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徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第三部  作者: マスター


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8/12

第32話 火を冷やした水は、山へ戻っていた

第32話です。


第31話では、第二泉の濁りの原因として、閉じたはずの灰鉱跡が登場しました。


灰鉱跡は採掘終了後、「管理不要」とされていました。


しかし実際には、水は閉山後も灰鉱跡の中を通り続けており、壊れた沈灰池から灰鉱砂や炭化木片、黒い泥が流れ出していました。


澪たちは、仮沈灰路と旧焼き場を利用した仮沈灰槽を作り、灰泥をそのまま第二泉へ走らせないようにします。


さらに第二泉の上には、昔使われていた《灰留め棚》を再建しました。


これにより、第二泉の濁りは一時的に低下します。


しかし、濁りの問題はそこで終わりませんでした。


鍛冶組合は第三泉の水を炉の冷却に使い、その排水を灰鉱跡側へ戻していました。


鍛冶場を止めれば、工具や修理体制が止まる。


しかし動かし続ければ、第二泉の濁りが再発する。


今回は、第三泉と山麓鍛冶組合へ向かいます。

山麓鍛冶組合の鐘は、怒っているような音だった。


かん、かん、かん。


乾いた木の鐘ではない。



金属が金属を叩く、硬く短い響き。


谷の空気を震わせ、森の葉を細かく揺らし、灰鉱跡の上に残った薄い粉をふわりと浮かせる。


神代澪は、耳を押さえたい気持ちをこらえながら山道を下った。


「警鐘って、もう少し優しい音にはできなかったのかな」


隣を走るライカが言う。


「優しかったら、みんな気づかないんじゃない?」


「それはそうだけど、心臓に悪い」


「ミオ、体力ゲージより先に精神ゲージ削れてるね」


「両方削れてる」


澪は息を整えながら、調律核の表示を見る。


《山麓鍛冶組合:緊急警鐘》


《第三泉取水量:急増》


《鍛冶冷却水路:高温化》


《第二泉上流灰鉱跡への排水増加予測》


《第二次濁流発生予測:一時間四十九分》


一時間四十九分。


さっきよりは少し余裕がある。


だが、それはあくまで濁流が本格化するまでの時間だ。


鍛冶場そのものでは、もっと早く何かが起きている可能性が高い。


アオイは盾を背負い直し、無言で前を見ていた。


ミルカは灰鉱砂の小袋を腰に吊るし、工具袋を揺らしながら歩いている。


フィリアは第二泉で濡れた手を布で拭い、ルシェリアは風の匂いを読むように顔を上げている。


セラフィナも合流していた。


第一泉と第六泉の臨時管理を村の記録班とユナに引き継ぎ、最短経路で追いついてきたのだ。


「セラフィナ、早かったね」


澪が言うと、セラフィナは淡々と答えた。


「移動計画を最適化しました」


「走った?」


「走りました」


「天使も走るんだ」


「必要であれば」


「息切れは?」


「しています」


よく見ると、セラフィナの呼吸はほんの少しだけ乱れていた。


それでも姿勢は崩れていない。


さすがである。


「無理しないでね」


澪が言うと、セラフィナは少し目を細めた。


「その言葉を、そっくりお返しします」


「はい」


「返事が軽いです」


「はい……」


ライカが笑った。


「怒られてる」


「管理されてるだけです」


「それ、もっと怖い」


山道を曲がると、木々の間から鍛冶場が見えた。


石造りの大きな建物。


煙突。


水路。


歯車。


水を引く石樋。


冷却槽から立ち上る白い蒸気。


鍛冶場というより、小さな工業区画だった。


その横には、澄んでいるはずの第三泉があった。


だが今、その水面は細かく波立ち、周囲には石壁と鉄の格子が組まれている。


泉というより、取水施設に見えた。


「泉、囲われてる」


