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仮想世界のフォークロア  作者: 黒川零次&同居人
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◇新人選手権

 緊張でバクバクと心臓がはねたアリーナでの試合は、興奮冷めやらぬうちにあっという間に終わってしまった。

 待ちに待った試合、ログを見てみれば実際は二十秒もかからずに終わっている。

 持て余した高揚感ともっと戦ってみたいという余韻に浸る間もなくフィールドから離脱させられた。

 待機所から出るとあの不愛想な男子寮生がいた。


「ま、それなりといったところか」

「それなり……ですか」

「まだまだだ。ブーストダッシュは遅い、銃器もハンドガンしか……しかも連射の合間の時間が長すぎる。しかしまあ……今後に期待はできるか」


 言うだけ言うと近くのベンチに腰掛けて、ウィンドウをいくつも展開して何かを見始めた。

 覗いてみると一つはフラン君の戦闘中継、もう一つは真っ白な機体の戦闘映像。


「それは……?」

「ラクカラーチャ。今のところは二機が稼働中でこれは四機目だ」

「えっ? その動いていない一機は」

「破壊された、特別枠賞金首ランク1・ルージュマッドドガーに」

「じゃあ……パイロットは……」


 狂った犬、マッドドガー。

 仮想空間での賞金首で、いずれもが単機で軍を相手にして戦い抜くほどのやつら。

 普通に暮らすならばまず遭遇することはないらしいが、ついこの間、街中で反応があったらしい。


「機体は手足を切断され胴体は縦横に四つ切、まあ常識的に考えれば人体を変換している以上死亡は確定だが生きている」

「……安全性重視の機体なんですね」


 警察機関がよく使うタイプだ。

 戦闘能力を削って生存率を底上げした、内部からの不満が多すぎるあれだ。


「別にそういう訳ではないがな……。後ろ、お前に用があるみたいだが」

「はい?」


 振り向いてみれば加江村先生が立っていた。


「やあ影秋君、なかなかいい試合だったよ」

「ありがとうございます。でも……」


 そういわれても不愛想な男子寮生にいろいろと言われた手前、お世辞にしか聞こえない。


「戦闘経験の少ない君にしては、ということだよ」

「そう……ですか」


 落ち込みかけたとき、雅也が試合を終えてムーブしてきた。


「なんつーか、物足りねえぜ」


 それは俺もだ。

 戦い自体は素人丸出しのもの、プロから見れば遊びにも見えないだろう。

 それでもだ、長い順番待ちを終えて念願の電子擬装体で戦うということはとても楽しい。

 命がけでなければ。


「もっと戦ってみたいな……もっと、こう、休む間もないほどどんどんいろんな人と」

「だったらいいものがあるが」


 不愛想な男子寮生が一枚のカードを顕現させると投げつけてきた。

 半透明のカード。

 データを展開してみればチラシだった。


「新人選手権……参加募集中」

「参加資格はCランク以下、且つ電子体での対戦を除く対戦数の合計が三十戦以下。出たければエントリーしろ」


 同じように雅也にもデータカードを投げつける。


「まじか、これってすごいんじゃねえのか」


 野良試合みたいなただただ楽しく戦うだけじゃない。

 専用のフィールドでスポンサーまでついてしかも賞金まで用意されている。

 ランク上位の選手たちもこれで活躍した人が数多くいる。


「これに出られれば順番待ちはなくなるよな……」

「勝ち残れば、そういう前提があるが」

「うぐっ」


 勝ち残れるのか? 俺。


「でもさ、どんどん戦えんならどんどん強くなるんだろ? だったらいけるはずだぜアキ!」

「だ、だよな! それに今のうちから少しでも名を上げておいたらどこかで有利になるかもしれないし」

「今のうちからねぇ」

「一応言っておくが、シェルを扱う職種は民間軍事会社、警備会社、軍、あとは仮想空間でのテスターくらいだ。建設とかなんてものは現実と違ってプログラムを書くだけだからな、そういう方向のものはほとんど無い」


 言われて嫌になる。

 傭兵だとかそういう進路に舵を切りたいわけじゃない。

 かといってプロ選手になって……なんてものは夢だ。

 プロ野球の選手になりたい! とかいって実際になれるのはわずかな数だ。

 実際になれればすごい額のお金がもらえて名声は跳ね上がる。

 ま、夢のまた夢だ。


「学生でプロ選手ってのはいいよなぁ……。なあアキ」

「なんだよ、そのいつもの失敗しそうな気配がある目は」


 そう、あの子かわいいから声かけてみようからの変質者扱い、遊んでいる男扱い、果ては男の娘でしたという落ち。

 ろくなことになりそうにない。


「やるだけやってみようぜ、新人選手権!」


 ばしばし肩を叩きながら言ってくれるが、こいつチラシの一番下の参加要項をしっかり読んでない。


「お前ら、きちんと読め。チーム戦だ、それは」

「……マジすか」


 三人以上五人以下。

 俺と雅也で二人、あと一人! 欲を言えば賞金が減ってもいいから三人!


「あの、先生。もしよかったら」

「私はすでに三十戦以上しているからね、無理だよ」

「じゃあ」

「残念ながらフランと鴉がいる」

「だったら」

「チームに入れてやる気もない」

「なら」

「あてはあるが紹介してやる気もない」


 なんでこの人は最初の一言で言おうとしていることを理解して拒否できるだろうか。


「そもそもこういうところで名を上げると厄介なことになる。こんな風にな」


 いきなり立ち上がったかと思えばストレージからピン球サイズのなにかを取り出して、


「いたぞ! 捕まえろ!」

「今日こそは契約してもらうぞ」


 それを足元にたたきつけると漫画とかでよくある煙幕が張られて、煙が晴れるとお約束のように姿が消えている。

 これは悪戯専門店で売っていたジョークグッズ。

 危険度が低いけど街中じゃ使用が制限されるオモチャの煙玉だ。

 どたばたと走っていくおじさんたちにはさっきも見た軍服の人たちも混じっている。

 なるほど、こういうしつこいスカウトもあるんだ。




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