやは、ゴヨウさんがお世話になったそうで、ありがとうございます」


 保護者か、と呟く御用猫と、続けて挨拶するリチャードに目を向け、笑顔で対応するオーフェンであったのだが、ふと、サクラの腕に抱かれる月狼に視線を留めた。


「あぁ、こいつの事は、後で説明させてくれ、それより、ドビットは? 」


「……先程から、居ますよ、ここに」


 相変わらずですね、と呆れた様に溜め息を吐く、銀髪緑眼のエルフに、しかし、御用猫は、びっ、と指を突き付けるのだ。


「嘘を付け、俺の知ってるドビットは、全身銀色で、かちかち、な女だ、もっと、つんけんした女であった筈だ、こんな、腹を膨らませて、幸せそうな顔をする奴じゃない……良かったな、おめでとう」


「ふふ、ありがとうございます」


「わ、わ、妊娠なさってるんですか? 全然、目立たないので、気付きませんでした、そうか、それで、ゴヨウさんが呼ばれたんですね、あぁ、でも、どうしましょう、ゴヨウさん、お祝いの品とか、私、用意してません」


(保護者か)


 右へ左へ、身体を捻るサクラをリチャードに押さえさせ、御用猫は、荷台から小包を取り出す。


「なら、ちょうど良かったな、これを、祝いの品に代えさせてくれ」


「これは……どうしましょう? オーフェン」


 少しだけ困った様に、ウィンドビットは、夫の顔を伺うのだ、森エルフの常識からすれば、既婚女性が、異性からの贈り物など、受け取れるはずも無いのだ。


「いえ、これは、祝いの品です、私達二人に贈られたものでしょう、御用猫の先生との、友誼の証として、ウィンドビット、受け取りましょう」


「そういう事だ、まぁ、開けてみてくれよ」


 オーフェンが包みを開くと、皮の腕輪が、一対と、小さな包みがひとつ、現れる。腕輪の方は、金と銀の細工物で、皮を押さえる仕組みになっていた、真ん中には、小指の先ほどの、透明な美しい宝石がはめ込んである。


「これは……人魚の、涙……この大きさは、信じられない、いったい、どれ程の魔力を込めてあるのか」


「石については、おチャムさんの作だ、ちなみに、銀色の方が、ドビットのだからな、いつまでも、その腕輪じゃ、見た目が悪いだろう」


 ウィンドビットの左手首には、ぐるりと一周、傷痕が残っている。これは、御用猫が彼女の手首を斬り落とした時に、ついたものであったのだが、彼は、内心、女性の肌に傷を付けた事に、罪悪感を覚えていたのだ。


 もちろん、あの時は、ああする他に無かった、と、今でも思っている。もしも、ウィンドビットが、もう少し手強かったならば、御用猫も手加減は出来ず、殺していた事だろう。


 この様な真似で、許された気になる、というのは、我事ながら、気持ちの悪い偽善だ、とも思うのだが。


「ありがとうございます……ですが、この傷は、私自身への戒め、貴方の気持ちは、右腕に、着けさせて頂きます」


 にっこり、と笑うウィンドビットは、既に、母の顔を見せ始めていた。


(なんと、これは、完敗だな、見透かされた上に、少々、意地悪をされたか)


 完敗ではあるが、なんと、気持ちの良い敗北であろうか、これは、母は強し、と、いう事なのだろう。


「あぁ、これは気持ちだ、何か困った事があれば、辛島ジュートを呼ぶと良い、その頃、俺が死んでても、後ろの奴らを寄越すからな」


「えぇ、私も、そう、約束します、これは、若族長としてではなく、オーフェン個人としての、友人との約束です」


 御用猫は、二人の右腕に、それぞれ腕輪を着けてやる。後ろで見ていたリチャードとサクラも、何やら、心を動かされたのか、しきりに頷き、滅多に見ない、御用猫の真面目な姿に、瞳を潤ませもしたのだ。


「それで、この小袋は、何でしょう? 見たところ、丸薬の様ですが」


 オーフェンの問いに、御用猫は、笑顔を収め、ウィンドビットを連れて、少しだけ距離を取ると、何やら、ひそひそ、と密談を始める。


 途中途中で、彼女は、驚きの声をあげ、顔を赤らめ、頬に手をやり、頭を振るのだ。


 戻ってきた時には、ウィンドビットの顔から、慈しみに満ちた母の表情は、鳴りを潜め、代わりに、どこか、肉食獣を思わせる光が、その双眸に宿り始めていた。


「オーフェンよ、ドビットには、少しだけ、人間の血も入っているのだ、知っているだろう? 彼女を受け入れるのならば、受け容れたならば、少しだけ、人間式の作法、生活というものにも、理解を示してあげなければ、ならないよ」


「え、えぇ、それは、もちろんです、もちろんですが、ウィン姉さん? いったい、彼と、何の話を」


「後で、話します」


 大丈夫、すぐに終わりますから、と、何処かで聞いたような台詞を残し、ウィンドビットは、夫を引き摺るように、自宅へと向かうのだ。


「しばらく、村の中で友情の輪と、見聞を広めてくるから! ゆっくりでいいぞ! ゆっくりでなー……ワハハ、ざまぁみろ! オーフェンめ、これでチャラにしておいてやる! 」


 何ともいやらしい顔で、拳を握る御用猫に、少年と少女が、何とも冷たい目を向けたのは、全く、仕方のない事であったのだ。




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