ライカが眉をひそめる。


「権利争いって、そういうことか」


澪の調律核が反応する。


《第三泉:到達》


《状態:取水施設化》


《関係者:山麓鍛冶組合/ルオム村水利/山番記録》


《取水権:係争中》


《冷却水路:高温》


《排水先:灰鉱跡旧排水路》


「水が、火に縛られています」


フィリアが静かに言った。


その声には、痛みが混じっていた。


鍛冶場の前では、職人たちが慌ただしく動いていた。


炉の前で赤熱した鉄が光り、水槽へ入れられるたびに白い蒸気が噴き上がる。


だが、水槽の水はすでにぬるいどころではない。


湯気が常に上がり、水面には灰と金属粉のような薄い膜が浮いている。


「冷却槽が熱を持ちすぎてる」


ミルカが低く言う。


「水を増やしてるのに冷えてない?」


「そう見える」


その時、鍛冶場の奥から怒鳴り声が響いた。


「水門をもっと開けろ! 炉が割れるぞ!」


「第三泉の水位が下がっています!」


「炉が割れたら、泉どころじゃない!」


水門へ向かう職人を、カイムが止めた。


「これ以上開けるな!」


職人は振り返り、目を吊り上げた。


「山番が何の用だ! ここは組合の取水場だ!」


「第三泉は組合のものではない!」


「水路を直し、石樋を守り、冷却槽を維持してきたのは俺たちだ! 村が放っておいた泉を使える形にしたのは組合だ!」


「使える形にした結果、第二泉が濁っている!」


両者の怒りがぶつかる。


その間へ、一人の男が歩み出た。


大柄な体。


煤で黒くなった腕。


白髪混じりの髭。


片目の下に古い火傷痕。


鍛冶組合長、という肩書きがよく似合う男だった。


「俺が組合長のガランだ」


彼は澪たちを見回す。


「主調律者が来るとは聞いている。だが、炉は待ってくれん。話は後だ」


「話を後にすると、水が先に壊れます」


澪は言った。


ガランの目が鋭くなる。


「炉を止めろと言うなら、聞けない」


「止めろとは言っていません」


「なら何だ」


「冷やした水を、そのまま灰鉱跡へ捨てないでください」


ガランは鼻で笑った。


「捨てているのではない。戻している」


「どこへ?」


「閉じた灰鉱跡だ。あそこなら人も住まん。熱い水を村の川へ流すより安全だ」


ミルカが一歩前へ出る。


「閉じた灰鉱跡は、閉じたままじゃなかった。排水は第二泉の上流へ出てる」


ガランの顔がわずかに変わった。


「……確かか」


「さっき濁流を止めてきた」


ミルカは灰鉱砂の小袋を見せた。


「これが第一泉の沈砂池まで出てる」


鍛冶職人たちがざわつく。


ガランは袋を受け取り、指先で砂をこすった。


職人の顔になった。


「灰鉱砂……だが、冷却水は再利用している」


「再利用した最後の水をどこへ出しているかが問題です」


澪は言った。


「火を冷やした水は、消えません。熱も、金属粉も、灰も、水に乗って山へ戻ります」


その時、炉の方から鋭い音が響いた。


きん。


金属が割れるような音。


職人が叫ぶ。


「第二炉の外殻が熱を持ちすぎています!」


「冷却槽が沸くぞ!」


ガランの表情が変わる。


「水門を開け!」


「待って!」


澪が叫ぶ。


だが、職人たちはすでに動いている。


第三泉からの取水門が、さらに開かれようとしていた。


調律核が赤く点滅する。


《第三泉取水量:急増予測》


《泉水位低下》


《冷却水路流量:増加》


《排水先:灰鉱跡》


《第二次濁流発生予測:一時間四十九分 → 五十七分》


「一時間消えた!」


ライカが叫ぶ。


「本当に毎回時間が縮む!」


澪は周囲を見た。


炉を止めれば危険。


水を増やせば泉が壊れる。


排水を止めれば冷却槽があふれる。


また二択が顔を出している。


そして二択のどちらも、結局どこかを壊す。


「ミルカ!」


「わかってる!」


ミルカは鍛冶場の構造を見回す。


「古い冷却段があるはず! この規模の鍛冶場で、今の水路だけはありえない!」


