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第9話

 残されたメロシェは手持ち無沙汰になり、仕方なくカフェの椅子に座った。その時、閉ざされたカフェのドアがコンコンとノックされた。外に立っていたのは、サンステラだった。


「こんな閉店後に来るの、やめてよお兄ちゃん!」


 メロシェがヒヤッとして周囲を確認すると、サンステラは涼しい顔で肩をすくめた。


「誰にも聞かれたくない大事な話をするには、この時間に来るしかないだろ?」


「大事な話って……なに?」


 警戒するメロシェに対して、サンステラは静かに、しかし重い口調で告げた。


「――お前が、過去に犯したとされている『罪』の本当のことさ」


 その言葉を聞いた瞬間、メロシェの顔からすっと血の気が引いた。


「何をどう言われても……私が小春さんを見殺しにしたっていう事実は、変わらないよ」


「本当にそうか?」


 サンステラは深くため息をついた。


 メロシェはすべてを知っていた。柊輝が小春に恋をしていることも、兄である青磁に対して激しい嫉妬心を抱いていたことも。なぜなら、メロシェはずっと天界から柊輝を見つめていたからだ。――彼に恋をしてしまったから。


 天使として人間界を見下ろしているうちに、柊輝に一目惚れをした。人間に恋をしてはいけないという天界の掟を知りながらも、彼女は柊輝の幸せを願い、こっそりと彼を守護することを心に誓っていた。


 だが、柊輝が身内である小春に対して切ない恋心を抱いていることに気づいてしまった。青磁に嫉妬してしまうほど小春を想い苦悩する彼の姿を、メロシェはただ見守ることしかできなかった。そしていつしか、柊輝をそこまで追い詰める小春に対して、強い嫉妬と葛藤を抱くようになっていたのだ。


 そして5年前、あの事件が起きた。遊覧船から柊輝が湖に突き落とされたのだ。


 天界からそれを見ていたメロシェは居ても立ってもいられず、たまらず人間の姿をとって現場へと向かった。しかし時を同じくして、小春もまた彼を助けるために湖へ飛び込んでいた。もともと泳ぎが得意ではなかった小春は、必死に柊輝の体を水面へ押し上げようとしたが力尽き、2人揃って深みへ沈んでいく。


 メロシェは自身の持つ天使の力を使って2人を助けようとした。だが、人間界で使える微力なエネルギーでは、2人まとめて引き上げることはどうしてもできなかった。


 その時、水中で意識を失いかけていた小春が、掠れた声で叫んだのだ。


『柊輝君を、助けて……!』


 その必死な叫びを聞いた瞬間、メロシェの中で理性が吹き飛んだ。ほとんど衝動的に、彼女は柊輝だけを引き上げて水面へと押し上げたのだ。彼が浮上していくのと入れ替わるように、小春は暗い湖の底へと沈んでいった。


 その後、船員やレスキュー隊によって柊輝は救助されたが、小春の命が戻ることはなかった。


「私は、小春さんを見殺しにした。それが……私の犯した罪のすべてだよ」


 震える声で告げるメロシェに、サンステラが何か言葉をかけようとした、その時だった。


「ロコちゃん」


 不意に声をかけられ、2人はびくりと肩を揺らした。雪花がトレイを持って、カフェのキッチン口から出てきたのだ。


「カフェが閉まってるのに誰か来てたから、何だろうと思って報告に行ったら、シュウ君に『ロコのお兄さんかもしれない』って聞いてさ。積もる話もあるだろうと思って差し入れを持ってきたの。これ、今日採ってきた桃で作ったピーチティー」


 そう言って、特製のピーチティーを2人の前に置いた。


「わぁ、ありがとうございます!」


「いや、自分は結構だ」


 メロシェはパッと顔をほころばせたが、隣に立つサンステラはとそれをピシャリと断った。


「お兄ちゃん、桃嫌いなの?」


 首をかしげるメロシェに、サンステラは冷ややかに答える。


「嫌いと言うか……まあ、受け付けないってところかな。せっかくの好意を受け取れなくてすまないね。……今度は店が開いている時にうかがわせてもらいます。失礼」


 そう言い残すと、サンステラはカフェの出口へと歩き出し、そのまま夜の闇の中へ姿を消していった。


「変な人だな……あれ?」


 不審な行動をとるサンステラを見送っていた雪花が、足元に何かを見つけた。


「何か落ちてる。お兄さんが落としたんじゃない?」


 そう言われ、メロシェは床に落ちていた白い封筒を拾い上げた。確認した瞬間、彼女の体がびくりと震える。だが、すぐに作り笑いを浮かべた。


「お兄ちゃんの忘れ物みたいです。今度会ったら渡しておきますね」


「そう? じゃあ、せっかくだからこのピーチティーはシュウ君と飲んだらいいよ。今呼んでくるね」


 雪花は優しく微笑むと、奥へと去っていった。


 サンステラの忘れ物だと咄嗟に答えたが、それは嘘だった。その封筒は、紛れもなくメロシェ宛てのものだったのだ。中から取り出した便箋を開く。そこには、冷たい文字でこう記されていた。


『明日の朝5時、誰にも内緒で湖畔のボート置き場に来い』


 心臓が凍りつくような不穏な文面に、メロシェは青ざめた顔のまま、その場から動けなくなってしまうのだった。

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