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続・御用猫  作者: 露瀬
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無情剣 面の皮 5

 膝の上で、猫の様に転がる黒雀を撫でながら、御用猫はカンナの酌を受けていた。


 何やら機嫌の良さそうな彼女に、首を傾げながらも、御用猫はみつばちに仕事の内容を知らせるのだ。


「岩飛び」ギンタの捜索。


 いかにはしこい盗っ人とはいえ、志能便の眼からは逃れられまい、とりあえずは寝ぐらを突き止め、御用猫は、そこを襲撃する腹づもりであった。


「ですが、先生、この程度の相手、わざわざ先生のお手を煩わせる事もありません、私どもに命じて頂ければ、ふごっ」


 みつばちの言葉を、鼻をつまんで遮る、あり得ない提案であるのだから。


 もしも、賞金首の暗殺を、裏口屋に依頼するならば、賞金額の二倍、もしくは賞金額に加えて二百万の、どちらか高い方が相場である。


 百五十万のギンタを取るのに、三百五十万が必要なのだ、これでは赤字である。確かに、みつばちに依頼するならば、もっと安くなるのだろう、ともすれば、ただ働きすら厭わないかも知れない。


 しかし、それは、野良猫の世界が、美学が、矜持が許さないのだ。


 逃した獲物は、自らの手で仕舞いを付ける、そもそも、賞金稼ぎは、生きる為に命を奪うのだ、手を汚すのは、自分自身でなければならないだろう。


「今のは減点だぞ、首の値段は違っても、首の値打ちが変わる訳じゃない……そこは、忘れるな」


 高値の首を狙う御用猫ではあるのだが、命の価値は、同じだと、考えている。


 もちろん、賞金首や自分のような、はみ出し者と、マルティエ達のような、善良な一般人との命の価値は、比べるべくも無いのだが。


 紙切れの様に、軽い命の者同士が、金貨程度の重さを奪い合うのだ、なんと、滑稽であることか。


 少し、自嘲気味に笑うと、御用猫は、黒雀の背中を伸ばすように撫でる。


(これの命は、俺よりも、少しばかり、重いであろうか)


 気持ち良さげに尻を振る黒雀は、全く、無垢な少女にしか見えないのだが。


「まぁ、取り敢えずは、岩飛び君の居場所を突き止めてくれ、あと」


「あの小童の事なら、情報がありますよ」


 ほう、と、御用猫は感心する、みつばちの気の利きようにも、なのだが、あの少年が、志能便たちの情報網にかかる程の腕利き、だという事実にも、だ。


「タタンダッタ、とか言う名ですね、最近現れた賞金稼ぎですが「野良犬」と呼ぶ者も増えているとか、少額の首を中心に、小稼ぎする跳ね返りですが、遣り口が汚いので、そのうち、賞金首に成り下がるのでは、との評判ですね」


 あぁ、と御用猫は手を打つ、左手が猪口で塞がっていたので、代わりに黒雀の尻を叩いたのだが、その報復として、腿に齧り付かれ、悲鳴をあげた。


「あたた、そういえば、聞いた事あるな、野良犬なんて言うから、なんとなく覚えてた……そうか、あんな餓鬼だったか」


 野良猫を自称する御用猫としては、どうにも親近感を覚える二つ名であったのだが、価値観の違いは、随分と大きそうだ。


 あの歳で賞金稼ぎなど、哀れにも思うのだが、自分を含め、そう珍しい事でも無い。


 大陸一文化的だと言われる、大都市クロスロードとて、貧富の差は当たり前に存在し、光中からは見えぬ所には、確かに、影に覆われた、暗い部分も存在するのだ。


 しかし、それは、自分にどうこう出来る事でもなく、むしろ、その暗い世界で生きる御用猫にとっては、なくてはならぬ場所でもあるだろう。


(む、いかん、いかんな、今日は、こんな事を忘れる為にきたのだ)


 考え事に走れば、ふと、暗く落ち澱む思考が現れる、野良猫の性とはいえ、それは、できれば遠ざけたいものである。


「まぁ、宜しく頼むよ、さて、そろそろ」


 御用猫が、猪口を空にして膳に乗せると、隣に座るカンナが、ぴょこん、と、飛び上がる。


 いや、実際に飛び上がった訳では無いのだが、何やら、餌を前にして「待て」を、された犬が、食事を許可されたような、ぶんぶん、と激しく振られる尾が見えるようで、御用猫は、再び首を傾げるのだ。


 膝の上で、眠気を主張し始めた黒雀を、みつばちに預ける途中で、奥まった部屋の襖が、勢い良く開けられる。


「先生ー、迎えにきたよ、づるこは常連の相手だから、今日は独り占めだよー、ワハハ」


 カンナはまた明日な、と、けらけら笑う少女は、マキヤ オウ マニ。


 日焼けした様な健康的な肌に、尖った短い耳、短い馬尾の黒髪に、茶色の瞳。


 犬歯を剥き出し、着崩した小袖を振りながら、笑う草エルフの少女は、いや、見た目だけは、確かに少女だが、草エルフは、十代の身体年齢が、長く続く種族なのだ、実際の年齢は知れたものではないのだが。


 御用猫の腕をとって、はやくはやく、と立ち上がらせるマキヤに、カンナが、ぽかん、とした顔を向ける。


 その眼だけが、ちょっと何言ってるか分からない、と、雄弁に語っていた。


「あ、あの……これは、どういう……今晩は、猫の先生は……」


「あぁ、今日は仕事の話だけだ、マキヤが先約だったからな」


「先生はー、嫌なことあると、私を呼ぶんだよねー、ワハハ、甘えていいぞ」


 楽しげに会話する二人を、手を振って見送ると、カンナは、ありとあらゆる方法で、枕を濡らし始めるのだ。


(一向に、手を付けられぬのと、果たして、どちらが、より不幸なのでしょうか)


 そんなことを考えながら、みつばちは、眠ってしまった黒雀の尻を、なんとなく、揉み続けていたのだった。



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