ガランが眉をひそめる。


「古い冷却段だと?」


「第三泉の水を一度で使い捨てる前の仕組み!」


ガランは黙った。


その反応で、澪は察した。


知っている。


少なくとも、聞いたことはある。


「あるんですね」


ガランは舌打ちした。


「使えん。古すぎる。石段は詰まり、冷却板は割れ、場所は資材置き場になっている」


「つまり、ある」


ミルカの目が光る。


「場所は?」


「西側の低い石庭だ」


「案内して」


「炉が先だ!」


澪はガランを真っ直ぐ見た。


「炉を守るために行くんです」


一瞬の沈黙。


ガランは奥歯を噛みしめた。


「来い」


***


鍛冶場の西側には、鉄材と薪と壊れた道具が積み上げられた資材置き場があった。


その下に、古い石段が埋もれている。


幅広く、浅く、何段も続く石の棚。


表面には黒い水垢と金属の染み。


ところどころに、ひび割れた薄い石板が残っていた。


ミルカがひざをつく。


「これだ」


「何の装置?」


ライカが聞く。


「熱い冷却水を、薄く広げて冷ます場所」


澪が答える。


「深い槽にまとめると冷えにくい。浅く広げると、熱を空気へ逃がしやすい」


「おお、鉄板を冷ます水を、水ごと冷ます場所?」


「そう」


ルシェリアが石段の上に手をかざす。


「風を通せば、熱は逃がせます。ただし強すぎれば、金属粉を飛ばします」


「だから低い風」


「はい」


フィリアは石段の下流を見た。


「水が戻る道があります。でも、詰まっています」


ミルカが石段の端を叩く。


「ここ、第三泉の戻し湿地につながってる。昔は冷やした水をそのまま灰鉱跡へ捨てず、石段で冷まして、金属粉を沈めて、湿地で受けてから泉の下流へ返してたんだ」


「なぜ使わなくなったんですか」


アオイがガランへ問う。


ガランは苦い顔をした。


「生産量が増えた。石段では間に合わなくなった。新しい冷却槽を作り、排水は灰鉱跡へ送った」


「間に合わないから、返す道を切った」


澪が言う。


ガランは反論しなかった。


代わりに、低く言った。


「道具が必要だった。水車の軸受け、井戸の金具、鍬、釘、山番の罠、避難民の仮小屋の留め具。鉄がなければ、村も森も直せん」


「それはわかります」


澪は言った。


「でも、その道具を作るために泉を濁らせたら、直す場所が増えます」


「では、炉を止めるか」


「止めません。冷却水の最後の行き先を変えます」


ミルカが素早く指示を出す。


「資材をどける! 割れた冷却板は使わない! 生きてる石段だけを仮接続! 古い戻し湿地の入口を開ける!」


ガランが職人たちへ怒鳴った。


「聞こえたな! 動け!」


職人たちが一斉に動く。


さっきまで澪たちを睨んでいた者たちも、石材と鉄材を運び出し始める。


ナラと灰拾いたちも、いつの間にか合流していた。


「灰袋の布を持ってきた」


ナラが言う。


「細かい金属粉を受けるなら使える」


ガランが目を細める。


「灰拾いが組合の仕事場に入るとはな」


ナラはにらみ返した。


「灰が流れた後始末をしているんだ。文句があるなら、自分で灰を拾え」


火花が散りそうな視線だった。


澪は急いで間に入る。


「はい、今は喧嘩禁止。水路優先」


「主調律者は、喧嘩まで管理するのか」


ガランが言う。


「管理したくないけど、放置するとだいたい水が壊れるので」


「妙な理屈だ」


「最近の経験則です」


セラフィナが頷いた。


「正確です」


「そこで同意しないで」


作業は急ピッチで進んだ。


古い石段の上を掃除する。


詰まった泥を掻き出す。


灰袋の布を金属粉受けとして張る。


石段の最後に浅い沈殿枠を置く。


その先の戻し湿地の入口を開ける。


ただし、湿地は長年使われておらず、草は弱り、泥は固くなっていた。


フィリアが湿地へ手をかざす。


「水を受ける力が弱いです。一気に入れると、崩れます」


