第17話:追跡、仕掛けられた追撃戦
「くそっ……! やられた、完全に足元をすくわれたぞ!」
蒼生の喉の奥から絞り出されたような声には、いつもの飄々とした余裕など一片も残っていなかった。彼の顔を歪めているのは、あまりの屈辱と、胸の奥底から激しく沸き上がる怒りの炎だった。
名古屋で手に入れた設計図、浜松の物資リスト、箱根の密室で突き止めた真実、そして平塚の夜を越えて命がけで守り抜いてきたすべての証拠が詰まったトランクが、いま目の前から奪い去られたのだ。これを失えば、彼らの旅は、そしてあの組織の恐るべき陰謀を暴くすべての努力は水泡に帰してしまう。拳を握りしめる蒼生の指先が、怒りと悔しさで真っ白に震えていた。
「神山さん……っ!」
隣に立つ蓮は、あまりの急展開と押し寄せる悪意の波に、顔面を蒼白にさせて頭を押さえていた。
周囲の人間たちが無責任に発する混乱のノイズ、そして逃げ去った男たちが残した冷酷な嘲笑の残響が、彼女の脳裏をカンカンと激しく叩きつける。頭が割れそうに痛む中、それでも蓮は必死に歯を食いしばり、瞳からあふれそうになる涙をぐっとこらえて、蒼生の手をしっかりと掴んだ。
「まだ……まだ諦めません! 私たちが負けたわけじゃない……!」
蓮の震えながらも芯のある声が、蒼生の胸を強く打った。彼女は自分の脳裏に焼き付いた、駅員や目撃者たちの恐怖と混乱の記憶を必死にたぐり寄せる。
「あそこの駅員の記憶に……『東側の古い貨物倉庫の裏手へ逃げた』という鮮明な残響が残っています! あいつら、まだ遠くには逃げていません……! まだ、間に合います!」
蓮のその命がけの叫びに、蒼生はハッと息を呑み、そして一瞬でその瞳に鋭く冷徹な光を宿した。
「……そうだな。よくやった、蓮。さすがは私のたった一人の、最高の相棒だ」
蒼生は荒々しく懐から真鍮の時計を取り出すと、親指で乱暴に蓋を弾き飛ばした。文字盤の上を走る針の音が、まるでこれから始まる決死の反撃の鼓動のように激しく響く。
「泥棒の相手なんて本来は御免こうむりたかったが……こうなっては話が別だ。私たちの誇りと、奪われた真実を、あの野郎どもの手から引きずり出してやる」
蒼生の低い、しかし圧倒的な熱を帯びた声が冷たい空気を切り裂く。
二人は国府津の喧騒を完全に置き去りにし、海風が狂い吹く古びた貨物ヤードの闇の中へと、一歩も引かない決意を胸に飛び込んでいった。
奪われたトランクを取り戻すため、そして組織との因縁に終止符を打つための、狂おしいほどの熱を帯びた追撃戦が、今まさにその牙をむき出しにして動き出す。
(※本作に登場する組織、事件、機密文書、およびスパイ工作に関する描写はすべてフィクションであり、実際の歴史上の出来事や実在の人物・団体とは一切関係ありません)




