第19話:倉庫の罠、剥き出しの銃口
ガタリ、と冷たい海風を遮る古いトタン倉庫の扉が微かに揺れた。
先ほどまでの激しい口論の余熱が、凍てつくような緊張感へと一瞬で塗り替えられていく。蒼生と蓮は交わしていた言葉を飲み込み、同時に気配を殺してその場に身を潜めた。
「……いるぞ。中だ」
蒼生が唇を噛み締め、低い声で囁く。その瞳には、先ほどの焦燥や怒りが綺麗に消え去り、極限まで研ぎ澄まされた探偵の冷徹な光が戻っていた。
蓮もまた、流れる涙を乱暴に袖で拭うと、こめかみに手を当てて倉庫の内部から漏れ聞こえる「思考の残響」に全神経を集中させた。
(――おい、外の探偵どもが嗅ぎつけてきやがったぞ)
(――焦るな。ボスからの指示は「ここで足止めし、すべてを闇に葬る」だ。準備はいいな?)
頭の奥を切り裂くような、殺意と冷徹な算段に満ちた男たちの声がなだれ込んでくる。
蓮は青ざめた顔のまま蒼生を見上げ、小さく、しかしはっきりと首を横に振った。
「神山さん……中には二人、いや、三人います。私たちの持っていたトランクを囮にして、ここで私たちを待ち伏せするつもりでした。完全に……罠です」
「ほう、私たちをネズミのようにおびき寄せ、袋の小路に追い詰めるつもりというわけか」
蒼生はフッと不敵な笑みを浮かべたが、その額には冷たい汗が伝っていた。
喧嘩でぶつけ合った互いの感情のしこりなど、もうとっくに消え失せている。いまここにあるのは、絶対的な危機を共に乗り越えようとする、揺るぎない相棒同士の強い絆だけだった。
「どうしますか、神山さん。正面から踏み込みますか、それとも――」
「いや、向こうがその気なら、盛大に挨拶を返してやるとしよう」
蒼生は懐から銀貨を一枚取り出し、指先で器用に弾いた。
キィン、と冷たい夜気に響く高い金属音が、静まり返った倉庫の裏手にこだまする。
「なんだ、今の音は……!?」
倉庫の中から男たちの動揺した声と、足並みが乱れる気配が漏れ漏れた。
まさにその瞬間だった。
「行くぞ、蓮!」
蒼生が全体重をかけて古いトタンの引き戸を蹴破った。
ガシャアアアン!という激しい破砕音とともに、暗い倉庫の中に冷たい外光が雪崩れ込む。
「なっ――!?」
中にいた男たちが驚愕に目を見張り、慌てて懐から銃を取り出そうと手を伸ばした。その冷たい銃口が、一斉に二人へと向けられる。
生死の分かれ目となるコンマ数秒の攻防が、倉庫の薄闇の中で幕を開けようとしていた。
(※本作に登場する組織、事件、機密文書、およびスパイ工作に関する描写はすべてフィクションであり、実際の歴史上の出来事や実在の人物・団体とは一切関係ありません)