「じゃあ、最初は冷却水の一部だけ」


澪は言った。


ミルカが頷く。


「現行排水の三割を冷却段へ回す。残りは今の冷却槽に戻して循環。ただし灰鉱跡への排水はできる限り絞る」


「三割で足りるか?」


ガランが問う。


「炉を守るには全部ほしい」


「全部入れたら戻し湿地が死ぬ」


澪は返す。


「炉も湿地も一度に助けようとして全部壊すより、三割で冷却効率を戻して、取水増加を止める方がいい」


ガランは不満そうだったが、ミルカが続けた。


「冷却段は水を薄く広げるから、同じ水量でも熱を逃がしやすい。三割でも今の沸きかけた槽より効く可能性がある」


「可能性か」


「今のままなら確実に悪くなる」


「……よし」


ガランは短く頷いた。


「三割だ」


***


切替の瞬間は、思ったより静かだった。


鍛冶場の冷却槽から流れ出る熱い水の一部が、古い石段へ導かれる。


赤黒く濁った水。


湯気。


金属の匂い。


それが浅い石段を一段ずつ落ちていく。


じゅう、と音を立てる。


だが、深い槽のように一気に沸くのではない。


薄く広がり、空気に触れ、熱を逃がす。


ルシェリアが低い風を通す。


風は水面の上を滑り、蒸気を上へ逃がしながら、金属粉を飛ばさない。


「風量、もう少し落とせる?」


澪が聞く。


「はい。火の熱を逃がし、水の粒は残します」


「すごい器用」


「派手な魔法ではありませんが」


「今日は地味な魔法が一番助かる日」


ルシェリアが少しだけ笑った。


灰袋の布には、細かい黒い粉が引っかかる。


その下の沈殿枠に、重い粒が落ちる。


冷えた水は、薄くなった熱を抱えたまま、戻し湿地へ入る。


フィリアが湿地の声を聞く。


「まだ驚いています。でも、受け止めています」


「驚くんだ」


ライカが言う。


「長く水を受けていなかったので」


「急に仕事復帰した感じ?」


「近いかもしれません」


ライカが真顔で頷いた。


「それはつらい」


澪も少しだけ頷きそうになった。


徹夜明けに急な仕様変更を押し込まれる感覚に似ている。


いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


調律核の表示が更新される。


《旧冷却段:部分再稼働》


《熱交換効率:上昇》


《冷却槽温度:低下開始》


《第三泉追加取水要求:低下》


《灰鉱跡排水量:減少》


《第二次濁流発生予測:五十七分 → 解除傾向》


「効いてる!」


ライカが尻尾を振る。


アオイもほっと息を吐いた。


しかし、その瞬間、鍛冶場の第二炉から白い蒸気が噴き上がった。


職人が叫ぶ。


「第二炉の冷却管が詰まった!」


ガランの顔色が変わる。


「くそっ!」


ミルカが走る。


「冷却段に回したせいじゃない! もともと詰まってた金属粉が動いたんだ!」


「止める?」


澪が聞く。


「炉を急停止したら外殻が割れる!」


まただ。


止められない。


でも、このままでも危ない。


ガランが大槌を掴んだ。


「冷却管を叩いて通す!」


ミルカが怒鳴る。


「叩いたら割れる!」


「ならどうする!」


「詰まりを抜く道を作る!」


ミルカは第二炉の側面を指した。


「古い掃除口! そこ、塞いでる鉄板を外して!」


職人たちが迷う。


「そこを開けると熱水が出るぞ!」


アオイが盾を構えた。


「私が受けます」


「危険です」


セラフィナが言う。


「でも、誰かが受けなければ」


アオイは澪を見る。


「指示を」


澪は一瞬、息を止める。


アオイは強い。


だが、熱水を受けるのは危険だ。


無理をさせたくない。


しかし時間はない。


「アオイは直接受けない。盾を斜めにして、熱水を冷却段の第一段へ流す。ルシェリア、蒸気を上へ。セラフィナ、作業者の境界。フィリア、水の動きを教えて。ミルカ、掃除口を少しだけ開ける」


