◇手回し
「加江村先生、なんとかしろ。というかしてくれ」
「そういわれてもね君、私の権限で退学や留年の取り消しというのは少し無理があるのだよ」
「その"少し"をフェンリルの脅しでなんとかするからしてくれと言っている。分かってるだろ、先生。年末が制限時間だ、あのウイルスは自我を崩壊させる。もう長くは持たないなら今のうちに打てる手は打っておくべきなんだ」
「そうだが……しかし、あのナノマシンは君が」
「大陸の連中にいくつか奪われましたよ……とくにディスアセンブラ、何でもかんでも分解するあれは危険すぎる」
「確かあれは分解しつつ増殖するタイプだったね」
「ええ、無限増殖の果て、増殖時のコピーエラー、グレイグー。あれが起これば星一つがあっという間に滅びる」
「……私たちがどれほど危険なものを扱っているのか」
「知らないでしょうね、表の連中は。公開している情報は環境浄化用の大気散布型ナノマシン、その実態は次世代型汎用ナノマシンの中でも取り分けプログラムしやすいタイプ。最悪は戦争に使用されてしまうこと……」
「一切の戦闘なくして人だけを消し去る、かい? 民間人すらも」
「やらせるわけにはいかない、未来を知っている、そしてこれが無意味な救済だと知っていても"次"で役に立つから何もしない訳にはいかない」
サッカー部が練習に励んでいるグラウンドの土手でかなり危ない話をしている二人、その眼下には現在進行形で留年処理が不正処理で書き換えられていることなど知らない二人が寝転がっていた。
狼谷影秋、倉岡雅也。
この二人はアリーナでの試合のために仮想に潜っている最中だ。
「もしもの時に備えて"槍"を使う準備もしていますが……使えば確実に国が一つ消えます」
「ロンギヌスの槍かね」
「いえ、単純に広域に対して破壊力の高いハルベルトか、ピンポイントで核並みの威力を出せるグングニルあたりを」
「シェルターすら……民間人もろとも焼き払おうというのかね、君は」
「何のために桐恵が、寮生たちが頑張ったと思っているんですか。最悪の事態に向けてすでに犠牲は出ているんですよ」
「そうだったな……すまない」
「構わん。万が一の時は容赦なくやるから……だから、頼みたい――」
さっと要件を伝えると、
「私なりにやれるだけのことはやろう。例え……いや、私が私でなくなっても未来をつなげるために」
その決意を聞いて彼は土手から降りていくと、練習をしているサッカー部の中に混じった知り合いに声を掛けた。
「来未那岐」
「なに? 練習中に」
少女にしては荒っぽい、それでいて体育系ならありそうな荒っぽい返事をしてくる。
すらりとした体系でありながら出るとこが出ている、とくに胸が。
「ちょっと提案なんだがシェルに乗ってみる気は」
「ごめん、あたしそういうの興味ないんだ」
軽くあしらわれてしまい、彼女は瞬く間に走って遠ざかっていく。
練習で交わされる声のお陰でもう呼びかけても届かないだろう。
「……あのボールの蹴り方見てると朱里の蹴りを思い出すんだが」
思えばとくに練習もなしに夏塩蹴りを決めていたあの足癖の悪すぎる彼女は……。
「嫌な思い出だ……」
振り返ってみれば加江村先生は仮想に潜っているようで、ほかに何かすることがあったかと思い出そうとすれば、
「いたっ! みんなーー! こっちこっち! スコールいたーー!!」
追っ手の姿が反対側の土手に見えていた。
「まったく……しつこいな」
◇◇◇
今日の試合相手は女性か。
ちょっと気が引ける、なんて思うことはない。
あの一件で白き乙女の戦いを見せられたから、女性だからと言って……。
このアリーナでの試合に男女は関係ない、見た目で油断しているとレイアちゃんみたいな強い人がいて瞬殺される可能性だってある。
「そんじゃ、手加減なんてなしでやらせてもらうっ!」
「やってみなさい少年」
戦闘開始と同時にお互いブーストダッシュで距離を取り、俺はハンドガンを実体化させて構え、迫るマイクロミサイルを見た。
まずい、飛び道具はハンドガンとハンドグレネードしかないぞ。
そして数分……ではなく数十秒後。
「はぁ……」
ついついため息をもらしてしまう。
……俺の試合の方が先に終わった。
それも負けという結果で。
雅也を待つために適当な椅子を見つけて座って、ぼんやりとあたりを見回す。
あっという間だった。
最初の二発を食らって吹き飛んだ次の瞬間には、相手の機体がかなり高いところに飛び上がっていて、そこから対戦車砲を撃ち込まれて……。
あの脚部ユニット、砲台型シェルのものを改造して固定じゃなくて打ち出してジャンプできるようにしたやつだ。
「こんなんで大会大丈夫なのか……」
不安になってくる。
不安と言えば留年のことも……。
そしてたびたび桐姉ぇのプライベートスペースにいるあの子たちに会いに行って、
「その子、気に入っちゃった?」
なんて言われてからの妙な表情での無言と言ったら……なんて思われてしまったのやら。
「おーいアキ、待たせたな。悪い悪い」
試合を終えて戻ってきた雅也に声を掛けられる、その顔は明るい。
「少し長くなったみたいだけど」
「ちょっくら手ごわい相手でなぁこれが。しかもかわいい女の子で!」
あ、そういう。
そういう方向で長引いたのかこの変態は。
「んでさあ、デートしねえかって言ってみたらよ、返事がレーザービームの嵐だぜ!」
「で?」
悪霊退散ということで焼き払われたのかマゾ太君。
「もちのろん……勝った! なんつったって俺たちは期待の新人だぜ?」
自称、な。
雅也はバシバシ俺の方を叩いてくるが……。
「その期待の新人様も、今のままじゃ勝ち抜くどころか参加もできねえって」
さっき負けた俺が言うんだ、間違いはないはずだ。
それに何よりも。
「だよなぁ……あと一人、なんとかそろえないとな」
考えながら仮想からログアウトする。
目を開けば太陽はまだまだ高い位置で輝いている。
土手の上で起き上がってみれば、下のグラウンドですごいことが起こっていた。
「あと一人か……あと一人」
「いろんな部の部長とかどうだ?」
「雅也、お前見てたよなこの前俺が弓道部に射抜かれそうになって野球部にバットで殴り殺されそうになって柔道部に投げられて空手部に蹴られて」
「……わりぃ」
頼み込みに行ったときにこいつのせいで何度死にかけたか……。
「レイアちゃんとかどうだ? あんだけ戦えんなら」
「ダメだ、制限で……」
レイアちゃんのはどう見てもレギュレーションで引っかかる。
「寮長さんなら」
「あの人はデートとか言いそうだなぁ」
うらやましいぞ彼氏さん。
「お前の姉さんは」
「桐姉ぇ出したら……うん、ダメだ」
何がダメって?
