第23話:汽笛の消えたプラットホーム、待ち受ける罠
ガタゴトと重苦しい鉄の音を立てて走ってきた東海道線の蒸気機関車は、ついにその長い旅路の終着点である東京ステーションのプラットホームへと滑り込み、盛大な白い蒸気を吐き出しながら完全にその巨体を停止させた。
プシュー、と高圧の蒸気が抜ける音がホームの喧騒にかき消されていく。
車窓を覆っていた白煙が徐々に晴れていくと、そこに見えたのは――いつもの活気に満ちた帝都の駅構内とはあまりにもかけ離れた、異様なまでの静寂だった。
「……おや?」
客車の扉を開けてホームに降り立った神山蒼生は、ふと足を止め、鋭い眼光を周囲に走らせた。
いつもならば、大勢の乗客や荷物を運ぶ赤帽、新聞売り子たちがごった返しているはずのプラットホームに、驚くほど人の姿がない。まるで、あらかじめ何者かによって人の流れがせき止められ、この空間だけが巨大な密室のように切り取られているかのようだった。
隣に降り立った久楽蓮もまた、張り詰めた空気の異変を肌で察知し、思わず蒼生のインバネスコートの裾をキュッと掴んだ。
「神山さん……周りの空気が、おかしすぎます。さっきまで駅の周辺に満ちていたはずの人々の雑踏や生活音が、嘘のように消え去っている……まるで、私たちが到着するのを待って、意図的にこの場所が空けられたみたいです」
蓮がこめかみに手を当てて周囲の気配を探ると、脳裏に直接突き刺さるような、冷徹で統制された複数の「思考の残響」が押し寄せてきた。
(――ターゲットが降り立った。包囲網を閉じろ)
(――逃がすな。計画通りに、あのトランクごと闇から闇へと葬るのだ)
「やっぱりね……」
蒼生は冷たく不敵な笑みを浮かべ、片手でしっかりとあの革のトランクを抱え直した。
「私たちの到着は、最初から奴らにすべてお見通しだったというわけだ。東京ステーションそのものが、私たちを待ち構えていた『黄昏』の巨大な罠だったのさ」
その言葉を裏付けるように、ホームの出口へと続くレンガ造りのアーチの向こうから、カツッ、カツッ、と規則正しい足音が響いてきた。
闇の中から姿を現したのは、黒いコートに身を包んだ数名の男たちだった。その先頭に立っていたのは、これまでの地方での事件の裏で影をちらつかせていた組織の幹部――冷酷な眼差しをたたえた男だった。
「よくぞここまでたどり着いたものだ、神山探偵。そして、その特殊な力を持つ娘よ」
男は冷ややかな笑みを浮かべ、ゆっくりと手を叩きながら歩み寄ってきた。
「だが、残念ながら君たちの旅はここまでだ。東京の鉄道網を揺るがす我が『黄昏』の計画は、もはや誰にも止められない。そのトランクを置いて、おとなしくここで消えてもらうとしようか」
退路は完全に断たれている。前後を組織の男たちに囲まれた絶体絶命の包囲網の中、蒼生は懐から真鍮の時計を取り出し、パチンと気高い音を立てて蓋を開けた。
「ふっ、大言壮語を吐くのはそこまでにしておけよ。京都からここまで、私たちがどんな思いでこのトランクを運んできたと思っているんだ」
蒼生の瞳に、決然とした鋭い光が宿る。
「連中の野望をここで完膚なきまでに叩き潰す。――行くぞ、蓮。私たちの最後の謎解きの始まりだ!」
汽笛の音が完全に消え去った東京のホームで、組織との最終決戦の火蓋が切って落とされた
(※本作に登場する組織、事件、機密文書、およびスパイ工作に関する描写はすべてフィクションであり、実際の歴史上の出来事や実在の人物・団体とは一切関係ありません)