「了解」


全員の声が重なる。


ガランが低く唸った。


「この場でそんなに細かく切り分けるのか」


「切り分けないと事故ります」


澪は言った。


「熱水も、蒸気も、金属粉も、人も、全部同じ場所に出したら壊れます」


ガランは、ほんの少しだけ口元を歪めた。


「理屈は嫌いじゃない」


ミルカが掃除口の留め具を緩める。


一つ。


二つ。


三つ。


「開けるよ!」


鉄板が少し浮いた瞬間、熱い水が噴き出した。


アオイの盾にぶつかる。


盾を斜めにしたことで、熱水は横へ流れ、旧冷却段へ導かれる。


ルシェリアの風が蒸気を上へ逃がす。


セラフィナの光剣が周囲を囲み、職人たちを下げる。


フィリアが叫ぶ。


「詰まりが動きます!」


黒い金属粉の塊が、水と一緒に吐き出された。


それは冷却段の第一段で止まり、布と枝の枠に絡まる。


ミルカがすぐに掃除口を閉じた。


「通った!」


炉の音が変わる。


苦しそうなうなりから、一定の低い響きへ。


職人たちが顔を見合わせる。


ガランが炉へ手をかざし、頷いた。


「第二炉、安定」


その瞬間、鍛冶場全体から安堵の息が漏れた。


調律核が青く明滅する。


《鍛冶冷却水路:詰まり除去》


《旧冷却段:熱水受け入れ成功》


《冷却槽温度:安定域へ移行》


《第三泉取水量:急増停止》


《灰鉱跡排水量:大幅低下》


《第二次濁流発生予測:解除》


澪は、その場にへたり込みそうになった。


だが、踏ん張る。


まだ終わりではない。


「……よし」


小さく呟いたつもりだった。


しかし、ライカには聞こえていたらしい。


「ミオ、体力ゲージ赤?」


「赤に近いオレンジ」


「それ赤じゃん」


「まだ立ってるからオレンジ」


「判定甘い」


アオイが心配そうに近づく。


「休んでください」


「あとで」


セラフィナが記録板を掲げる。


「今です」


「はい」


澪は素直に近くの石に座った。


六人全員から見られている気がした。


主調律者の威厳は、たぶん少し減った。


でも、倒れるよりはましだ。


***


鍛冶場の危機は、ひとまず収まった。


だが、問題はここからだった。


第三泉の横には、鍛冶組合、村の水利係、山番、灰拾いたちが集められている。


さっきまでなら、怒号と非難で会議にならなかっただろう。


しかし、全員が見ていた。


冷却水が灰鉱跡へ流れていたこと。


古い冷却段が機能したこと。


炉を止めず、泉の取水も抑えられたこと。


そして、排水の行き先を変えなければ、第二泉がまた濁ること。


ガランは腕を組み、低い声で言った。


「組合は、第三泉を独占していたつもりはない」


カイムが即座に言う。


「格子と水門と鍵を付けておいてか」


「守るためだ」


「誰から」


「勝手に使う者からだ」


「山も同じことを言って第六泉を隠した」


カイムの言葉に、場が静まった。


彼自身も、それがどれほど重い言葉か理解していた。


「守るために隠し、囲い、鍵をかける。だが、見る者が減れば、中で壊れてもわからない」


ガランは沈黙した。


澪は口を開く。


「第三泉の取水権は、使う権利だけではなく、戻す責任とセットにします」


ガランが眉をひそめる。


「戻す責任?」


「取水量、冷却槽温度、旧冷却段の通水量、金属粉回収量、灰鉱跡への排水量、戻し湿地の状態。全部記録します」


セラフィナがすでに板へ書いていた。


「さらに、基準を超えた場合は炉の稼働を段階制限。急停止ではなく、出力を落とす手順を作ります」


ミルカが続ける。


「冷却管の掃除口は定期点検。詰まりを放置しない。金属粉を灰鉱跡へ流さない」


ナラも言う。