桐姉ぇは最高級ウィザード、つまり戦闘前にハッキングとかのトラブルで……。
というかなぜお前は女子だけ?
「なあ雅也」
「どうせチームを組むんなら女の子がいいだろ? な、な? アキもそう思うだろ」
「雅也。俺はお前に一つ現実というものを教えつけてやる。運動神経抜群、戦える女の子なんているわけがな――」
いた。
たくさんいた。
グラウンドで不愛想な男子を追い回してる女の子たちがたくさんいた!
「な、いるだろアキ。知り合いにいないのならハーレムから寝と――スカウトしてしまえばいいのさぁぁ!」
こいつ、いまこいつ、この変態は寝とるとか言いかけたな……。
それにしても凄まじいな。
なんであの人はあんなに女子に追い回されているんだか。
「ちっぱいのからおっぱいまで勢揃いかぁ。お、胸がでけえのに身軽な子発見……にははぁ、ブルマからあふれるお尻もやわらかそうで」
「この、変態っ!」
気づけば真後ろに一人いて、まるでサッカーボールを蹴るように吹っ飛ばされて雅也が戦場に転がり落ちていく。
「このスケベっ!」
罵声と共にいつかのあの子、うちの変態が胸を掴んでしまったあの子がゼロ距離でサッカーボールを顔面に蹴りこんだ。
そしてそのまま雅也がずるずると引き摺られていくのと引き換えに男子部員が土手を上がってくる。
「おい一年、一つ教えてやる」
「な、なんですか」
「うちの部員の……あの胸の大きい娘なんだがな、たぶん蹴りで人をヤれるから気を付けろ。というか逃げろ」
「だーれが蹴りで人をやれるって?」
「聞こえてたのかこの耳年増!?」
「余計な一言だっつーの!」
「どぐわふっ」
ボコンッとボールが命中……。
あの場所から当てるとはなんてコントロールだ。
「あの、大丈夫ですか」
「すまん、ちと保健室いってくる」
鼻血をぽたぽた落としながら逃げていく上級生……サッカー部の部長に向けてさらなる追撃が放たれる。
「今度言ったら股間を蹴り上げるからね!」
そう脅すとぷいっと背を向けてグラウンドに駆け戻っていく。
囲まれている不愛想な男子は見れば見るほどにすごい。
反撃は一切せずに確実に攻撃を躱し続けている。
なんかもうただただすごいなあって見ていると、だんだんこっちに来て――
「へ? うあああああぁぁぁぁ巻き込むなぁぁぁぁぁ!!」
「チッ、ほかはともかく那岐の蹴りだけはまずい! 受けたら一撃だ」
「誰そいつ? スコールの仲間?」
「ちが、違います!」
「構うな! 一緒に畳んでしまいなさい!」
「いやちょ、ま、俺関係ない! スコールおま……っていない!?」
やばい気配がして逃げながら振り向けば二人。
「はぁーいナギサちゃんです。とゆー訳で死んでくださいなっと!」
地面が爆ぜた。
「ばく、ばば爆弾!?」
驚いてしりもちをつけば頭の上を通り過ぎる鋭い蹴り。
続けて撃ち込まれそうになり。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「喧嘩ならしてあげる」
「それ以外選択肢はないの!? てか仮想だったらいくらでも喧嘩してもいいぜ!」
か、仮想ならなんとかやれる……たぶん。
「やだ」
即答ですかぁ……。
だけどたやすく諦めるわけにはいかない。
さっきの部長の話からすると諦めた時は俺の人生が終わるということだ。
「た、頼みがある。俺は狼谷影秋」
「でぇ?」
「仮想でシェルを使った大会があるんだけど、一緒にでないか?」
次の瞬間、ゼロ距離から顔面に蹴りを入れられて、俺は断末魔の叫びを上げる間もなくダウンした。




