プロローグ
本作は全話執筆済みです。
完結まで毎日1話ずつ更新する予定ですので、安心してお楽しみください。
(…熱は39℃超。頭も回らないし、今日はだめかぁ。)
「イリスお嬢様、何度でしたか?」
「39℃超えてる…、今日は無理…。」
「承知いたしました。では、第二大学附属高等学校へは、入試を欠席する旨を伝えておきます。」
「うん…ありがとう…。」
第二大学。ノルトマルク連邦における四大名門校の一角を占めるこの大学は、「学術の都市」の異名を持つヴァイゼンシュタット市に校舎を構えていた。
そして、同じく4大名門校であり、アルテンブルク王国首都アルテンブルク市に校舎を構える第一大学、そちらは高位貴族の多くを輩出する、伝統的なエリート校であった。
第二大学附属高等学校へ進学しようとしていたイリスだったが、よりにもよって、試験当日に熱を出したのだった。
「今週末には第一大学附属高等学校の試験がございますので、数日中には機関車で王都へ戻りましょう。」
「わかった…任せるね。」
「…あ、風邪がうつると悪いから、今日は部屋で待機しなくていいよ」
「承知いたしました、御用がありましたら鈴でお呼びください。」
そういってメイドは部屋を退出した。
イリスはそれを見届けると、再び布団にもぐりこんだ。毛布があっても寒かった。体温は高いというのに、寒気がするなんて不思議だと思っていた。
しばらくして、ノックの音がした。医者だった。素直に言うことを聞き、診察を受ける。
「恐らくですが、ただの風邪でしょう。薬を3種類処方しますので、服用してお休みになられてください、閣下。」
「はい…わかりました。」
風邪、ありふれた病気。だが不思議なことに、治療魔法で風邪を治すことはできない。治療魔法を使えば骨折や四肢欠損だって元に戻すことができる。イリスはそこに疑問を持った。
「…どうして、風邪は治療魔法では治せないのでしょうか。」
「なぜ…と言われますと、少々話は長くなりますな。閣下が誰よりもご存じかと思われますが、魔法を用いる際にはその現象を理解している必要があります。治療魔法というのは、走査魔法を使って体の状態を調べ、起きている異常に魔法で対処するものです。」
「例えば骨折は、骨が折れているからそこを治せばいい。」
「おっしゃる通りです。ですが、風邪の原因はわかっておりません。最近、学界では病原菌説という新しい説が議論されておりますが、まだ学会で統一的な見解は出ておらず…。」
「だから、症状に対処するしか方法がない。」
「そういうことでございます。」
魔法とは即ち、魔力をエネルギー源として現象を引き起こすものである。その現象は当然ながら、物理法則にしたがう。熱や光、運動エネルギーに直接変換する方法もあるが、効率の悪さから基本的には用いられない。
従来、魔法はさまざまな種類に区分されていた。火属性、水属性、土属性、風属性等。だが、その考え方を覆す理論が3年前に出た。魔法とは、魔力をエネルギー源として現象を起こすだけに過ぎない。属性の違いとは、あくまで現象の種類の違いである。「統一魔法理論」と現在では呼ばれており、主流派となっていた。
それを提唱したのが当時12歳のイリスだった。最初は批判も多かった理論だったが、2年をかけて実験が積み重なり、今では新たな魔法の前提として受け入れられている。イリスが理論にたどり着いたのは、本人に圧倒的な魔法の才があったからだった。イリスが使えない魔法はほとんど存在しない。故に比較研究を一人で圧倒的な数行えた。そして、子供らしい頭の柔らかさ、それが統一魔法理論を生み出したのだった。
その成果と魔法の才から、1年前にイリスは軍務・学術・魔導宮中伯に叙されたのだった。ノルトマルク連邦は建国以来、優秀なものを重用してきた。各分野で優れた才能を持つもの、成果を出したものに「軍務」「政務」「救国」「学術」「文化」「魔導」の6分野で宮中伯に叙されていた。その地位は五英傑に次ぐものであり、名誉を得ようとするものであればだれもが目標とするものであった。
「それでは宮中伯閣下、お大事になされてください。」
「ありがとうございます。」
医師は部屋を退出していった。入れ違いでメイドが入ってきた。
「マルグリット、どうしたの?」
「お嬢様がちゃんとお薬を飲むかの確認です。」
「…いわれなくたって飲むよ。」
「すばらしいです。今日は薬をお飲みになられたら、ゆっくりお休みください。」
「王都へはいつ戻るの?」
「少なくとも、お嬢様の症状がよくなるまでは、許可が下りないと思います。機関車で1時間ほどとはいえ、病人には負担になりますので。」
「…そう。わかったわ。」
部屋の扉がノックされる。入ってきたのは、執事長のローレンツだった。
「閣下、夕刊が届きましたのでお届けに参りました。」
「ローレンツ、ありがとう。」
「それでは、失礼します。」
夕刊を開く。一面の見出しは第二大学附属高等学校の入試に関するものだった。入試をすればその日の一面をかっさらうくらいには、話題性があるのだった。続いて、五英傑が一人ローゼ・フォン・ホーハイト・ヴァルテンベルクに聞く、新たな五英傑はどんな人か。次。政治面、第一大学附属高等学校の次期生徒総会会長をめぐる支持動向調査が実施され、現職のヴィルヘルム第一王子が次期会長候補としても支持率首位。
(まあ当然。第一王子がいる中で、だれが第一王子を差し引いて会長になれるのだろう。)
一通り見出しを読んだが、特に興味の惹かれるものはなかった。まあ、一日が平和に終わったということ。面倒ごとが起きるより何倍もいいことだと、自分自身に言った。最近は、魔獣による被害も減っているらしく、軍務宮中伯として駆り出されることは減ってきていた。
今週末は、第一大学附属高等学校の入試、そっちに向けて頑張らなくちゃ。そう思い本棚に手を伸ばすが、マルグリットに手を取られた。
「今日はゆっくりお休みすると約束しませんでしたか?」
「…うんとは言っていないよ。」
「屁理屈はいりません。今のお嬢様は病人なのですから、勉強よりも休養が大事です。無理に勉強して、第一大学まで受けられなかったらどうするのですか?」
「それはそうだけど…。」
「はい、それなら今日はゆっくり休むに限ります。」
「…わかった。」
「はい、言質は取りましたよ?ですから、今日はお休みになってください。夕食の時間になりましたら、お持ちしますのでそれまで、お体を休めてください。…それでは失礼します。」
…厳しい。でもマルグリットの言う通り、第一大学まで受けられなかったら、宮中伯なのに高校浪人とかいう恥ずかしい事態になってしまう。それだけは避けなければ。
そう思って、毛布を深くかぶる。まだ寒気がする。魔力をゆっくり熱に変換して、毛布の中を温める。暖かい。そう思いながら、イリスは眠るのだった。