「灰拾いは、沈灰槽の掃除と分別に入る。危険な灰泥と使える灰鉱砂を分ける。その手間賃を組合が払う」


ガランが顔をしかめる。


「勝手に決めるな」


ナラは腕を組んだ。


「今まで安く買って、高く売って、後始末は山に押しつけていた。違うか」


ガランは答えなかった。


職人たちも目を逸らす。


澪は静かに言った。


「鍛冶場は必要です。工具も、釘も、水車の金具も、泉を直す道具も必要です。だから、鍛冶場を敵にはしません」


ガランの目が澪へ向く。


「でも、必要だから何をしてもいいわけではありません」


「……耳が痛いな」


「私も、こういう調整は苦手です」


澪は一瞬、自分の言葉に苦笑した。


この世界に来てから、ゲーム開発時代の会議よりずっと重い会議ばかりしている。


仕様変更では済まない。


水が濁る。


山が崩れる。


人が喉を渇かせる。


「第三泉は、誰か一者の所有ではなく、火と森と村をつなぐ水です」


フィリアが小さく頷く。


「水も、そう言っています」


ガランは長く息を吐いた。


「組合は、旧冷却段を復旧する。灰鉱跡への排水は原則停止。緊急時も、記録なしには流さない」


カイムが言う。


「山番は第三泉の記録を見る」


「見ればいい」


ナラが続ける。


「灰拾いも沈灰管理へ入る」


ガランは不満げに睨んだ。


「手間賃の話は後だ」


「後にした話はだいたい消える」


ナラが即答した。


ミルカが笑いをこらえた。


「そこは先に決めた方がいいね」


セラフィナが記録板へ線を引く。


「仮協定に明記します。手間賃、金属粉回収量に応じた支払い。灰泥処理を外部化しない」


「外部化?」


ライカが首を傾げる。


澪は答えた。


「面倒な後始末を、見えない場所や弱い立場の人に押しつけないってこと」


ライカは少し考えて、頷いた。


「それ大事」


ガランはしばらく黙っていた。


やがて、太い指で記録板を叩く。


「仮だ。正式には組合評議で決める」


「仮で十分です」


澪は言った。


「今は、水がまた走り出さないことが大事です」


調律核が表示を更新する。


《第三泉取水権:仮協定》


《取水責任記録:成立》


《旧冷却段:部分復旧》


《灰鉱跡排水:原則停止》


《第二泉濁り再発リスク:低下》


《源流森林調律ルート:第六条件一部達成》


《条件名:火を冷やした水の帰り道》


ライカが画面を覗く。


「一部達成、多いね」


「全部仮だからね」


澪は言った。


「でも仮でも、壊れる流れを止められたなら意味はある」


その時、ルシェリアが山道の方を向いた。


「音がします」


「水?」


「いいえ。蹄と車輪です」


カイムの顔が変わった。


「鉱石運びの獣車か」


ガランが眉をひそめる。


「今日は運搬日ではない」


「でも来てる」


ライカが耳を立てる。


「数が多い。たぶん、鍛冶場が水不足で止まるって聞いて、急いで材料を運んできたんだと思う」


「悪いタイミングすぎる」


澪は調律核を見る。


山道の下側に、新しい振動反応が表示される。


《荷運び獣車群:接近》


《進路:第四泉上部》


《第四泉状態:踏圧》


《湧出点圧密:進行》


《根圏酸欠:悪化》


「第四泉……」


第31話で表示されていた次の問題。


第四泉は《踏圧》。


つまり、踏み固められている泉。


その上を、鉱石を運ぶ獣車が通ろうとしている。


鍛冶場を止めないための材料運搬。


だが、その道が第四泉を潰している。


「止めに行く?」


アオイが聞く。


「急に止めたら、荷崩れするかもしれない」


ミルカが言う。


「でも通せば第四泉がもっと潰れる」


ライカが澪を見る。


「また?」


澪は深く息を吸った。


「また」


調律核に、赤い警告が浮かぶ。


《第四泉湧出点:限界圧》


《荷運び獣車通過時、湧出停止予測》


《源流六泉連鎖回復条件:悪化》


さらに、もう一文。


《第四泉停止時、第三泉冷却水補助系統にも影響》


ガランが表示を見て、低く呟いた。


「第四泉も、うちにつながっているのか」


「たぶん、全部つながっています」


澪は言った。


遠くから、獣の鳴き声と車輪の軋みが近づいてくる。


霧背鹿の声が、山の上から重なるように響いた。


今度は明確な警告だった。


第三泉の火と水は、ひとまずつながり直した。


だが、その火を支える道が、次の泉を踏み潰そうとしている。


「第四泉へ行こう」


澪は立ち上がった。


体力ゲージは赤に近い。


でも、立たない理由にはならなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第32話では、《第三泉》と山麓鍛冶組合の問題に入りました。


第三泉は、鍛冶場の冷却水として利用されていました。


鍛冶場は、水車、井戸、泉の修理、農具、釘、金具など、村と山の生活を支えるために必要な存在です。


そのため、単純に「鍛冶場を止めればよい」とはできません。


しかし、鍛冶場で火を冷やした水は、熱、金属粉、灰を含んだまま灰鉱跡側へ排水されていました。


その排水が、第二泉の濁りを再発させる原因になっていました。


ここでも問題は二択として現れます。


鍛冶場を止めれば、炉が危険になり、工具や修理体制が止まる。


鍛冶場を動かし続ければ、第三泉の取水が増え、排水が灰鉱跡へ流れ、第二泉が濁る。


澪たちは、この二択を避けるため、古い《冷却段》を復旧しました。


かつての鍛冶場には、熱い冷却水を浅い石段へ広げて冷まし、金属粉を沈め、戻し湿地で受け止めてから水を返す仕組みがありました。


しかし生産量が増えたことで、深い冷却槽と灰鉱跡への排水に置き換えられ、戻す道が失われていました。


今回は、旧冷却段を部分的に再稼働させ、熱を空気へ逃がし、金属粉を布と沈殿枠で受け、戻し湿地へ少しずつ水を戻しました。


これにより、第三泉からの追加取水は止まり、灰鉱跡への排水も大幅に減りました。


また、第二炉の冷却管が詰まる危機も発生しました。


ここでも、急停止や力任せの破壊ではなく、掃除口を開き、熱水を旧冷却段へ受け流すことで、炉を壊さずに詰まりを除去しました。


今回のテーマは、「火を冷やした水にも帰り道が必要」ということです。


鍛冶場は必要です。


しかし、必要だからといって、熱や金属粉を含んだ水を見えない場所へ押し流してよいわけではありません。


使う権利には、戻す責任が伴います。


第三泉の取水権は、取水量、冷却水温、金属粉回収量、排水量、戻し湿地の状態を記録する仮協定へ移行しました。


さらに、灰拾いたちも沈灰管理へ組み込まれました。


危険な後始末を、見えない場所や弱い立場の人へ押しつけないためです。


しかしラストでは、新たに《第四泉》の問題が浮上しました。


鍛冶場へ鉱石を運ぶ獣車の道が、第四泉の上部を通っていました。


第四泉は《踏圧》によって湧出点が圧密され、根圏が酸欠になっています。


鍛冶場を支える材料運搬が、次の泉を踏み潰している。


第三泉の火と水をつなぎ直した直後、その火を支える道が、第四泉を壊そうとしていました。


次回は、第四泉と荷運び道。


道を止めれば鍛冶場が困る。


道を通せば泉が潰れる。


源流六泉の問題は、さらに「人と物の流れ」へ広がっていきます。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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